01
「これで、今回もつつがなく更新終了と…」
とある建物が出てきつつ、シズマは手にしたライセンスと一緒に渡された書類へと視線を落とした。そこにはフリーランスの傭兵として、積み重ねた実績による評価がされた書類が一枚。
だが、それを見るシズマの表情は少し険しい。
「活動期間に対して評価値高くないか、これ…。毎回思うけど」
書類に記されている評価値は、明らかに一般的なフリーランスの平均値を遥かに上回る値だった。
「色々たくさんしてるから当然」
その隣で、同じライセンスと書類を手にしている相棒兼その他色々の関係であるアリーゼが、さも当然のように答える。あまり表情を表には出さないタイプだが、それなりの付き合いでありシズマには手にとるように、その感情がわかる。一言で言って、誇らしげな感情を抱いている。キャラが違ければ、ドヤ顔してるところだろう。
まぁ、わからなくもない。だが、それでもシズマは言うべきことがあった。
「そうだな。無駄にたくさんしてるな。誰かさんが、やたらと首を突っ込みたがるからな」
評価値に響くこととなった事件の半分以上は、アリーゼが原因だったりする。が、当の本人は全くそれを気にする様子はなく、涼しげなポーカーフェイスのままに答える。
「人助けは悪いことじゃない」
「まぁ、それはそうなんだが、それでもちょっとは自重して欲しいと思うのは間違いか?」
「ん、間違い」
「即答かい!!」
何のためらいもなく答えたアリーゼに、思わずシズマが声を上げる。とはいえ、そこを評価しているのも事実なのだ。付き合わされる苦労も多いのだが
「とりあえず、やることはやったな。次の仕事までは時間もあるし、少しはのんびりするか」
「だったら、私はちょっと買い物言ってくる。ちょっと補充しときたい」
「あぁ、最近結構使ったものな。弾」
シズマの得物は刀だが、アリーゼの得物は銃火器だ。当然ながら、仕事をすればした分だけの弾薬を消費するため、定期的な補給が必要だ。
「じゃあ、それぞれ適当に時間を潰して、ホテルで合流といこうか」
「どうせだから一緒に行きたい。駄目?」
「行くのガンショップだろ? 俺には縁がない所なんだよなぁ」
先も言ったが、シズマの得物は刀である。さらに異能使いでもある。それゆえに銃火器の類は一切使わない。それどころか使えない。実は射撃は致命的に下手なのだ。
「駄目?」
ずいっと一歩アリーゼが距離をつめる。少しだけ身長に差があるため、自然と近づけばアリーゼは上を見上げる形となる。THE上目遣い。それは無表情系ポーカーフェイスでありながら、何かを訴えに来る眼差しだった。
「…わかった。付き合おう」
「やった」
シズマが折れれば、ちょっとだけ嬉しそうにぴょんとワンステップ下がるアリーゼ。
「じゃ、行く」
「へいへい」
先導するかのように歩き出すアリーゼのすぐあとを、小さくため息をつきながらシズマはついていく。とりあえず移動をどうしようかとの話も出たが、どうせ時間はあるのだし、と散策も兼ねて街の中を歩いていくことにした。
今、2人が来ている街は、いわゆる大都市。さすがに首都ではないが、色々な機関の施設が集まった、第二の首都とも言える場所だ。交通の便も多いし、道を行き交う人も非常に多い。時折ぶつかりそうになるのをさりげなく自然に避けたりしつつ、目的地であるガンショップを目指す。
場所はすでにアリーゼが把握しているらしく、迷うことなく最短ルートにて目的地へと進んでいく。もちろん、最短ルートゆえに普通は通らない道を行くことになるのもお約束だ。
「こんな所通るのか」
「ん、こっちが近い」
