04
シズマがウェルナーとジャック、それに母親のいた部屋に戻った時には、全てが片付いていた。どうやら別の突入部隊は部屋に入ることも出来ぬままに、アリーゼによって迎撃されてしまったようだ。戦闘らしき跡といえば窓を塞いでいた板が何枚かずたずたになっているだけだ。
「こっちは片付いた」
「早かったな。結構熟練の連中だったみたいだけど」
「ラペリングしてたから、ケーブルを全部撃って下に落とした」
「そいつはご愁傷様だな」
いつものことなのでシズマは特に同情することもなく、苦笑するだけだ。だが、一部始終を実際に見ていたウェルナーと呼ばれていた男の反応は違っていた。
「…俺から見るととんでもない物を見せられた気分なんだが。どうやったら、板とはいえ視界の通っていない壁向こうのロープをピンポイントで撃ち抜けるんだ。しかも数秒のうちに…」
迎撃に行われた行動はほんの僅かな時間の出来事だった。シズマたちが部屋を出て間もなく、すぐにアリーゼが戻ってきた。そしてしばらくは大人しくしていたのだが、いきなりアリーゼが銃を抜き、窓を塞いでいる板目掛けて銃を連射したのだ。その直後にフェードアウトしながら消えていく悲鳴が聞こえたから、間違いなく地面に叩き落されたのは確実なようだ。ちなみに、落ちた現場を確認してみたところ、、しっかり誰かに回収されたようで残っている者はいなかったのだが、それは少しだけ後の話である。
「疾風の刃の相方は凄腕のガンナーと聞いていたが、噂どおりの腕なわけだ」
「まぁな。おかげで、安心して背中を預けられるって訳だ」
「えっへん」
ウェルナーの言葉にシズマが答え、その傍らでアリーゼがちょっとだけ誇らしげに胸を張った。そんなアリーゼの頭にぽんと手をおいて、シズマがウェルナーの方を振り返る。
「それはそれとして、事情を聞かせてもらってもいいか? ここまでしてくるほどだ。あんたが置かれてる状況は相当に厄介なのだろう?」
「…そうだな。ここまでなってしまったら説明しないわけにはいかないだろう」
余談だが頭に手を置かれたアリーゼは不機嫌そうにシズマを睨んでたりする。普段だったら、ちょっと怒ったりするのが常なのだが、大事な話が始まりそうなので今回は抵抗せずに大人しくしていたりする。
「すまない。彼らと込み入った話をしたいので、席を外してもらってもいいだろうか。なるべく第三者には聞かせたくないんだ」
「わかりました。では、私たちは部屋の外にいます。ジャック、おいで」
ウェルナーの言葉に、ジャックとその母親は部屋を出ていく。そして2人がいなくなると、ウェルナーはベッドに横になったまま、首だけを向ける。
「どこから話せばいいかな」
「まず何者か、から。私やシズマの事を知ってるの、ちょっと気になる」
「おっと、これは失礼した。俺はウェルナー・バックス。この街の警部をしている」
「警察か。それなら、まぁ俺らの事を知っていても不思議ではないな」
ウェルナーが警察関係者だとわかり、すぐに納得がいったようにシズマが頷く。それなりに名が売れている身だ。当然そういう人間こそ注目されやすく、警察や一部の公的機関などは、そういった人材の情報を事前に得ているのだ。
「で、その警部さんがなんでこんなスラムの一室で寝込んでるんだ?」
「実は…」
ウェルナーは静かに一部始終を話し始めた。
元々彼は、とある汚職事件の捜査をしていた。捜査自体は難航、なかなか事件解決に繋がる糸口もなく捜査を続けていたのだそうだ。だが、そんなある日のこと。とある筋からの垂れ込みがあり、汚職事件の決定的な証拠を手に入れることができた。そして、その帰り道に不意に襲われたらしい。
「相手はプロだったが、なんとか逃げることはできた。ただ、あちこち撃たれて重傷の未。もはやコレまでかと思っていたら、あの子…ジャックが俺を見つけてくれてな。ここに運び込まれたわけだ。…その後も、怪我の手当てのためにどこからか薬を見つけてきてくれたり、世話になってる」
「良い子だな」
「ん」
ウェルナーの説明に、シズマとアリーゼの2人の表情が和む。スリをしていたのは、ウェルナーの治療につかうものを購入するためだったのだ。確かにこういう場所をねぐらにしている程だ。普通に調達することは難しかったのだろう。そのやり方は感心出来ないが。
「恐らく、襲ってきた連中は俺が持っている証拠を奪いに来たんだろう。とある犯罪組織とこの街の上層部が癒着をしている決定的証拠。相手としては、なんとしても抹消したいはずだ」
「…なるほどなぁ」
確かに一連の話の流れは筋が通っている。相手が特殊部隊なんぞを送り込んでくるのも、わからなくはない。なんせ、今後の存亡が関わるほどの情報を握られているのだから。
「警察に連絡はしてないのか?」
「あいにくと襲われた時に端末を壊されてしまった。だが、この部屋の主である彼女は携帯端末などは持ってないから、どうすることもできなかったんだ」
「じゃあ、連絡した方が良いな」
そう言ってシズマが懐から、自分の携帯端末を取り出す。そして、それを差し出そうとしたところで、横から伸びてきたアリーゼの手に阻まれた。
「アリーゼ?」
