02
なんて奴だ。
それがスナイパーである男が最初に思った事だった。
街中である事を考慮し、サイレンサーを装備した状態だったがゆえに、本来よりも弾速や威力が落ちてはいた。だがそれゆえに射撃音で気づかれるはずはなかった。さらに完全に知覚範囲外の距離からの狙撃で、しかも背後からの一発だ。普通ならば、まず成功している。
だが、相手は反応し、さらにハンドガンで撃ち落として弾丸を逸らしてすら見せた。
「くくくっ」
自然と笑みが浮かぶ。前回は狙撃戦で負けた。だが、今回の相手は狙撃に反撃できる装備はない。つまり気づかれはしたが、いまだこちらに分があるのだ。まだ、負けたわけではない。そのために今日まで新な技術を磨いてきたのだ。
「むしろ、ここからが本番だぞ、双銃の奇術師…!!」
静かに呟き、男は再びスナイパーライフルを構えた。
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アリーゼが見ている先で、スナイパーが再び武器を構えなおすのが見えた。どうやら攻撃を続行するつもりらしい。
だが、こちらはいささか不利な状況にある。狭い路地の中で、左右には大して動けず、前進するにも後退するにも距離がある。さらに反撃の手段がない。ハンドガンとスナイパーライフルではどう考えても射程に差がありすぎるのだ。
「シズマ、全速力」
「あ、あぁ」
アリーゼの言葉にシズマがその場から駆け出す。一方アリーゼは、スナイパーの方を向いたままゆっくりと後退を始めた。
おもむろにハンドガンを撃つ。空中で火花が弾ける。さらに1つ、もう1つ。続けて3つ。放たれた弾丸をいずれも撃って逸らす。と、同時に路地から抜け出すべく、さらに足も止めない。
チラリと後ろを見れば、シズマはすでに狭い路地から抜け出しているところだった。後は自分だけ。
と、そこで相手の攻撃が僅かに止まった。怪訝に思い、相手のいる方を注視すると、とんでもない光景が見えた。スナイパーライフルをもう一丁取り出して、腰だめに二丁持ちで構え始めたのだ。
「……その発想はなかった」
LMGやアサルトライフルなどの系列を両手で持って弾幕を濃くすると言う戦術はたまに見かけるものだ。だが、弾幕で相手を圧倒するそれらと違い、スナイパーライフルは本来は一撃必殺を狙うもの。二つ持ちする事にメリットはあまりない。しっかり狙わなければ当たらなくなるからだ。
相手の射撃に反応して、アリーゼのハンドガンが火を吹く。再び空中で火花が弾ける。数は6。
「……むぅ」
伝わる相手の腕の良さ、そして相手の意図をアリーゼはすぐに察した。
まずスナイパーとは思えない構えにも関わらず、相手の狙いは精密だった。最初よりはズレがあるが、それでも充分に仕留められるだけの精度を保っている。さらにそれを6連射しても狙いにズレはほとんどない。
射撃間隔から、相手が使っているのがセミオートのスナイパーライフルであることはわかった。そして、その系統の武器には総弾数が多いものもある。それが二つとなれば、総弾数は倍。その数は、自分が持っているハンドガンの総弾数を遥かに上回る。
弾がなくなればリロードしなくてはいけないのは銃を使うものなら誰もが知っていることであり、そしてそれがガンナーにとって最大の隙であることも、誰もが知っている事だ。
「…これはちょっと面倒かも」
相手の狙いはそのリロードの隙だ。弾幕でこちらの弾倉を空にし、こちらが弾をリロードする一瞬を狙って、確実に仕留めるつもりなのだ。
これが開けた場所なら、移動によって回避すると言う選択肢もあっただろう。だが、不運にも地の利すら相手にある。前後移動だけの回避では、相手の攻撃を避け切れない。見れば、相手はその本番に備えて両方のスナイパーライフルの弾倉を交換しているところだった。手際のいいリロードだ。こちらが路地を抜ける前に、その作業は終わる。秒読みだ。
「………」
周囲を見回す。両側は壁。窓はない。裏口のドアはあるが、鍵を壊して開ける暇は恐らくない。
考える。この状況で相手を出し抜くには、相手の予想を越えなくてはいけない。一番相手が考えもしない手を選ぶのだ。
「……ん…」
だが閃いた。なぜこのタイミングでそれを思い出したかは謎だが、そのきっかけはシズマである。ずっと前、シズマが取った銃弾回避手段。アレを参考にしよう。
相手がスナイパーライフルを構えるのが見える。そして、攻撃が来ると察知した瞬間、アリーゼは地面を蹴っていた。
跳躍。上への移動によって、いくつもの外れた弾が弾痕となって地面を穿つ。だが、それで終わりはしない。連射は止む事なく、アリーゼの動きに追従して弾道が修正されていく。
跳躍の高さが頂点に至る。となると後は落ちるだけ。だが下からは弾幕が迫ってくる。
「ここから本番」
そこでアリーゼは、横の壁を蹴って、さらに上へと跳躍した。いわゆる三角飛びと言う奴である。壁の幅が狭いのもあって、連続で壁をけって上へと大きく移動していく。スナイパーライフルの弾幕もその動きを追うが、追いきれない。
飛ぶ高さは毎回違う。場合によっては跳躍するのをやめて少しだけ高度を落とすこともする。
スナイパーライフルで狙うにしても、激しい動きを狙うのは非常にやりづらいもの。それを踏まえて横移動を封じたのは見事だったが、上下移動による回避機動は相手も予測できていなかったようだ。だが当然だろう。なんせ自分も今思いついたのだから。
ビルの谷間の壁面の間が狭いのも良かった。身のこなしや運動神経には相当自信があるが、それでも跳べる距離にはちゃんと限度がある。
連続三角飛びを利用した上下移動を駆使しつつ、路地の出口まで向かう。この路地から出てしまえば、あとは振り切る事は容易だ。
とはいえ―――
「……ここまで一方的に銃火器で追い込まれたのは、ちょっと悔しい」
自分が最も得意な分野でここまで追い込まれるのは、アリーゼ的にはかなり不本位であった。なので、今日の襲撃者には絶対いつか仕返ししてやろうと、強く心に誓うアリーゼであった。
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「なんて奴だ…」
完全に射線を切られてしまい、逃げ切られたのを見て男は、ただただそんな感想を呟くしかなかった。確実に仕留められるプランだと思ったのだが、それも思わぬ方法で対処されてしまった。まさか壁を利用して上下に移動するとは。銃の腕がとんでもないことは知っていたが、身体能力も思っていた以上に高かったようだ。
とりあえず懐からスマホを取り出し、ある通話先へと繋ぐ。
「私だ。すまないが、私単独では仕留め切れなかった。惜しいところまでは言ったのだがな」
展開したスナイパーライフルを片付けつつ小さくため息をつく。だが手ごたえがなかったわけではない。詰めが甘かったのは事実だが、アイデアは悪くなかった。実際、もう少しのところまで追い込む事が出来たのだから。
「とりあえず当初の予定通り、まずはそれぞれでどこまでやれるか見るのだろう? 私は終わりだから、後は次のプランまで待機してる。以上だ」
スマホを切る。
そして両手にスナイパーライフルを納めたトランクを持つと静かにその場を後にするのであった。




