06
「シズマ、一つ聞きたい。シズマは、誰?」
そう告げる声はとても冷たい。いつも以上に感情のこもらない声だった。だがそれ以上に顔面にハンドガンを突きつけられたシズマの表情には驚きの色が浮かんでいる。
「何を言ってるんだアリーゼ」
反射的に両手を上げつつも、困惑した様子でシズマが尋ね返す。それを聞けば、アリーゼはなおもハンドガンを向けたままに、静かに語り始める。
「まず最初。スナイパーに襲われたとき、私は全速力で移動するようには言った。でも、シズマならあの局面なら、逆に私を先に行かせてたはず」
「………」
アリーゼの一言に、シズマの表情が一瞬呆気に取られた顔になる。
「私は普段はハンドガンしか持ってないから、狙撃距離に対応できないのはシズマもわかってるはず。そういう時は、シズマが防御に回ってくれる。シズマの腕なら、スナイパーの銃弾は捌けるから。でも、そうせず真っ先に退避した。それに、それを抜きにしてもシズマが私より先に気づかないはずがない」
「………」
「二つ目。ホテルの襲撃。襲撃の後、襲われた相手の話をした時。念動系の類だろうって言った」
「それの何が変なんだ? 相手の能力を推測したわけだから、そういう返答は不思議じゃないだろう?」
そこはなにもおかしくはないだろう?と不思議そうな表情でシズマが告げる。だが、アリーゼは静かに首を横に振った。
「本当にシズマだったら。断言してる」
「…なんだって?」
「シズマは私より遥かに異能については詳しいし、見る目もある。本当にシズマだったら、あんな曖昧な言い方はしない」
「………」
「三つ目。クインに襲撃された後、私はシズマにどっちに行ったかを聞いた。でも、風を使わなかった。あの状況で風を使わずに相手の位置を探れるはずがない」
引き金には指がかかっていた。しかも後ほんの僅か力を込めればいつでもハンドガンが火を吹く状況だ。
「でも一番らしくなかった決定的な証拠がある」
そして極めつけと言わんばかりにアリーゼが告げる。
「…聞こうか」
「もし、本当のシズマなら。私が大量のぬいぐるみを抱えている時点で、猛突っ込みいれてる」
「……は?」
「シズマだったら、「そんなに取ってどうするんだ」「仕事であちこちするのに、そんなに持っていけないの知ってるだろう」「と言うか、射的ゲームでドンだけ全力だしてるんだ」って絶対突っ込む場面なのに、さらりとしたリアクションしかなかった。らしくなかった」
アリーゼの言葉に、シズマはただただ呆然としていた。もしそれが事実なら、最初から怪しまれていたことになるからだ。
「……だとしたら、なぜ今まで追及しなかった?」
だが、そうであるとしたら。今の今まで何もしてこなかったのが不思議でしかない。偽ものだと怪しんでいながら、アリーゼは何もそのことには反応してこなかったからだ。そして、この問いはある意味シズマが本物ではないことを現す質問でもあった。いわば認めたにも等しい。それでも、シズマの姿をした誰かはそれを聞かずにはいられなかった。
シズマの偽者の言葉に、アリーゼは真っ直ぐに見つめ返したままに答える。
「確証はなかったから。でも、ホテルやここの一連の行動で確信できたから」
「……じゃあ、このタイミングで追求したのは?」
「たぶん、私が思うにこの先でクインが待ち受けている。でも、あれともう一戦やるにしても、そこで偽者に背中を預けたくはないから」
「つまり、ある程度は騙せてたわけか。だけど、まさか最初から怪しまれてたとはね」
手にしていた刀を落とし、観念したようにシズマの偽者が自分の顔を剥いだ。そこから現れるのは全くの別人。だが、その顔にアリーゼは見覚えがあった。
「エイス・サーフェイ」
「あぁ、覚えててくれたんだね。それは嬉しい限りだよ。|双銃の奇術師≪ダブルガン・トリッカー≫」
そう言って、目の前の青年エイスが笑みを浮かべる。
彼もまた、以前アリーゼに捕まえられた犯罪者の1人だった。変装の名人で名のしれたスパイでもあったのだが、とある事件で悪意というものに敏感なアリーゼに一発で見破られてしまった過去があるのだ。
