06
結論からすると、後ろから来た車はただの一般車両であった。追っ手かどうか賭けていた二人だが、その勝負はどうやらアリーゼの負けだったようである。
「来ると思ったのに」
「そんなむくれるなって。平和に越したことはないだろう?」
「それはそうだけど。負けたのくやしい」
「ハッハッハ、残念だったな」
アリーゼが残念そうにする横でシズマがおかしそうに笑う。すると、子ドラゴンがゲシゲシとシズマの腕に頭突きを繰り出す。
「キュウ!!キュウー!!」
「ちょ…。ここでアリーゼの味方するのかお前!?ひどくないか?!」
「キュッ」
子ドラゴンの反応にシズマが振り返ると、けっ、とばかりにプイッと顔を逸らした。
「解せぬ…」
「徹底して嫌われてるっぽい」
「俺がいったい何をしたって言うんだ。まぁ、人間嫌いらしいって言ってたもんなぁ…」
そもそも子ドラゴンをさらったのも人間なのだろう。恐らく、そのあたりの影響だろう。それでも秘かに生ドラゴンに触ったりしたいシズマとしては、非常に複雑な心境である。
「っと、そろそろ最後のサービスエリアだな。深夜ではあるけど、店とか開いてるかな?」
「開いてると思いたい」
「そうだなぁ、ずっと走りっぱなしだもんなぁ」
そう言いながら、サービスエリアへと繋がるレーンへと車を移動させる。そのまま横の道へとは入り駐車場へ。時間が時間なので、止まっている車はそう多くはないが、それでも何台かの車とトラックが止まっている。もしかしたら停泊をしているのかもしれない。
適当に空いている場所へと車を止め、とりあえず降りる。座りっぱなしでは、身体が鈍るというものだ。子ドラゴンはさすがに人目に晒すわけにはいかないので、車の中でお留守番だ。
とりあえず何か飲み物でも自販機の方へと歩いて行く途中、ふと気になって振り返って見れば、窓ガラスに何か貼り付いてるような気がした。スモークガラスゆえにハッキリとは見えないが、子ドラゴンがくっついているのだろう。
「かわいい」
「俺は、アイツは嫌いだ」
「まだ拗ねてる?」
「ほっとけ」
そんなやりとりをしつつ、自販機でシズマはコーヒーを、アリーゼはコーラを買う。そして、それぞれプルタブを開けて飲み始めた頃、シズマが不意にそれに気づいた。
「アリーゼ、あれ」
「ん?」
シズマがふと視線を向けるように促すと、シズマとアリーゼが乗ってきた車に、見知らぬ誰かが真っ直ぐに近づいていくのが見えた。だが、武装などをしている様子は見えない。あくまで一般人だ。
「私達の車になにかある?」
「あるっていえばあるけど。武器持ちとかではないな。それに異能持ちというわけでもない。普通に一般人の類だとは思うが」
「……一応見てくる」
このまま放っておくわけにもいかない。アリーゼは一言そう言って、自分達の車に近づいていく一般人――男へと近づいていき、そして声をかけた。
「私たちの車に何か用?」
「……………」
返事はない。まるでアリーゼの声など聞こえてはいないと言いたげな様子で、車へとさらに近より、ドアのノブへと手を掛ける。そして、おもむろに開こうとまでしだした。ただ、しっかりと鍵が掛かっているため、それでは開かない。
「勝手にそういうの良くない」
さらにアリーゼがそう告げて、無理に引き剥がそうと肩に手をかけると、いきなり男は振り向くことなく片手を振り上げて、アリーゼのその手を力任せに振り払う。そして、再びガチャガチャとドアノブをあけようとする。
仕方がないので、半ば強引に肩を掴んで車から引きはがす。強引なそれにたたらを踏んで後ずさる男。だが、すぐにまた車に近づこうとしはじめる。
何か、様子がおかしい。
そうアリーゼが考え始めると同時に、シズマもシズマで周囲の異変に気がついていた。
周囲に止まっている車の中や、まだ開いている深夜営業のサービスエリアのレストランの中にいた客たちが、一斉に動き始めたのだ。
「アリーゼ!!」
シズマが声を掛けながら、アリーゼの方へと駆け寄ってくる。それで、アリーゼも周囲の異変に気がついた。ここにいた人間全てが、シズマとアリーゼの方を見て真っ直ぐに歩いてくる。
だがそこから殺気やその他の感情はなにも感じない。
「なにこれ」
「よくわからんが、さっさとこの場を離れたほうがよさそうだ。っと、とりあえず」
とりあえず、また車に取り付こうとする男に当身を食らわせて、意識を落とさせるシズマ。そして、申し訳なく思いつつも地面へと寝かせておく。
「早く乗り込もう」
「ん」