ビルの間を抜ける狭い路地へと入っていく。普通だったら迷子確定の近道だが、アリーゼの方向感覚はわけあって完璧に等しい。ナビゲーターとしてもさりげなく優秀だったりする。
狭い路地を進む。ふと顔を上げれば、正面から1人の少年が走ってくるのが見えた。少年は路地を駆け抜けていくが、その際にアリーゼと軽くぶつかった。
「うわ、ごめんなさい!!」
「大丈夫、問題ない」
即座に謝る少年にアリーゼが気にすることはないと首を横に振る。怒られなかった事に安心したのか少年はちょっとだけ気まずそうに笑って、そのまま走り去ろうとした。…が、その後ろにいたシズマの横をすれ違うところで、不意にシズマに首根っこを掴まれることとなった。
「うわぁ?!」
「盗ったもん返そうなー、坊主」
「盗ったもの?」
シズマの言葉に首を傾げるアリーゼ。
「お前って悪意ないとホント鈍いよな…。財布すられてるぞ、アリーゼ」
「……あ」
続くシズマの言葉に、懐を漁れば確かにあるはずの物がなかった。しばし沈黙してから、少年の前へと近づいていって、片手を差し出す。
「財布返す」
「………」
「返す」
「………」
アリーゼの要求にプイッと視線を逸らす少年。再度要求を重ねるが、それでも少年は答えない。だが、アリーゼも引き下がらない。片手を差し出したまま、無表情なままにじーっと少年の顔を見つめる。それこそ穴が空くのではと言うほどに。
もはや根比べだ。
時間にして数分程度は経過しただろうか。やがて観念したように、少年が財布を懐から取り出した。
「わかったよ、返すよ!!ほら、これでいいだろ!!」
アリーゼが財布を受け取るのを確認して、捕まえていたシズマが少年を離す。アリーゼは中身を確認し、何も取られていない事を確認すると小さく頷いて、少年の頭を撫で始めた。
「ん、良い子」
「っ、やめろよー!!」
「遠慮することはない」
手を振り払おうとする少年だが、アリーゼは相手以上の身のこなしで、それを逃がさない。しばらくの間、その場で謎の攻防戦が繰り広げられることとなるが、少しだけ見守ってシズマがアリーゼを制した。
「アリーゼ、そのくらいにしといてやれ」
「ん」
コクリと頷いてアリーゼが少年を解放する。
「しかし、スリとは感心しないな」
「ん、スリは悪いこと」
「別に良いだろ!!今はお金がいるんだよ!!」
シズマとアリーゼがたしなめると、すぐさま少年は2人を睨みつけ、吐き捨てるように捨て台詞を残して走り去っていく。そんな少年をその場にて見送ることになる2人。少年の姿はすぐに路地裏の角に見えなくなるが、シズマはアリーゼがその後をずっと見ていることに気づいた。
何を考えているかはわかる。
「気になるのか?」
「気になる」
「スリだぞ?」
「ん。でもなんか普通のスリとは違う。なんだか必死な感じだった」
すでに見えなくなった少年の方を見つつ、アリーゼが答える。付き合いが長いから、シズマには何を考えているか、すぐにわかった。
「じゃあ、とりあえず後を追うか…。あのままだと、さらに余計なトラブルに巻き込まれそうだしな」
「いいの?」
「俺が行かなくても、お前は勝手に行くだろう? ほら、後を追うぞ」
そう言ってシズマがその場から駆け出す。一瞬遅れて、アリーゼもその後へと続く。
どうやらシズマには、少年の行き先がわかっているらしく、入り組んだ路地裏の中を何度も曲がって道を進んでいく。
そして、幾らか進むと不意に視界が開ける。そこは大都市に良くあるスラム街であった。その中をさらに進んでいくシズマとアリーゼ。
「いたぞ。この近くだ」
「シズマ見つけた、あそこ」
アリーゼが指を差す。そこには先ほどの少年がいた。だが同時に、見るからに怪しい黒づくめのスーツ姿の男が、逃げようとする少年の腕を掴んでいる場面でもあった。