07
両手にナイフをもったジャックが迫る。ジャック1人ならともかく、他にも敵がいる状況下で、前衛に距離を詰められるのはまずい。
両手のハンドガンをジャックへと向けるが、その射線を遮るようにドラム缶が目の前に割り込んできた。それでも敢えて射撃を放つ。ドラム缶の曲面に弾が上がり、弾丸が逸れる。が、その弾道すら読んでの跳弾を狙う。クイン狙いの三方向から跳弾射撃。防御の1つをジャックに割いてる以上、手数的に防げないはず。だが、そこに別方向からの弾幕が、その跳弾を撃ち落とす。別の屋上からこちらを見下ろしているキングスの狙撃だった。
「…むぅ」
自分を狙ってくるキングスの狙撃をハンドガンの射撃で逸らし、もう片方のハンドガンでジャックのナイフの斬撃を捌く。それで手いっぱいのところでに飛んで来るドラム缶を身体を大きく逸らしてかわし、ジャックに足払い。ジャックはそれを後ろへと跳んで避ける。すかさずそこを追撃出狙うが、間に割り込むように鉄板が割り込み銃弾を防ぐ。
「はっはぁ!!どうした、その程度か!!」
「その程度と言うのは失礼よジャック。むしろ、これでも私達の攻撃が通せないあたり、やはり二つ名持ちは伊達ではないと言うことよ」
ジャックがアリーゼから離れた所で、ようやく一息つける状況になった。キングスがそれを阻止しようとスナイパーライフルを連射してくるが、前回と違ってそれなりに広さのある屋上だ。動きに制限がつかない分、対処は容易。すぐさま駆け回って、射線を避ける。
「これは、本気で困る…」
「おらおら、どんどんいくぜ!!」
そうこうしているうちに、距離を詰めてきたジャックのナイフが目前に迫る。それをかわそうとしたところで、キングスの狙撃に気がつく。体勢が崩れたところへの攻撃は基本だ。決して、相手は悪くないが、こちらとしては大迷惑だ。
「……っ」
体勢が崩れるのも構わず、思いっきり後ろへと跳ぶ。空中で身体が倒れるのも構わず、ジャックとキングスの両方に、それぞれハンドガンを向けて連射する。その射撃に、キングスは屋上の縁の向こうへと身を隠して弾丸をやり過ごし、ジャックは両手のナイフを使って弾丸を防ぐ。
「はっはっは、効かねなぁ!!」
「それに、私も忘れてもらっては困るわ」
「………!!」
次の瞬間、アリーゼは強い衝撃を感じると同時に、真横へと吹っ飛ばされていた。後ろに跳んだ所を狙って、クインの操るドラム缶が横から飛んで来たのだ。
「…っ。ぐ…」
そのまま屋上へと叩きつけられ、その上を転がっていってフェンスにぶつかって止まる。ダメージとしては、まだマシだ。結構痛かったが、許容範囲ではある。
「まずは一撃ね」
「これだけやって、ようやく一撃かよ。ほんととんでもねぇな」
「休ませては意味がないぞ、2人とも」
それまでずっと黙っていたキングスが静かに口を開いた。それと同時に、しっかりと両手に抱えたスナイパーライフルを向け、こちら目掛けて連射を繰り出してくる。
すぐさま立ち上がり、その場から駆け出す。その後を追うように、幾つもの弾丸が屋上の床を穿っていく。
「おっと、そうだったな!!」
キングスの言葉に、すぐさまジャックがアリーゼの後を追って駆け出す。同時にクインがドラム缶を飛ばして、アリーゼの行く手を遮ろうとする。
飛んで来たドラム缶をスライディングでかわす。同時に両手のハンドガンを頭上に上げるように向け、後ろから追いすがるジャックへと弾丸を叩き込もうとする。
「うおっ?!」
スライディングしながらの後方射撃という予想外の一手に、ジャックの反応が僅かに遅れた。ある意味で好機。だが、それもキングスの弾幕によって遮られる。
「…残念」
小さく舌打ちながら、身体を起こす。ともかく動き回って隙を狙うしかない。だが、それでも子の牙城を崩すのは難しい。
1対3。その状況自体は大した問題ではない。なぜなら1人で、もっと大勢の敵を捌いたこともある。だが今回ばかりは、あまりにも状況が悪い。
全員が全員射撃に対応できるというのは辛い。ハンドガンの銃を放っても、そのいずれもが切り払われ、撃ち落され、防がれる。
その上で、ジャックのナイフの連撃が、クインの操るドラム缶が、キングスの狙撃が、それぞれの攻撃の隙を埋めるようにアリーゼを襲う。