「君に見破られて捕まってから、僕の評判も駄々下がりでね。だから一泡吹かせたくて、今回の計画に乗ったんだ。でも、まぁそこそこに特訓の成果はあったようだ」
どこか嬉しそうにエイスは笑う。アリーゼに見破られてから、悪意そのものを抑える特訓を重ねてきた。最終的に様々な証拠から見破られてはしまったが、途中までは怪しまれつつも確信に至れなかったということは、それなりには騙せていたということだ。これはエイスにとって、それだけで充分過ぎるものだ。
「で、僕をどうするつもりだ? 多少戦闘の心得があるとは言え、さすがにこの状況をひっくり返せるほどではないからね。降参したら見逃してくれるかな?」
「駄目。とりあえず眠っててもらう」
「まぁ、そうなるよね」
結末はわかっていた。なので観念したように後ろを向く。
「まぁ、僕はあくまで各所への案内役だ。だから、ファイナルステージである、ここまで誘導できれば役目としては充分さ。だけど、やるならなるべく痛くないように頼むよ?」
「ん」
「…がっ?!」
アリーゼの返答が聞こえると同時に、後頭部に銃のグリップ部分で一撃を叩き込まれ、エイスがその場に倒れる。後で目が覚めて邪魔されても困るので、そこら辺においているロープでぐるぐる巻にもしておく。
「……よし」
もう一度エイスが意識を失っている事を確認して、アリーゼは屋上へと上がって行った。そして少しさび付いた扉を開ける。
すでに薄暗くなった屋上の、その先にクインの姿があった。待ち時間で応急手当はしたのだろう。先ほど銃弾を受けた場所には、真新しい包帯が巻かれていた。
「遅かったわね。1人なの? 相方さんは?」
「シズマの偽者なら黙らせた」
「あら、そう…。それは残念」
エイスが脱落したとわかり心底残念そうに肩を落とすクイン。
「でも、まだ私達のチームが負けたことにはならないわ。決戦の場にようこそ」
そう言って演技がかった仕草で両手を広げるクイン。その直後、アリーゼの後ろ頭上から誰かの気配が迫る。反射的に前へと身を投げ、屋上の上を転がり、すぐさま立ち上がるアリーゼ。振り返った先にいたのは、大振りのナイフをもったジャックの姿だった。
「ちっ、絶好のチャンスだと思ったのによぅ」
「あなたの気配はわかりやすすぎわ、ジャック。せっかく囮になったのに」
仕留め損ねたことを残念そうにするジャックに、クインが呆れた表情で告げる。
「…二対一?」
2人を交互に見ながらアリーゼが静かに尋ねる。
「いいえ、もう一人いるわ。キングスがね」
クインがそう告げ、とある方向を見る。その方向へと視線を向ければ、両腕にスナイパーライフルを抱えた男が別のビルの上に立っていた。ちょうどこのビルの屋上全体を狙える位置だ。
「…キングス。キングス・ブルザイ」
その名前にも覚えがあった。狙撃を得意としていた男で、ジャックやクイン、エイス同様にアリーゼによって逮捕された犯罪者だ。
「そう、それにエイスを加えて四人。それがあなたを倒すために結成されたドリームチームと言うわけ」
クインが静かに両手をうごかせば、ビルの屋上に置かれていたドラム缶が三つ静かに浮かび上がる。
「そういうことだぜ。これはいわゆるリベンジマッチってぇ奴だ。今までのはほんの余興。これが本番にして本命って奴だ」
そしてジャックが大振りのナイフを両手に構えて、身を低くする。
キングスの声は聞こえない。だが、両手のスナイパーを持ち直してこちらに向けてきている時点で、その意志はしっかりと伝わってくる。
「三対一…」
静かにハンドガンを両手に構える。
さすがのアリーゼも今回ばかりには秘かにある種の覚悟をせざるを得なかった。一人一人は極端に強いわけではない。だが、この三人相手となると厳しいものがある。前衛が1人に後衛が二人。攻防のバランスも悪くない。連携されれば、相当に厄介だ。
「……かなり大変かも」
いつになくアリーゼの表情が固くなる。それほどまでに今回の相手は厄介だと、そう認識した瞬間であった。
そして、戦闘が始まる。




