08
「大丈夫か、アリーゼ。すまん、遅くなった」
そう尋ねるのは言うまでもなく、パートナーであるシズマだった。手には鞘から抜いた刀が一本。油断なく、ジャックやクイン、キングスの方を睨みつつ声をかけてくる。
「だけど遅くなった事に文句は言うなよ。探すのにすごく苦労したんだからな」
「そんなこと言わない。だって結構危なかった」
九死に一生とまではいかないかもしれないが、本当に危なかったのは事実だ。あと数秒ずれていたら、状況が大きく変わっていたのは間違いない。
「で、これはどういう状況だ?」
「前に私が捕まえた悪い奴が、同盟組んで仕返しに来た」
「今までにないパターンだな」
「ん。ちょっと油断した。でも、今回は私悪くない」
「わかってるって」
ふっと笑みを浮かべ、カタナの刃先を、こちらを見ているジャックとクインに向ける。
「まだ動けるよな、アリーゼ」
「ん。ちょっと辛いけど大丈夫」
その場からヨロヨロと立ち上がるアリーゼ。片方のハンドガンは取り落としてしまっているため、残った1つのハンドガンを両手でしっかりと握る。
「よし、それじゃあ…まずはコイツらを叩きのめそう」
そう言って構えるシズマに、ジャックたち三人も身構える。
「はっ、ここで乱入者かよ。だが1人増えたところでなぁ!!」
「たかが1人、されど1人ですわ。正直、やばいですわよ、これは」
「あぁ、2人相手となると私たちの連携が崩される。元々、1人を想定したものだからな」
「じゃあ逃げるかぁ?」
「ここまで来たのだから、やりましょう」
そう言って、クインがドラム缶を浮かび上がらせる。数は4。そして、同時にジャックがナイフを両手に持ち直す。一方、少し離れた場所ではキングスが両手にもったスナイパーライフルを構える。三人ともやる気はあるようだ。
「アリーゼ、ここまで戦ってきた上で何か作戦があるか?」
「……上のスナイパー。アレが一番厄介。そこを崩せばどうとでも。倒す手はあるけど、3人同時に相手しつつじゃ狙えなかった」
「よしきた。じゃあ、アリーゼに上のスナイパーは任せる。後の2人は、俺に任せろ」
「ん」
互いに一瞬視線を合わせる。そして、すぐさま動き出した。まず、アリーゼはキングスの方へとハンドガンを向け、おもむろに銃口を遥か上空へと向ける。一瞬迎撃の構えを取るキングスであったが、全く見当違いの方向へと向けられた銃口に警戒が僅かに緩んだ。
空に撃ったところで、跳弾すべき障害物はない。何が狙いかはわからないが、注意を逸らすための陽動だろうと思ったのだ。そのまま4発の銃声が響きアリーゼが空へと銃弾を放ち、それからすぐにキングスの方へとハンドガンを向ける。
今度は直接狙い。これは対応せねば、と両手のスナイパーライフルを構える。
「正面からの撃ち合いか。だがそれでは勝てんぞ」
「やってみないとわからない」
手数ではこちらが圧倒的に勝っている。まして、アリーゼは片方のみの銃。昼間に路地裏で襲撃した時よりも手数は減っている。
お互いの銃声が響き、空中で幾つ物火花が散る。状況は今は五分。だが装弾数の差ですぐに状況は覆せるはずだった。
「がっ?!」
次の瞬間、キングスは両肩に鋭い痛みを感じて、手にしていたスナイパーライフルを取り落としていた。何が起きた…?と肩口を見れば、両肩が撃ち抜かれて赤く染まっている。まさか迎撃し損ねた?そう一瞬思うも、肩にできた銃創を見て、すぐにその正体に気づいた。撃たれたのは正面ではない。上からだった。
「曲射だと……?!」
曲射。それは物陰の目標または水平の目標に、湾曲した弾道で上方から弾を落下させる射撃である。アリーゼはそれをハンドガンでやってのけたのだ。
