05
念動によって、浮かび上がった事務机がこちらへと飛来する。
アリーゼはそれ横っ飛びに交わし、手にしたハンドガンを相手――クインへと向ける。そのまま3発発砲。だが、射線上にすぐに次の事務机を割り込ませられ、盾とされる。
とはいえ、一度は下した相手だ。何が相手にとって有効かもわかっている。
事務机の並ぶ部屋の中を駆け抜けて行く。その動きを追うように、次々と事務机が飛んで来るが、わずかばかりにアリーゼの動きを追いきれない。
それもそのはず。相手の念動はあくまで手の動きの延長なのだ。事務机が浮かぶのは持ち上げると言う動作。飛んで来るのは投げると言う動作なのである。これがもう少しレベルの高い念動能力者になると、本当に自在に動かし始めるのだが、少なくとも目の前の相手のクインはその粋までは到達してない。
「相変わらずちょこちょこと動くわね」
「飛び道具相手に足を止めるのはアマチュア」
広い部屋の中をさらに駆けつつ、片手でハンドガンを向け続けて発砲する。投擲と投擲の間隙を縫ったタイミングの攻撃だが、相手もその自分の隙はわかっているのだろう。投擲と同時に、すぐに次の事務机を浮かばせ、即席の盾とする事で射撃を防ぐ。
ここまでは、前回苦戦していたのと同じ立ち回り方だ。
「とりあえず、遊んでる暇はないから仕留める」
再びハンドガンを撃つ。その狙いは、クイン狙いではなく全く見当違いの方だった。が、見当違いに飛んだ銃弾は、向かう先にあった床に当たって跳ね返り、さらに壁に跳ね返り、天井に跳ね返って、事務机の盾を回りこみ、クインの頭上から襲い掛かかった。
跳弾。物を利用して、弾を跳ね返し、予想外の位置から銃弾を届かせる高等技術である。
銃弾が、さらに弾ける。それは頭上に浮かんだ、もう一つの事務机によるものだった。
「……動かせるのがもう一つ増えてる」
「いいえ、もう一つだけではないわよ?」
クインがさらに手を動かせば、もう一つの事務机が浮かぶ上がる。浮かんだ机の数は三つだ。
「まさか、私が以前のままだと思ったの? 前回を反省しているのよ? 同じ失敗をしないのがプロと言うものでしょう?」
「……確かに」
クインが笑みを浮かべながら告げ、アリーゼが納得したように頷く。相手とて、一応はその道のプロなのだ。当然反省を生かして次に生かそうとはするだろう。あたりまえのことだが、実際にそれをやれる者は多いと言うわけでもない。まして、単なる技能ではなく異能だ。異能の能力を上げるのは、技能を磨く以上に苦労が伴う。
まぁ、それを相手はやりがとげたわけだが。
「…ちょっとだけ感心した」
「それはどうも。それじゃあ、続きと行きましょう?」
戦闘再開。だが、状況はさらに熾烈を極めることとなった。今度は飛んで来る事務机の数が倍になったのだ。場合によっては逃げ道を塞ぐように、二つ同時に飛んで来ることすらある。その間隙を縫って、クインに射撃を届かせようとするが、三つ目の事務机が常に盾としてクインの周りに待機しており、跳弾にも警戒している。
撃ち出した方向とは全く別の方向から飛来し、相手の不意を突くの有効な跳弾ではあるが、これにも実は弱点があった。
それは威力の低下と到達時間の延長だ。まず壁に当たる際に運動エネルギーが減らされるため、弾速が落ち威力が落ちる。落ちると言っても、それでも充分に威力はある方なのだが、それでもその差が状況を分ける事は少なくない。
そして、周りこんで相手に届くと言う特性上、真っ直ぐ撃つよりも移動距離が伸びてしまうため、撃ってから届くまでの時間もわずかにだが伸びてしまう。これも、わずかな差だが相手によって、その僅かな時間が命運をわけることになる。時間が延びると言うことは、判断時間を与える事にもなるのだ。
そして、相手はその判断時間の延長を逆手にとって、跳弾の軌道をも読んでいた。前回それで負けたからこそ、対策をしてきたのである。
だがそれは守りの一手。やられはしないが、相手を倒すには至らない。
「このまま埒が開かないわね」
「大丈夫。次は決める。クインは、跳弾の真価をまだ知らない」
