03
時間はほんの少しだけ戻る。
予期せぬ来客を迎え撃つべく、何やら知っていそうな男ウェルナーや、彼を匿っているジャックの母親たちのいる部屋を後にしたシズマとアリーゼは駆け足気味に、階下へと向かっていた。
三階へ通じる階段は一つ。ゆえにそこを先に抑えてしまえば、最低限の安全は確保出来る。2人がその場所にたどり着いた時、特殊部隊はまだその場に到達すらしてないようだった。わざと遠回りにするようにしてある作りが良い方向へと作用しているだった。
「シズマ、相手は?」
「まだ少し時間はかかりそうだな。あちこち封鎖されてるから苦労してるようだ」
階段を降りながら迎撃に向いた場所を探す。
すぐに見つかった。階段から少し進んだ場所にある廊下だ。休憩所を兼ねているのか、そこそこ広さがあり、柱が立っている。
「迎え撃つなら、ここらがいいかな」
「シズマ」
「ん?」
場所を確認していると、不意にアリーゼがシズマをつつく。なんだろうとと、じっと見つめる顔がそこにあった。
「どうした?」
「念には念で。私は、部屋の方のガードに回ろうと思う。こういう場所だと、シズマの索敵は外への注意が甘くなる」
「あぁ、それは確かに。じゃあ頼んで良いか?」
「ん、任せされた」
コクリと頷き、アリーゼが来た道を引き返していく。それを見送ったところで気配が6つ、待ち構えている大部屋にやってくるのに気づいた。
「SMGにハンドガン。ナイフ。非殺傷のスタングレネード。装備は全て同じ。そこらのゴロツキじゃないな、これは」
刀袋から刀を取り出しつつ、廊下の奥。曲がり角へと視線を向ける。来る様子はまだない。だが、こちらの様子を伺っていることは手にとるようにわかる。
「おっと、来るか」
僅かに後ろに下がり、目を閉じて、耳を塞ぐ。直後、曲がり角からスタングレネードが放り込まれた。凄まじい閃光と爆音が響く。通常なら、それでもって行動不能に陥るところだが、事前に相応の備えをしていたシズマには通用しない。
炸裂音と同時に、柱の陰へと身体を滑り込ませる。一瞬遅れて、銃弾の嵐がシズマの立っていたところを通り過ぎて行った。
柱の陰に立ったまま静かに様子を伺う。やって来た六人組は、しっかりと前後左右をそれぞれがカバーするフォーメーションで廊下を進んでくる。が、最初の先制攻撃でシズマを仕留められていないことにすぐに気づいたのだろう。先頭の男が片手を上げて合図を送り、全員がその場で止まった。
「さて…」
刀の鯉口を切る。柄を握りいつでも抜けるようにして、深呼吸を一つ。そして、そこから飛び出し、無造作に片手を振り抜く。
「"吹きぬけろ"!!」
「……!!」
振りぬくと同時に、凄まじい突風が吹き荒れ、それによって廊下に転がってたゴミやちょっとした瓦礫が、敵の方へと吹き飛ばされる。敵は、すぐさまその場で防御体制をとり、飛んで来る物へと備えた。並の相手なら、この時点で飛んで来るものの直撃を受けたりして、下手すればほぼ壊滅すらしていたことだろう。怯みこそすれど損害が出るには至らない。
だが、その僅かな怯みの時間こそが、シズマにとっては重要だった。なぜなら、自分の得物は刀なのだ。近づかなくても攻撃をする術もあるにはあるが、それは使うべきではない。だから接近する必要がある。
50メートルにも満たない距離を一気に駆け抜ける。敵のうち2人―最後尾にいたために牽制の影響を受けなかった―がシズマに気がつき、手にしたSMGを向けた。だが、慌てない。こんな局面何度も経験している。
「【纏風】」
風が唸り、シズマ自身が風を纏う。僅かに遅れて、SMGの弾幕が張られるが、シズマの纏った風によって弾道が不安定になり、そのいずれもがシズマには届かない。せいぜい受けてもかすり傷程度だ。
風を操る。それがシズマの持つ異能の力であった。そして、それは攻防一体であり、さらに移動を助けるための力にもなる。
「【疾風】」
纏った風を一気に解放し、加速力へと変える。瞬時にして距離を詰め、敵集団のど真ん中へへと飛び込む。急な加速移動で、相手からはシズマが消えたようにすら見えたことだろう。そして次に現れたのは、フォーメーションのど真ん中。自ら包囲される状況に飛び込むが、これもまた戦い慣れているからこその判断だった。
敵の行動が一瞬鈍った。流れ弾による同士討ちを警戒した結果だ。そして、その一瞬が命取りとなった。その僅かな時間の間に、シズマはその場で大きく身体を捻る。
「【旋風】!!」
