02
シズマとアリーゼの2人がその場所に着いた時、アリーゼからスリを企んだ少年は、黒づくめの男に腕をつかまれているところだった。もちろん、友好的なやりとりには到底見えない。
「離せ、離せよぅ」
「駄目だ。お前には来てもらう」
そう言って、少年を無理やり引きずって行こうとする黒づくめ。だが、それをそのまま見送るような二人ではない。一瞬だけシズマとアリーゼは顔を見合わせ、2人へと近づいていく。先に声をかけるのはシズマの方だった。
「真昼間から人さらいとは感心しないな」
「なんだ。お前は」
「ただの通りすがり」
シズマが答える前に、アリーゼが続けて言葉を挟んだ。黒づくめは露骨に不機嫌な表情を浮かべるも、シズマが片手に刀袋を持っているのに気がつき、僅かに表情を変える。
「………ちっ。邪魔したこと後悔するぞ」
そうとだけ告げて、黒づくめの男は少年の腕を離し、どこかへと歩き去って行った。そんな後ろ姿を見送り、地面にへたり込んだ少年へとアリーゼが近づいていく。
「大丈夫?」
「…なんだよ。にーちゃん達、何しに来たんだよ。もう財布返しただろ」
心配の声をかけるアリーゼに対し、不思議そうな表情を向ける少年。わざわざ自分を捕まえに来たのかとも思ったが、それにしては様子が違うと何となく察したようだった。
「ん。何となく気になって追いかけてきた」
「は?」
「お金が必要な理由。教えて欲しい」
続く言葉に呆気にとられる少年だが、それにもアリーゼは構わず単刀直入に切り込む。
「そ、そんなこと。ねーちゃん達にはどうでもいいだろう?!」
「どうでもいいけど気になる」
「なんだよ、それ!!」
理由になってねーぞ!!と抗議の声が上がるが、アリーゼは全く気にせず真っ直ぐに少年を見つめ続ける。
「あー。そいつ、一度気になると気が済むまでは、幾らでも食いつくぞ。もしかすると延々付きまとうかもなー」
そんなやりとりを見つつ、シズマがさりげなく横槍を入れる。ただ、この言葉半分くらいは事実だったりする。
「場合によっては力にもなる」
そう告げるアリーゼの眼差しはひたすらに真っ直ぐだ。裏などない純粋な気持ちで告げているのだとわかる。そんな不思議な印象のする真摯な眼差しだった。
「……ねーちゃんたちは、俺をどうこうしようってわけじゃねーんだな」
「ん。むしろ助けられるなら助けたいと思ってる」
「じゃあ、ついてきてくれよ」
そう言って、少年は2人をとある場所へと案内するのであった。
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案内された場所は、スラム街からさらに少し奥に行った所にある廃墟群だった。いくつもの廃ビルが立ち並んでいる一角だ。だが、少なからずあちこちに人の気配はある。どうやら、そこを寝床にしている人も少なからずいるようだ。
「やっぱ、どこの街にもこういう場所はあるんだな…」
周囲を見回しながら、シズマがポツリと呟く。大都市ではあるが、それゆえに開発範囲から外れて廃れてしまった区域と言うのも少なからずある。ただ、この街は特にそのあたりの差が顕著に現れているようだ。
少年は、そのままとある廃ビルの中へと入って行く。だが、その中はあちこちが廃材などで道を塞がれていた。真っ直ぐいければ、すぐにたどり着けそうに思えてもぐるっと遠回りをされたり、別れ道が作ってあったりと、ちょっとした迷路になっていた。
「迷路みたいになってる」
「ここ治安悪いんだよ。でも警察は役たたねーし。自分の身は自分で守るしかねーんだ。あ、そこ足元気をつけてくれよ」
「ん?」
先導しながら、少年が注意を促す。みれば細い糸のようなものが足首の高さに張ってある。罠の類かと思ったが、そうではなくいわゆる鳴り子の類の仕掛けのようだった。防犯のためなのだろう。
とりあえず、鳴り子トラップを回避して、さらに迷路のようなビルの中を進んでいく。そして、ようやく目的の場所と思しき所へとたどり着いた。3階に位置する部屋だ。
「かーちゃん、帰ったぜ」
「ジャック!!何処に行ってたの!!それに、後ろの人達は…」
ドアを開けて部屋に入ると、すぐに30代くらいの大人の女性がジャックと呼ばれた少年を出迎えるも、その後ろにいたシズマとアリーゼに気がつき、警戒を強める。ただ、その気の張り方は少しばかり過剰のようにも思えた。
「あ、大丈夫だよ。このにーちゃんたち、俺を助けてくれたんだ。悪い奴じゃねーよ」
「そう、なのですか?」
笑いながら告げるジャックに、ジャックの母親と思しき女の警戒が少しだけ弱まったような気がした。それでもまだ気を許しているようには思えないが。
