03
「大丈夫か?」
スナイパーの襲撃をかわしたアリーゼは、シズマと合流していた。と言っても、襲われた路地の出口のところで、シズマが待っていてくれたわけなのだが。
「ん、ちょっと危なかった」
「俺にはどんな相手かはわからなかったが、アリーゼがそういうのならかなり出来る相手だったんだろうな」
「用意周到に練られた作戦だった」
今回ばかりは少しだけ危ないと思う程だった。地の利と状況と戦術を巧みに組み合わせた見事な襲撃だったと言わざるを得ない。
「とりあえず、これを置いてこようか。アリーゼが持ってた分は、さすがに無理があったみたいだな」
「あの状況で持っとくのが難しい」
アリーゼが持っていた分のゲームセンターで手に入れてきたぬいぐるみセットは全て路地にぶちまけてきてしまっていた。さすがにそれらを持ったまま戦うのは自分でも厳しい。ただ、シズマの方はしっかりとキープしていてくれたらしく、その手にはしっかり幾つものぬいぐるみが抱かれていた。
「でも、このままだと邪魔になるからそうする」
「そうしてくれると助かる」
シズマが眉尻を下げて苦笑する。良い年頃の男がぬいぐるみをたくさん抱えて歩くのは、何かと目を引くものなのである。実際、すれ違う人の何人かが反応してたりする。
「じゃあ行くか。ホテルで良いんだよな」
「…ん? ん。とりあえず」
シズマの問い掛けにアリーゼが頷く。そして2人はひとまず今回の拠点にしているホテルへと向かうことにする。泊まっているホテルは、ここからは近いので程なくして、たどり着く事が出来た。なお、結局シズマがホテルまでぬいぐるみを抱えていくことになったのはここだけの話だ。
ともかく無事にホテルへとたどり着く事が出来たので、カウンターで部屋の鍵を受け取り、2人は部屋へと向かう。
「すまん。鍵開けてもらっても良いか?」
「わかった」
シズマは両手が塞がっているので、アリーゼが部屋の鍵を開ける。そのまま中へと入り、シズマが持っていたぬいぐるみをベッドの上へと置き、ホッと一息をつく。それからふと何か思いついたように、部屋のドアへと歩き出す。
「さてと、俺はちょっと何か飲み物でも買ってくる。アリーゼは、何が良い?」
「グレープジュース」
「わかった。じゃあそれにしよう。なかったら?」
「果物ジュースなら何でもいい」
「よしきた。じゃあ行ってくる」
そう言って、シズマが部屋の外へと出ていく。その様子を見守り、ちょこんとベッドの上へと腰を下ろすアリーゼ。
ひとまず何か面白いものでもないかと、テレビのスイッチを入れるが、まだ昼間の時間と言うのもあり、アリーゼが面白いと思う番組は何もなかった。
「……むぅ」
ちょっとだけ不満そうな表情を浮かべる。と、そこでドアをノックする音が響く。部屋はオートロックゆえ、一度出てしまうと中からしか開かない。なので、すぐにドアを開けるべく、その場から立ち上がる。
そして、ドアをあけた瞬間――
「………!!」
開いたドアの隙間から、鋭いナイフの一撃が繰り出されてきた。反射的に身を逸らし、その攻撃を避ける。すぐさまドアを閉めて、伸びた腕を挟もうとするが、その前に足をストッパーのように割り込まれ、阻止される。
「おっと、それは困るぜ」
シズマとは違う男の声と共に、強引にドアが開けられ、さらにナイフの一撃が繰り出される。やむなく、ドアから離れて回避し、ホルスターのハンドガンを抜く。入って来た男は、茶髪をショートにした若い男だった。パンクファッションのような服装をしており、両手に大振りのナイフを持っている。
「よう、久しぶりだなぁ。|双銃の奇術師≪ダブルガン・トリッカー≫」
ニィ…っと男が不敵な笑みを浮かべる。それに対し、アリーゼは相手を無表情でじーっと見つめて、首を傾げた。
「……誰?」
「忘れたとは言わせねぇぞ、このジャック様をな!!」
「ジャック?」
さらに首を傾げる。
「待て。マジで忘れてんのか?」
「ん、覚えてない」
「いやいやいや。あれだけ白熱したバトルまでしといて、それはねぇだろ!!」
「…ん…」
思い出そうとする。さて、どこの誰だっただろうか。相手の口ぶりからすると、自分を知っているようなので、どこかで遭遇して戦闘までしているはずなのだが。
「忘れたとは言わせねぇぞ。格闘で勝負するとか言いつつ銃を使いやがって!!」
「……あぁ」
思い出した。
「ジャック・ザ・ナイフ」
「そうだ、ようやく思い出したようだなぁ」
ジャック・ザ・ナイフ。それは以前フリーランスの仕事で対峙したナイフ使いであった。自称「切り裂きジャックの後継者」を名乗る連続殺人犯だったのだが、アリーゼの手によって倒され、警察に逮捕された男だった。
