07
「ここがそうっぽい」
「うわぁ、これはやべぇ…」
一般人による謎の襲撃を受けてから、しばらく後。シズマとアリーゼは子ドラゴンを連れて、ドラゴンの巣があるという保護区に来ていた。
その場所は雄大な渓谷地帯であり、自然も多い。なかなかの絶景ともいえる場所だった。そんな中で、シズマは一人戦慄に震えていた。風による索敵などを通して、すでにいるドラゴンの姿を何匹か見つけてしまっていたのである。
30mはあろうかという巨体の竜の姿は、間接的にも見ても見た者にその威容を知らしめるには充分過ぎるものだった。
「シズマ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。でもこういう時だけは探知能力が高いの、ちょっと後悔するな、うん」
冷や汗すら浮かべているシズマに、アリーゼが心配そうに声をかける。が、一応大丈夫だと笑いながら、片手を振って安心させる。ここまでやばいのはそうそうないので、やはり落ち着きはしない。
「さて、話によればここで道案内のエージェントと合流するはずなんだが」
「おうとも。俺がそうだ。よく来たな、竜の巣へ」
その声に振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。そこには60代くらいの男が立っていた。探検家風の格好をしているが、やはりどこかただ者ではない気配がある。RIA―幻想監察局のエージェントは、大体皆こんなものだが。
「それじゃあ、さっそくだが案内しよう。こっちだ」
くいくいと指で手招きをして、RIAのエージェントはシズマとアリーゼを先導して歩き始めた。
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それから数分後。
シズマとアリーゼが連れて来られたのは、ドラゴンの前ではなく、何もない平野のような場所であった。ふと顔を上げれば、進む先に2人の人影がみえる。
「あれがそうなのか?」
「いや違う。こういうわけさ」
確認を取ろうとしたところで、おもむろに後ろからライフルが突きつけられる。突きつけたのは、案内してきたRIAのエージェントだ。
「どういうつもりだ?」
「いや、なに。ソリュート様に、こうしろと言われてしまったものでね。このまま進め」
RIAのエージェントが静かに答える。仕方なくさらに足を進める。やがて、先にきている2人組みの姿が見えてくれば、そこには先日、ウィークリーマンションの屋上で交戦した女の姿もあった。
「シズマ、あいつ」
「……あぁ、この前やりやった奴だな」
忘れるはずもない。だが、心なしか少しだけ様子がおかしくも思える。感じるのは違和感。そして。
「キュウ!!キュウー!!」
それまで大人しくしていた子ドラゴンが突然に騒ぎ出していた。だがその動きはどこかおかしなものだった。まるで足を踏み出そうとしつつも躊躇ってもいるかのような、そんな迷いのようなもの感じられるものなのだ。
「なんだ、急に?」
「…早口すぎてわかんない」
一体どういうことなのだろうか。そんな疑問が浮かぶ中、女と一緒にいるもう一人の男が静かに口を開く。
「やぁ、チーム・バヨネットのお二方。お初にお目にかかる。私は、ソリュート・レチェンコフと言う者だ。単刀直入に言おう。君達が保護した子ドラゴン、こちらに引き渡してはもらえないだろうか」
正面に立った男が友好的な笑みを浮かべつつ告げる。そんな相手を見て、シズマは初めて気づいたとように眉を寄せる。
「…昨夜サービスエリアで、一般人をけしかけてきたのはお前か。それに、その名前知ってるぞ。ソリュート・レチェンコフ。クラスAの異能者で、精神操作の異能を持つ。二つ名は『人形遣い』。国際的に指名手配されてる札付きだろ。」
「ほぅ、そこまでご存知でしたか」
シズマの言葉にソリュートが少しだけ目を丸くする。
「その能力は、条件さえ揃えば複数人だろうと支配下に置き、同時に操る。まさか、お前が裏にいたとはな。後ろの奴も差し金だろ? 気づいたのは今だが」
すぐに気づかなかったのは、いわゆる油断と言うものだが、こればかりは仕方ない。まさかRIAのエージェントがとは思わなかったのだ。
「なるほど。さすがは異能使いの中でも名高い疾風の刃なだけある。おっしゃるとおり」
そう言いながら、じっとシズマの瞳を見つめようとする。だが、それより前にシズマが視線を逸らした。
「その手は食わないぞ」
「これは残念」
手の内を読まれたか、と小さく肩を竦めるソリュート。ここで手ごまを増やせれば、言うことはなかったのだが。
「まぁ、いい。それで、どうだ? 子ドラゴン、こちらに引き渡さないか?」
「引き渡す理由がない」
ソリュートの言葉に、アリーゼが静かに答える。
「いや、あるな。あの子の親は、私に協力してくれているのでね。となれば、やはり親子は一緒がいい。私としても仲を裂きたくはないのだよ」
そう言いながらチラリと一方後ろにいる女性へと視線を向ける。
「「!?」」
ソリュートの言葉に、シズマとアリーゼの顔が驚きに変わる。アリーゼの変化は微かではあるが、それでも驚きはしていた。
だが、そう考えれば、先日の襲撃も納得が行くと言うものだ。ただ、何かが引っかかる。
「どうかな、渡してくれないだろうか」
なおも穏やかな笑みを浮かべつつソリュートが告げる。申し出としては、まぁある意味間違ってはいないだろう。相手の言うことが正しければ、なおのこと。
ふと、アリーゼが頭の上の子ドラゴンへと視線を向ければ、子ドラゴンはしっかりとアりーゼの頭にしがみついて、唸り声を上げていた。その視線は、ソリュートへと向けられている。それを見て、アリーゼは全てを悟った。違和感の正体にも。
「却下」
だから断る。
「暗示の能力持ちって言った。だから、この子の母親も操ってる可能性がある。違う?」
じっとソリュートの方を睨むようにして告げると、ソリュートはおもむろに額を叩いて笑い出した。
「は、ははははは。そこまでお見通しか!!やはり一筋縄ではいかないな!!その通り、こいいつは今私の言いなりだ。本来なら、ドラゴンなんて代物は私でも暗示にはかけられないのだがね。どうやら人の姿になっていると、耐性などが低下するらしく、試してみたら上手くいってしまったのだよ。で、せっかくだから手駒にな」
なおも笑いながら、ネタバレを始めるソリュート。そして静かに後ろに下がりつつ、シズマとアリーゼを指差す。
「まぁ、とりあえず交渉は決裂したから、力づくで奪うとしよう。なんせ君たちの後ろにいる奴では止められないだろうからね。さぁ、やれ!!お前の全力でこいつらを叩きつぶすんだ!!」
その言葉に呼応するように、女が一歩前へと出る。それと同時に、その姿が光へと包まれていく。
「…なんだ?」
女の持つ魔力の高まりを感じ取り、シズマが怪訝な表情を浮かべる。だが、その答えはすぐにわかった。光に包まれた女の姿が大きくなり、次に光が弾けた時には、20mはあろうかという巨大なドラゴンの姿がそこに現れたのだ。
「わぉ」
「この状況でもペース崩さないアリーゼって、ほんとすごいな!?」
「えっへん」
「褒めてるわけじゃないぞ…?!」
こんな状況にも関わらずマイペースなアリーゼに、思わずシズマが突っ込む。そこから始まりそうになる漫才であったが、シズマが予想以上にまじめに突っ込むので、敢えてこれ以上は何も言わないでおくアリーゼだった。
「さぁ、見せてもらおうか。フリーランスの中でも名高いチーム・バヨネットの力が、果たしてドラゴンに通用するのかを!!」
ソリュートが声高らかに叫び、それと共にドラゴンが大きな咆哮を上げた。