「迎撃に自信があるみたいだから、私が撃っても動かないと思ってた。でも、さすがに曲射は動きながら狙えるものじゃないし、到達時間がとても掛かる」
だから正面からの撃ち合いを敢えて挑んだ。
先ほどなら、ジャックやクインの妨害により足を止める暇すらなかった。だが、今度はシズマによって援護が来ない状況になっている。だからこそ出来た攻撃方法だったのだろう。
実際、今…ジャックはシズマと切り結んでいる。
「…てめぇ…!!」
「少しは出来るようだけど、そこまでって感じではないな」
ナイフ二つで連撃を仕掛けるも、シズマはそれを逆手にもった刀でことごとく捌いていく。距離を離そうと動いてもすぐさま食い下がるため、逃げる事すらかなわない。
「おい、見てねぇで助けろ!!」
「あなたも巻き込む事になるけど、それでもいいの?」
「くそがっ」
クインはジャックをサポートするためにドラム缶を飛ばそうとするが、至近距離での戦闘ゆえに片方のみを狙う事が出来ず、攻めあぐねていた。距離を開けて戦うアリーゼと違い、シズマは近接寄り。下手に投擲をすれば、ジャックを巻き込んでしまいかねない。
シズマもそれに気づいているからこそ、ジャックとの切り結びを続けていた。二人を引き付けさえすれば、アリーゼがすぐにキングスを片付けて、こちらに合流するとわかっているのだ。
実際、両肩を負傷したキングスはもはや戦力外だった。アリーゼは、すぐさまシズマを援護すべく、そちらへと駆け出す。
「シズマ、こっちは終わった」
「じゃあ、後二人だな……っと!!」
ジャックのお腹に膝蹴りを叩き込み、後ろへと飛ぶ。その一瞬をついて、様子を伺っていたクインがドラム缶を飛ばす。
「【衝風】!!」
すぐさまシズマが刀を振り抜き、衝撃波を繰り出す。面の衝撃により、ドラム缶の勢いが止まって屋上の上へと転がる。
「アリーゼ!!」
「ん…!!」
刹那、シズマがアリーゼの名前を呼び、それに答えるように駆け寄っていたアリーゼが跳躍した。そして、シズマの肩を足場にして、さらに上へと跳躍。そんなアリーゼの動きに、ジャックとクインの視線がそちらへと向く。
「【疾風】!!」
「ぐぁっ?!」
その一瞬。シズマが瞬時に距離を詰め、刀の柄をジャックの鳩尾へと叩き込んでいた。さらに空中にいるアリーゼがクイン目掛けて、ハンドガンを放つ。投擲に1つ使ったが、まだ浮かせて待機させているドラム缶二つが残っている。それらのうちの1つを盾にして、迫った銃弾を防ぐ。
そこに出来たわずかな時間に、アリーゼが着地をして再びハンドガンを向ける。
「チェックメイト」
「………っ!!」
アリーゼが一言、そうとだけ告げる。その時点で、クインは自分が完全に詰んでしまった事を自覚した。アリーゼの腕なら、自分の防御を抜く事は造作もない。そのことは、すでに一対一で挑んだ時点で証明されている。ジャックやキングスと言った味方がいれば捌ける攻撃ではあるが、その二人もすでに戦える状況ではない。一人になった時点で、すでに勝負はついたのだ。
「……惜しかったのだけど、残念だわ」
観念したように、クインが降参と言わんばかりに両手を上げる。それと同時に浮かんでいたドラム缶が落ちた。
「いいところまでいったのだけど」
残念そうに肩を竦めるクインに、シズマがアリーゼの横に並びながら告げる。
「まぁ、読みが甘かったと言う奴だな。アリーゼに俺がいることを忘れてもらっちゃ困る。仮にもチームを組んでるんだ。次に挑むなら、俺も勘定に入れて欲しいものだな。ただし――」
そう言って、ちらりアリーゼの方を見る。アイコンタクト。直接の言葉は交わさないが、それでもアリーゼはシズマが何を言わんとするのかを察した。
「私とシズマが組むと、単純な足し算にはならない」
そう言って、微かにだがアリーゼは誇らしげに笑みを浮かべるのであった。