そのままその場で独楽のように一回転。いわゆる回転斬りと言うものだ。そして、それと共に凄まじい突風がシズマを中心に外側へと放たれ、敵を全員まとめて中心から散らすように吹き飛ばした。吹き飛ばされた敵のうち何人かは、そのまま壁へと勢いよく叩きつけられて意識を手離すまでに至る。
「こんな奴がいるなんて聞いてないぞ…!!」
吹き飛ばされた中で比較的ダメージが軽かった1人が、そんなことを叫びつつハンドガンを抜いてシズマを狙う。SMGは吹っ飛ばされた時に手離してしまったからだ。
銃声が響く。3発。だが、弾は届かない。全て、見切られた。
「…なっ?!」
「剣使いは、銃弾対策必須なんだぜ?」
そんな事を言いつつ距離を素早く詰め、刃を返した峰の一撃でハンドガンを撃って来た相手を黙らせる。戦闘不能になったのは、これで5人。あと1人残っているはずだが…。
そう思いながら振り返ると、降参とばかりに両手を上げた敵の最後の1人がそこにいいた。
「降参するのか?」
「あぁ、そうだ。こちらが何を相手にしているかわかったからな…」
覆面をしているがゆえにその表情は、よくはわからない。だが、足元にはSMGとハンドガン、ナイフが置かれており、距離も格闘戦を仕掛けるに離れている。少なくとも、この相手が自分を倒す手段はないだろう。仮に相手が異能者なら、それはそれでわかる。
「私はお前を知っているぞ。シズマ・ミナヅキ。いや『疾風の刃』と言うべきか。まさか、二つ名持ちと出くわすとはな…」
男は観念したように肩を竦めつつ、静かに告げる。
二つ名持ち。基本的に、傭兵でも異能者でも突出した能力を持つ者につけられる物で、一つのパラメータと言えるものだ。称号、と言い換えてもいい。知名度が良くも悪くも上がると、いつの間にか誰が呼んだか、そういう呼び名がつけられるのである。たまに自称もいるが。
「風使いであり、同時に剣士で、名のある傭兵といえばお前くらいしか知らない。だとすれば、このチームでお前を倒すのは無理だ」
「なるほど。良い判断だ」
刀の刃先を向けたまま、シズマの表情に少しだけ苦笑が浮かぶ。好きで二つ名持ちになったわけではないが、今回ばかりはちょっとだけ良かったと思う一瞬だった。おかげで、少しだけ楽が出来そうだ。
そこで不意に、静かに風が吹いた。
「…っ!!」
次の瞬間、振り向きざまに刀を縦に振る。直後銃弾が弾ける音が響いた。見れば、倒したと思っていた1人が寝そべった状態のままハンドガンを向けていた。どうやら気絶した振りをしていたらしい。
そしてシズマが背後への攻撃に反応した隙をついて、降参していた男がすぐさま飛びかかってくる。どっちに対応しても、もう1人の追撃により確実に対象を仕留める二段構えの挟み撃ちだった。普通なら。
「悪いな。見えなくても動きはわかるんだ」
「がっ…!!」
シズマは振り返ることなく、もう片方の手に持った鞘を後ろへと突き出していた。その一撃は飛びかかろうとしていた男の鳩尾を的確に捉え、完全に黙らせる。
「今まで対峙した特殊部隊の中でも、一際腕がいいな。そこはほめとこう」
そう言いながら、後ろから撃ってきた相手へと刀を向ける。挽回の策を破らせてしまい、相手も完全に観念したようだった。手にしたハンドガンを手離し、床の上に大の字になる。
「…二つ名持ちは伊達ではないということか。だが、まぁ…いいさ」
寝そべった男は静かに告げる。その姿を見て少しだけシズマの脳裏に疑問が浮かぶ。ここで負けると言うことは、任務に失敗すると言うことだ。だが、それにしてはどこか気持ちの余裕すら感じる。だがそれは決して、諦め、とかではない。
「ここでお前を食い止めるだけでも、充分に意味はあるのだからな」
ニヤリ、と男が笑みを浮かべる。それを見て、シズマは相手の企みに気づいた。
「陽動か」
「ご名答。仮にこちらのチームが失敗しても、別働隊が強襲することになってる」
そこまで男が告げたところで、3階の方から銃声が響く。しかも一発や二発ではない。激しい銃撃戦が始まっているのは誰の耳にも明らかだ。
だが、それでもシズマは慌てることはなかった。
「なるほど、してやられたわけか…と言いたい所だが、先の奴と違ってお前は俺のことをよくは知らないようだな」
「…何?」
「疾風の刃には、最高の相棒がいるんだよ。二つ名持ちのな」
そう言って、今度はシズマがニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。