確か、追い込んだ際に決闘を挑まれたので、承諾してゴム弾による速攻早撃ちヘッドショットで秒殺したのを覚えている。
「私に何か用?」
「用もなにも。言わなくてもわかる…だろ?」
「リベンジ?」
「そんなところだ。おおっと、こんな所で銃を撃ったら大パニックになるぞ?」
「……む…」
アリーゼはすぐにハンドガンを構えるが、ジャックの言葉で一瞬動きが止まった。たくさんのお客が止まっているホテルである。無闇に撃てば、それだけで騒ぎになる。
「俺としては、お前に限らず誰を切ってもいいんだぜ? まぁ、今はお前しかいねぇがな」
笑みを浮かべながら、ジャックがさらに近寄ってくる。
ホテルの、最低でも同じ階のお客を人質にとられたようなものである。もし、部屋から誰か別のお客が出てくればそっちを狙う。だが、そうでなければ相手は自分だけを狙うということらしい。
「まぁ、潔く死ね!!」
「それは絶対イヤ」
ジャックが踏み込んでくる。そして横薙ぎに振りぬかれた一撃をしゃがんで避ける。しゃがんだところに逆の手でさらにナイフを突き降ろしてくるが、それも後ろへと跳んで避ける。さらに、前へと踏み込んでくるジャックが突きを放つ。動きが早い。避けられない。
「ほぉ、意外にやるじゃねぇか」
「どういたしまして」
突き出された鋭い一撃を、アリーゼはハンドガンのグリップの底で受け止めていた。それで相手が一瞬動きを止めたのを見て足払いを仕掛けるが、相手はすぐに後ろへと下がって間合いの外へと逃れる。
「射撃が得意だから踏み込めば仕留められると思ったんだがよぉ」
「腕の良いガンナーほど、踏み込まれた時の対策は練るのが定石」
「んなっ?!」
そう言いながら、アリーゼはハンドガンを持っていないほうの手を伸ばして、ベッドのシーツを掴んだ。そして勢いよく引っ張り、相手の方へとシーツを被るようにして投げつける。
ジャックはそのシーツを目に止まらぬナイフの連撃を持って切り裂いていた。だが、それによって僅かに隙が出来る。
「てめぇ…!!」
「今度はこっちの番」
その一瞬をついて、アリーゼは懐からサイレンサーを取り出してハンドガンへと装着していた。そして間髪いれずにジャックへとハンドガンを撃つ。
直後、銃弾が弾かれた。
「切り払い?」
「そのとおりだ。前回の敗北から、俺は撃たれた弾丸をナイフで防げるように特訓したんだ!!」
「……っ」
再びジャックが距離を詰めてくる。ハンドガンを撃ちながら後ろへと下がるが、その全てが相手のナイフによって防がれる。そうこうしているうちに部屋の隅にまで追い込まれていた。元々広くはないホテルの部屋だ。こうなるのは時間の問題だった。
「さぁ、追い詰めたぜぇ。そして自慢の銃は役に立たない。詰みだな」
「まだそうとは限らない」
部屋の隅から離れ、少しだけ相手の方へと距離を詰める。静かにハンドガンを構えたまま、空いた方の手で軽く手招き。
「この程度で勝ったと思うなら、とんだお門違い」
「はっ、ほざけ!!」
アリーゼの言葉に、ジャックが叫び再び距離を詰めてきた。先ほどと同じ鋭く早い突き。だが、アリーゼの目はその動きを用意に捉えていた。タイミングさえ合えば、見切るのは造作もないことだ。
手にしたハンドガンを手放す。それをみたジャックの視線が、一瞬だけそちらへと向くのが見えた。注意がそちらに向いたタイミングで伸ばされたジャックの手首を掴み、ナイフの矛先を逸らす。さらにもう片方の手を伸ばし、反対側の手も掴む。そこから流れるような動きで、相手を巻き込みつつ後ろへと倒れこみ、下から蹴りを叩き込み後ろへと投げ飛ばす。巴投げだ。
そして、相手が投げ飛ばされた先はホテルの部屋の端。そこにあるのは大きな窓ガラスだった。
「んなぁ?!」
派手な音を立てて窓ガラスが割れ、ジャックはそのまま外へと投げ出され、見えなくなった。
アリーゼはすぐさま床に落としたハンドガンを手に取り、窓ガラスに駈け寄る。あのまま地面にでも落ちてくれたらと思ったが、この辺りは建物密集地帯なのが災いした。いや、相手によっては幸いだったことだろう。隣のビルの屋上がすぐ隣にあり、その上にジャックは落ちたのだ。
とはいえ、中距離であればこちらの距離。すぐさま追撃すべく、アリーゼがハンドガンを向けるが。その直後にジャックのいた場所が煙幕に包まれる。
「……っ」
「この勝負は一旦預けるぜ。|双銃の奇術師≪ダブルガン・トリッカー≫!!だが、次はこうはいかねぇからな!!」
ジャックの声が響く。そして、煙幕が晴れるとそこに相手の姿は影も形もなくなっていた――。