そう言ってアリーゼは移動の足を止めると、ハンドガンを再びクインへと向けた。そして僅かに射線を逸らす。そして発砲。その数は―――4。
「……なっ?!」
すかさずクインが全ての事務机を使って防御しようとするが、根本的に数が足りない。どんなに完璧に防いでも、数の差は覆せない。
「ぐっ?!」
肩口を撃ち抜かれ、クインの身体がわずかに揺らぐ。だが、それで事務机の動きが止まないあたりはさすがといったところか。異能者次第では、痛み一つで集中力が途切れて解除されると言うこともあるのだが。
「これが跳弾の真価。一発ずつしか出来ないとは言ってない」
「……なるほど。|双銃の奇術師≪ダブルガン・トリッカー≫の二つは伊達ではないというわけね」
腕のいいガンナーの中には確かに跳弾を使うものは他にもいる。だが緻密な弾道計算が求められるため、複数同時に繰り出すと言う事をする者は多くはない。2発も同時に出来れば、相当なものだ。
だが、アリーゼの弾道計算力はそれを遥かに上回るのだ。これでもまだ全力には至ってないのだが、それを知る術は相手にはない。四発同時に跳弾を当てるだけでもとんでもないことなのだ。
「やっぱり、私でも一人では無理と言うことね」
肩口を抑えながら、クインがその場から移動を開始しようとするが、当然ながらそれを見逃すアリーゼではない。
「逃がさない」
そう言ってハンドガンを構えたままに距離を詰めようとするアリーゼであったが、突然そこに部屋の外から何かが放り込まれた。それがスタングレネードだと気づき、すぐに身構えるアリーゼ。直後爆音と共に辺りが凄まじい光に包まれるが、事前に備えたのもあって閃光と音で気絶すると言うことはないた。
だが、閃光が収まった時、すでにクインの姿はどこにもなかった。
「………ふぅ」
ひとまずの脅威が去り、少しだけ息を吐く。これで襲撃して来たのは三人目。しかも、そのいずれもが相応の対策を用意した上で仕掛けてきている。
クインは仕返しと言っていた。思い当たる節はあり過ぎる。恐らくは、最初のスナイパーも同じ関連なのだろう。遠距離で決着をつけたのもあって、相手を思い出すが全く出来ないが。
何はともあれ、今はクインを再優先ターゲットとして追うことにする。このまま延々と狙われ続けるのは、さすがにちょっと癪でしかない。こちらからは基本手を出さない(?)が、降りかかる火の粉に容赦するような性格でもないのだ。
戦場となっていた広い事務室を後にする。そしてクインがどっち逃げたかを確認しようとしたところで、シズマの声が響いた。
「アリーゼ!!」
振り返れば、駆け足気味にこちらへと駆け寄ってくるシズマの姿があった。
「大丈夫か。何か爆発音がまた響いたけど」
「案の定、襲われた。シズマを襲った奴」
「俺を襲った奴。念動使いか」
「ん。今追いかけようとしているところ。場所、わかる?」
「あぁ、少し待ってくれ」
そう言ってシズマが意識を集中させるように目を閉じる。そのまま数秒が過ぎ、シズマが告げる。
「上だな。屋上に向かってる」
「…罠確定」
通常、こういう状況なら逃げ道のない方向に逃げるはずがないのだ。にも関わらず、逃げ場のない方へと移動している。何かが待ち受けているのは間違いない。
「でも、あのままにもしておけない」
「だろうな」
アリーゼの言葉にシズマが苦笑を浮かべる。
「じゃあ、行くか」
「ん」
二人揃って再びその場から駆け出す。階段を駆け上がっていき、さらに血の跡を追っていくと、屋上へと続く扉へとそれはたどりついた。地理的に、この先にいるのは間違いないだろう。
「この先にいるな」
「ん」
「どうした?行かないのか?」
屋上の扉へと続く最後の踊り場のところで、おもむろにアリーゼは足を止めていた。それを不思議に思ったシズマが首を傾げる。アリーゼは屋上へ続く扉を見上げ、それからシズマの方へと振り返り、手にしたハンドガンをその顔面へと向けた。
「…アリーゼ?」
「一つ聞きたい。お前は、誰?」
そう告げる声はとても冷たい。いつも以上に感情のこもらない声だった。