「電話は危険。ウェルナーの意識が戻ってるとわかったら、なりふり構わなくなるかも」
「確かにな。さっきのですら、一人相手には少々過剰なくらいだし」
ウェルナーの状態がわからないにも関わらず、情報を確保するために、6人+αの2部隊態勢で襲撃をしてきた相手だ。もしすでに意識が戻っているとわかれば、なおのこと急いで次の行動に出るだろう。その時は、もっと過激な手段を取るかもしれない。そうなれば、状況はもっと良くないことになる。
「だがいつまでもこうしているわけにもいかないんだ。少しでも早く、この証拠を本部に届けないと…」
「だったら、私たちが代わりに運ぶ」
即答したアリーゼの横で、シズマがガックシと肩を落とす。あぁ、やっぱり…と言った顔だ。
「いいのか?君の相方は、なんだか頭を抱えてるが 」
「問題ない。急ぎの案件なら、早いに越したことはない。ウェルナーが信用してくれるなら、やる」
項垂れるシズマの方には見向きもせず、アリーゼがハッキリと告げる。そんな彼女をウェルナーは見つめ、それから本当にいいのか?と言う顔でシズマの方を見る。
「…構わないさ。乗りかかった船だ。それに、いつものことだし。こうなったアリーゼはそう簡単には止まらないのは、俺が一番知ってる」
そう言って、シズマは大きなため息をつく。その横で、アリーゼはうんうんと頷いていたりする。
「わかった。それなら頼むとしよう。これが、そのメモリースティックだ」
ウェルナーは懐から、一本のメモリースティックを取り出し、アリーゼに差し出す。
「必ず届けてくれ。この街のためにも」
「ん、わかった」
コクリと小さく頷き、アリーゼがそれを受け取る。
「じゃあ、さっそく行ってくる」
「…すまないな。世話になる」
ウェルナーが申し訳なさそうに頭を下げると、アリーゼが小さく頭を横に振る。
「そういう言葉はいらない。言うなら、もっと別の言葉が良い」
「…別の言葉?」
「そう。別の言葉。わからないなら、帰ってくるまでに考えとく。宿題」
そう言ってアリーゼが部屋から出ていき、少し遅れてシズマがその後に続く。
部屋の外にいると、ジャックの母親が1人でそこにいた。そこにジャックの姿はない。
「あれ、あの子はどうした?」
「ちょっと出てくるといって外に。さっきのことがあったので止めたのですけど。…大丈夫でしょうか」
「状況が状況なだけに、あまり良いとは言えないな…。行き先は?」
「わかりません。ウェルナーさんのために包帯を見つけてくるとだけ…」
母親の言葉に、シズマがちらりとアリーゼの方を見る。それを見て、アリーゼがコクンと頷く。
「じゃあ、俺が探してこよう。さすがに今1人で動くのは危険すぎる。アリーゼ、悪いんだが」
「大丈夫。届け物は私1人で行ってくる。バイクは借りる」
「もちろんだとも。壊すなよ?」
そう言って、シズマがバイクの鍵をアリーゼへと投げて寄越せば、しっかりとそれをキャッチする。
「そんなわけだから、俺とアリーゼはちょっと出掛けてくる。大丈夫だとは思うが、一応戸締りはしっかりしておいてくれ。あまり遠くには行ってないと思うから、何かあったら俺がすぐに駆けつけるけど」
「…わかりました。ジャックのこと、よろしくおねがいします」
ぺこりと母親が頭を下げる。
「ちゃんと見つけてくるから待っててくれ」
シズマはそう告げて、アリーゼと共に建物の外へと歩き出した。母親からこちらが見えなくなる位置までは黙っていたが、見えなくなったところでシズマがおもむろに口を開いた。
「…おかしいな。スリの子供が気になって探しに来ただけのはずだったんだが。ドンパチやるはめになって、しかもこの街の上層部と犯罪組織の癒着とかいうトンデモネタにまで発展してるんだが。水たまりに足を突っ込んだら、実はそれが泥沼だったみたいな気分だぞ…」
「ん、私も不思議。こうなるとは思ってなかった」
「アリーゼが絡みにいくと、ホント碌なことないな…」
「ん、大丈夫。きっちり責任持って全部片付ける」
「そういう問題でもないんだが…」
遠い目になりながらシズマがため息をつく。とはいえ、なんだかんだ言いつつ結局付き合ってしまうまでがテンプレートなのだが。
ともかく、そんな会話を交わしつつ2人は建物の外にまでたどり着いた。
「じゃあ、また後でな」
「ん、行ってくる」
互いに言葉をかわす。そして、それぞれの目的を果たすべく別々の方へと駆け出していく。
ひとまずは移動手段であるバイクに乗るため、アリーゼは真っ先に駐輪場を目指した。道順はわかっているので特に迷うこともない。
そのまま素早くバイクに飛び乗って、エンジンをスタート。アクセルを吹かして一気に、警察署目指して走り出す。
時刻はすでに夕方になりつつあり、周りも黄昏時へと変わり始めていた。
アリーゼがそれに気づいたのは、移動を始めてから数分が過ぎた時だった。先ほどから、ずっと同じ車が後ろにいるのだ。試しに普通なら曲がらないような道へと入ってみるが、ついて来る車も同じ方向に用事があるのか、しっかりと曲がってくる。
「………」
考えられることは一つしかない。このまま、真っ直ぐに警察署に向かうのは逆に危険。そう判断したアリーゼは、敢えて人気のない方向へとハンドルを切るのであった。