「できれば力になりたい」
「力に? なぜです? 私たち、見ず知らず…ですよね?」
「ん、見ず知らず。でも、助けたいと思った」
相変わらず真っ直ぐに見つめ返しながらアリーゼが答える。その横で、シズマがさらに苦笑を浮かべながら告げた。
「まぁ、気持ちはわかるけど。本当にそれだけなんだ。アリーゼはこういう奴なんだ。思い立ったが一直線って感じでな。俺としては、少し抑えて欲しいんだけど」
二人の言葉に、ジャックの母親が少しだけ思案顔になる。信じていいものか、そこを考えているようだった。何か裏があるのではないかと、親切を疑ってしまう程度には彼女達が身を置いている環境は厳しいものでもある。だが、それでもアリーゼの真っ直ぐな視線を思い出せば、信じてみても良いかも知れないと、そんな気持ちも浮かんでくる。
「………」
しばしの間。そしてやがて小さく息を吐くと、静かにジャックの母親は顔を上げた。
「わかりました。あなた達を信じることにします。でも、その前にお名前などを聞いてもいいですか?」
「あぁ、名乗り忘れてたな。俺はミナヅキ・シズマだ。職業はフリーランスの傭兵みたいなものだな」
「同じく。アリーゼ・レクエイム。よろしく」
「シズマさんに、アリーゼさんですね。では、こちらの部屋に…。ジャックもおいで」
軽く手招きをして、入った部屋から続く別の部屋へと案内する。どうやらそこは寝室なようで、廃材を上手く利用して作られているベッドには、一人の男が包帯まみれの姿で横になっていた。
「……!!」
男は、母親とジャックに少し表情を緩ませるも、続いて入って来たシズマとアリーゼを見ると、すぐさまサイドテーブルに置いてあるハンドガンを手にとってこちらへと向けてきた。
「ウェルナーさん待ってください。この人達は、味方のようです」
「味方だと。そんな見ず知らずの奴を信用したのか?」
母親以上に警戒するウェルナーと呼ばれる男に、アリーゼは静かに両手を上げつつ言葉を挟む。
「私はアリーゼ・レクエイムって言う。こっちはシズマ・ミナヅキ。2人ともフリーランスの傭兵やってる」
おもむろな自己紹介。そして。
「名乗って正体明かした。これで見ず知らずの関係じゃない」
「…アリーゼ・レクエイムに、シズマ・ミナヅキ、だと?」
「ん? その様子だと、俺たちを知ってるのか?」
「知っているも何も、俺は―――」
ウェルナーがそこまで言いかけたところで、不意にシズマが口元に人差し指を当てた。静かにするように、との合図だ。それに気づいたウェルナーもジャックも、その母親も口を閉ざす。
「一体どうした?」
ウェルナーが小さな声で尋ねると、シズマは後ろを振り返りながら答える。
「どうやらお客さんのようだぞ。武装した奴らが6人。この廃ビルに入ってくる。あぁ、動きが手慣れてるな。こりゃ、ゴロツキの類じゃないな。特殊部隊系か」
「……!!後をつけられたのか!?」
「そのようだな。変に素直に引き下がると思ったが、こういうことだったらしい」
なおもどこか遠くを見ているかのような眼差しで、シズマが答える。あの場で引き下がったのは、わざと行かせてこの場所を特定するためだったらしい。うっかりしていた。もう少し気をつけていれば、尾行など見抜けたというのに。
「でも、まぁ安心してくれ。責任はとるさ。なぁ?」
「ん。振りかかる火の粉はぶっ飛ばす」
「それを言うなら払うだろ。ぶっ飛ばしたら、逆に被害増えるって。あぁ、でもアリーゼの場合は案外間違ってないか…?」
シズマの言葉に、アリーゼがすっと視線を逸らした。
「そこは否定してほしかった…」
「ま、待ってください。幾らあなた達がフリーランスの傭兵だからって、たった2人でだなんて!!」
ジャックの母親が心配そうな声を上げる。それもそのはず、シズマは刀を手にしているが、アリーゼは武装らしい武装は持ってない。精々ハンドガン程度なのだろうとわかる。ただどちらにしても、しっかり武装した精鋭相手に太刀打ちできるようには思えない。勝つなど不可能に近いだろう。普通なら。
「いや、任せよう」
だが、それを制したのはウェルナーだった。
「この2人なら大丈夫だ」
「じゃあ、決まりだな」
「さくっと終わらせてくる。だから、安心して待ってて」
そう告げて、シズマとアリーゼの2人は、その部屋を後にする。2人が出ていくのを見送ってジャックの母親が尋ねる。
「あの2人、一体何者なんですか? 傭兵とのことでしたけど」
「そのとおり。ただ、とんでもない凄腕なのさ。俺としては、仕掛けてきた連中に同情すらするね」
そう言ってウェルナーは引きつった笑みを浮かべるのであった。それから少しして、階下の方で銃声が響き始めた。