05
誰かに後をつけられている。それに気づいたアリーゼは、すぐさま目的地を変更することにした。
この街の上層部と犯罪組織の癒着の証拠を警察に持っていくのも重要だ。だが、それを今は優先すべきではないと、アリーゼは直感的に感じたのだ。まずは追っ手を確認して、対処してからが良い。そう考え、一路街外れへと向かう。
この街のマップはすでに頭にしっかりと入っている。ぐねぐねと幾つ物曲がり角を曲がり、とある工場の敷地内へと、ちょっと強引に入り込む。車幅が狭く機動力のあるバイクだからこそ簡単に入り込めたのだが、バックミラーを見ると、追っ手の車は強引に進入禁止のバーをへし折って突入してくる。
これはもう悪い奴、確定。そう結論づけ、ある程度進んだところで、急ブレーキ。ハンドルを切って後輪をドリフトさせ、相手に対して横向きにバイクを停める。
直後、追っ手の車がこちらにライトを照らしつつ停車した。ライトが逆光となる中、車の中から人影が何人も降りてくるのが見える。数は6。いずれも、少し前に襲撃して来た連中と同じSMGだった。さすがに人目も多少気にしてるのか、戦闘服姿ではないが。
「…何か用?」
バイクから降りつつ静かにアリーゼが尋ねる。相手の目的は大体見当が付いているが、それでも敢えて尋ねてみる。
「お前が持っているメモリースティック。それをこちらに渡してもらおう。そうすれば――」
「却下。あと、その辺は月並みだからいい」
皆を言いきる前に、アリーゼがばっさりと切り捨てる。
「届ける約束をした。だから、渡さない。先約優先」
そう言いながら、ショルダーホルスターからハンドガンを抜く。両手に二つ。二丁拳銃だ。
「二丁拳銃使い。疾風の刃の相方が、凄腕のガンナーである事は知っている。二つ名は双銃の奇術師だったか。だがあいにくだったな。対策はしてきている。殺せ!!」
敵集団が一斉にSMGを構える。それと同時にアリーゼもまた動き始めていた。わずかに間をおいて、それから真横へと不意に走り出す。急な動きの変化に対応出来ず、SMGの狙いがずれる。
その間に横へと駆けながら、左手のハンドガンで6発。1人一発ずつ胴体狙いで撃ち込んでいく。走りながらの射撃にも関わらず、それらは全くずれることもなく相手へと吸い込まれるように飛んでいく。
「ぐっ…!?」
銃弾を受けた全員が怯み、攻撃が止まる。だが、すぐに態勢を立て直して攻撃を再開すべく、SMGを構えなおす。だが、そのころにはアリーゼは物陰へと滑り込んでいるところだった。
「防弾装備はずるい」
「銃使い相手に防弾は鉄板だろう?」
「確かに」
「………」
あっさりと納得するアリーゼに、一瞬だけなぜか突っ込みを入れたくなる敵の1人であった。それはそれとして。
とりあえず物陰に隠れたアリーゼであったが、さきほどからひっきりなしにSMGの弾幕にさらされ、なかなかその場から動けない状況にあった。物陰から少しだけ顔を覗けば、3人が順番に攻撃をすることで、リロードの隙をお互いにカバーしているのが見えた。さらに、それらの弾幕を援護に、残り三人が回り込むべく移動をしている。このまま、ここに釘付けにされればカバーの範囲外から攻撃されて面倒なことになる。
「ん、良いチーム。連携が取れてる」
近くで銃弾がはじけたのを見て顔を引っ込め、感心したように呟く。そうこうしている間にも敵は確実に距離をつめてきている。
「でも、色々と詰めが甘い」
さらにそう呟いて、物陰に身を潜ませたまま、手だけを出して右手のハンドガンを発砲する。撃った数は3発。
「なっ?!」
相手の驚く声が響く。持っていたSMGがアリーゼの射撃によって弾かれたのだ。物陰から、顔も出さずに、的確に撃ち抜かれたことに、相手側に軽く衝撃が走る。