三人が三人。対アリーゼを意識した戦術を組み立て、さらにそれぞれが巧みに連携をしていた。誰かが攻め、その間に誰かが守りを担当する。攻撃と防御の比率は1:2また2:1と変動するも、そのコンビネーションにはアリーゼ1人では付け入る隙がない。
「………くっ」
跳弾も通用しない。跳弾の長所は死角をつけるというもの。だが三人全員が死角となる位置が存在しない。一番ネックなのが、1人だけ離れ屋上を見渡せる位置に陣取っているキングスだ。こいつのせいで、ジャックとクインの死角をついた跳弾が読まれる。そしてキングス自身は、跳弾で狙えない位置にいる。こちらから狙える位置から見えるのは、キングスと空だけ。跳ね返すために利用できる障害物がない。
「…逃げるのも手ではあるけど」
このまま戦闘を続ければ、間違いなくどこかでやられる。そうなるくらいならこの場を離脱すると言う選択肢が浮かぶが、飛び降りるには少しばかりこのビルは高すぎる。幾ら自分でも、無事ではすまない高さだ。
となると脱出路は1つ。屋上に上がってきた出入り口。だが、相手もそれはわかっている。攻撃による巧みな誘導で出入り口のドアには近づく事すら出来ない。
「おらおら、ぼーっとしてたらやられちまうぜぇ!!」
「……っ?!」
思考が一瞬戦闘から離れたのがまずかった。キングの狙撃とクインの飛ばしたドラム缶を巧みに避けたところで、片方のハンドガンがジャックの一撃によって、手から弾き飛ばされる。
反射的にもう片方の手のハンドガンを向けるが、そこでジャックが不意に横っ飛びに離れ、入れ違いに次のドラム缶が飛んで来た。
今まで飛んで来たのとは違う赤色のドラム缶。それを見た瞬間、アリーゼは両手で防御体制を取った。直後、スナイパーライフルの射撃音が響き、ドラム缶が盛大な爆発を起こした。
「うぁっ…?!」
至近距離の爆発。先ほどドラム缶をぶつけられたのは段違いの威力で吹き飛ばされて、フェンスに思いっきり叩きつけられる。そのままフェンスが外れれば、下までまっさかさまとなっていたところだが、幸いにもフェンスはひしゃげつつも耐えてくれた。
「……っ。ぐっ…」
なんとか身を起こす。
少しだけ読みが甘かった。今まで飛ばしてくるドラム缶がどれも不燃物のものだったので、可燃物のドラム缶もあるとは考えもしなかったのだ。まして、街外れとはいえ街の中だ。そこまで派手な攻撃はして来ないだろうと思っていたのだが、その考えも甘かったようだ。
それだけ、相手は自分を倒すことに全てを賭けているということなのだろう。実際、それらの油断で追い込まれてしまっているのだが。
「そろそろチェックメイトってとこか?」
「さすがに今の一撃は手痛いでしょうからね」
三人の視線がこちらへと向けられる。ダメージは大きい。もう戦えないほどではないが、少なくとももう少しだけ時間を置かないと、受けた衝撃のせいで身体が動きそうにない。
それでも対抗しようと、手にしたハンドガン――あの状況を受けながらも手離さなかった――を向ける。が手元が安定しない。ダメージの影響がまだ抜けていない。
「とりあえず終わりにしよう。誰がやるかね?」
キングスの言葉に、三人の視線が交わる。
「確実性をとるならクインだろうな」
「まぁ、だろうなぁ。まだ撃てるようだしよぉ」
その判断は正しい。アリーゼは身動きが取れない状況ゆえに回避は出来ないが、まだ攻撃は出来る。キングスの狙撃は逸らせるだろうし、ジャックも集中的に銃弾を叩き込まれれば防御に専念しなくてはならず近づけなくなる。だがクインなら、質量に物を言わせた投擲で押し潰せる。その投擲はハンドガン程度では止まらない。
「では、私が」
すっと片手を上げる。その動きに呼応するように、落ちていたドラム缶がまた1つ浮かび上がる。
「よくここまで持ったわね。でも、勝負ありよ。さようなら」
クインが静かに告げ、その手をアリーゼへと向ける。それと共にドラム缶が勢いよくアリーゼへと放たれ―――。
次の瞬間、衝撃音と共にドラム缶の狙いが逸れた。
「「「?!」」」
何事だと、その場にいた全員が吹き跳んだドラム缶へと視線を向ける。そんな中、アリーゼだけは逆の方を向いていた。
「大丈夫か、アリーゼ。すまん、遅くなった」
そこには刀を抜いた1人の青年が立っていた。それが誰かなど、説明するまでもない。アリーゼにとって、最高の助っ人。今度は偽者ではない。正真正銘の本物だった。