だが、それで終わりではない。そこで弾幕が止まった瞬間。物陰から、アリーゼが横っ飛びに飛び出してきた.。そのまま空中にいる状態で両手の銃を合計9連射。次の瞬間には、残り三人のSMGと、さらに6人全員がホルスターに納めていたハンドガンを撃ち抜く。そのまま地面を転がり、勢いで立ち上がってから両手のハンドガンを向けなおす。
「これでほぼ無力化」
「……ぐっ…」
全員の動きが完全に止まった。瞬く間に、手持ちの射撃武器を全て壊されてしまった。一応、ナイフと言った近接戦装備はあるが、相手の腕だ。近づく前に撃たれてしまうだろう。いや、防弾装備はいまだに健在で、人数もいる。まだ勝てないわけではない。
「まだだ。銃持ちとは言え、こちらは防弾装備という利がある。まだ終わったわけでは――」
「その考えも甘い」
そう言って、アリーゼがさらに両手のハンドガンを発砲した。3連射。それと同時に、敵の1人が足を負傷し、その場に膝をつく。
「なんだと!?」
「弾を完全に弾く装甲ならともかく、ストップさせる程度の防弾なら付け入る手はいくらでもある。弾が防弾衣で止められるなら、さらに後ろから押し込んでやれば良い。3~4発重ねれば、ベストくらいなら破れる」
「な、なんて奴だ…」
敵は、アリーゼの銃の腕に戦慄すら覚え始めいた。
同じ箇所を狙っての集中精密射撃。いわゆるピンホールショットと呼ばれるものがある。それをもって、防弾装備の防御をやぶる。たしかに不可能ではないかもしれない。だが、そもそも撃った場所に正確に次の弾を撃ち込むピンホールショット自体の難易度が恐ろしく高い。実際の戦闘で、それを実行に移す者はそうそういないのが実情だ。
だが、アリーゼはそれをやった。しかも片手撃ちで。
「凄腕なら、防弾対策用意するのは当然。どうする、まだやる?」
右手のハンドガンを向けたままにアリーゼが静かに告げる。敵達は互いに顔を見合わせると、すぐさまその場から撤退しようと逃げ始める。
「あ、ちょっとストップ」
不意にアリーゼが制止の声をかけ、その声にビクッと敵の動きが止まる。
「なんで私がメモリースティック持ってるって知ってる? 電話とかはしなかったはず。もちろん言わなかったら撃つ」
じっと無表情のポーカーフェイスで敵を見つめる。敵達は互いに顔を見合わせていたが、そのうちのリーダー格と思しき男が静かに告げた。
「我々のチームの一つが部屋に直接襲撃をかけただろう。結局全滅させられたが、その時に盗聴器を仕込んだ。それでだ」
「……。ちゃっかり」
なるほど、と納得したように頷く。そして、もう行っていいとばかりに片手で追い払う仕草を見せる。それを見て、敵部隊はすぐさま乗ってきた車に乗って去っていくのであった。
「色々手慣れてるとは思ってたけど、思った以上に厄介そう」
部隊運用がなかなかに上手かった。絶え間なく牽制し、その隙に回りこんで確実に仕留める。よくある戦術ではあったが、実に効果的なものだ。相手によっては完封することも難しくはないだろう。
だが、それ以上にアリーゼは何か引っかかったものを感じていた。
敵の引き際がやけに良かった。持っている情報の価値を考えれば、差し違えてでも取りに戻しに来るかと思ったのだが。
両手に持っていたハンドガンの弾倉を交換してリロードし、ホルスターへと戻す。そして、今度こそ警察に向かうべくバイクに乗ろうとしたところで、携帯端末の呼び出し音が響く。電話の主はシズマからだった。
「もしもし?」
『アリーゼか。今何処にいる?』
「敵が追っ手を差し向けてきたから返り討ちにしたとこ。警察には着いてない」
『そうか。実はちょっとまずいことになった』
そう告げるシズマの声は落ち着いているものの、少しだけ焦りの色も混じっているようだった。それだけで、まずさの度合いがわかるというものだ。ただ事ではない。そう思いつつも、アリーゼは、シズマの次の言葉を待つ。
そして、次に告げられた言葉は、こんなものだった。
『ジャックが相手に誘拐された。メモリースティックと交換だそうだ』