そう結論付けて、すぐさま車へと飛び乗る2人。だが、それがトリガーであるかのように、周囲の歩いていた人達が一斉に走り出した。向かう先は、もちろん2人の車だ。それにも構わず強引に車を発進させようとするシズマであったが、突然一台の車が2人の乗った車の前に滑り込んでくる。
「……っ」
突然のことではあるが、咄嗟にアクセルから足を離しブレーキを踏んで、難を逃れる。そうこうしているうちに、走り寄ってきた人達が車に取り付き始める。そのサービスエリアにいた全員が、2人の車を囲んで、強引にドアを開けようとする。もはや一種のホラー映画だ。
「どうする?」
「なるべく穏便にやるしかない」
そう言って、ドアのロックを解除。ドアが開くと同時にシズマが外にいた1人を蹴り飛ばす。同時にアリーゼもドアを蹴り開けて、強引に周りにいた者たちを押しのける。
それから、すぐに両手で銃を抜き、なおも近づいてくる相手へと向けるが、全くその動きが止まる事はない。銃など見えてすらいないかのようだ。
「……なんか今回はこんなんばっかり」
不満そうに眉を潜め、近寄ってきた1人を銃のグリップで殴って気絶させる。車を挟んだ反対側ではシズマが鞘に収めたままの刀で、やはり近づいてくる相手を無力化しているところだった。
敵としての脅威度は非常に低い。だが、やりにくい。相手は非武装の一般人と大差ないのだ。ただ無表情にこちらの武器などを見ても一切反応せずに近づいてくる様は、不気味でしかない。
「ズマ」
「仕方ない。荒業で行こう」
おもむろにシズマが鞘から刀を抜く。それと同時に風がシズマの方へと集まり始める。風を集めつつ、さらに寄って来る1人を蹴り飛ばし、車の上へと飛び乗るシズマ。
「アリーゼ、車を頼む!!」
「ん」
ドアを開け、素早く車の運転席に滑り込むアリーゼ。それを確認したところで、シズマが大きく刀を真横に振りかぶる。
「旋風!!」
その場にて回転斬りを繰り出す。それと同時に猛烈な風が吹き荒れ、周囲にいた人達全員を豪快に吹き飛ばす。
「今だ!!出せ!!」
続けてシズマが声を上げる。急アクセルによって、車輪を幾らか空転するも、すぐに車はバックし、前方を塞いでいた車から距離を離す。そしてすぐさま、今度は前進し、即座にサービスエリアから離れていく。その間に、シズマは開けた窓から車内へと入り込む。
すぐに後ろを確認するが、さすがに車に乗ってまで追跡はしてこないらしく、追っ手はないようだった。
「なんだったんだろ」
「…よくわからんが、コイツを狙ってのってのは間違いないな」
今は後部座席側で震えている子ドラゴンの方をシズマが告げる。明らかに子ドラゴン狙いなのは最初の動きから間違いはないだろう。ただ、なぜ一般人のはずの人達があんな事をしだしたのかが謎だが。いや、理由は容易に考えつく。思い当たるものがないわけではない。
「どうやら敵には、洗脳系の異能者がいるみたいだな。しかもなかなかにクラスが上の奴」
そうでなければ、あれだけの人数を同時に動かすことなど不可能に近い。
「なんかトンデモない奴に加えて、洗脳系異能者。すさまじく面倒な事になってる気がする」
「そもそもの発端はお前だけどな? まぁ、うん。これもいつものことではあるか」
本日何度目かのため息をつくシズマ。
「少々危険は伴うが、このままノーストップで目的を目指すしかないな」
「…ん。ガソリンは足りるから大丈夫そう」
チラリとメーターを確認して残量をチェックする。これなら目的地につくまでは持つだろう。ただ、この調子でいくと明らかに、もう一騒動起こりそうな気がするのは間違いない気がした。
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シズマとアリーゼが強引にサービスエリアから脱出した頃。その一部始終を遠くから見ている姿があった。スーツを来た40代くらいの茶髪をややロングにした男だ。双眼鏡を片手にじっとサービスエリアの方を見ている。
「やれやれ。私のあのトラップを回避したか。さすがはフリーランスでも名高いチーム・バヨネット。見事な手並みだ。だが、こちらの企みも上手く行った」
そう言いながら、懐からスマホを取り出す。そこの画面にはレーダーのようなものが表示されており、小さな光点が少しずつ離れていくのが見える。
先ほど一般人に襲わせた際、そのどさくさに紛れて、そのうちの1人に発信機を取り付けさせたのである。
「あの子ドラゴンの価値は非常に大きい。そもそもおかげで、私も力の新な使い方を知れたわけだしね。そうでなくても、買い手希望者はたくさんいる。そのためにも、なんとしても手に入れたい気分だよ。君もそう思うだろう?」
チラリと後ろに視線を向ける。そこには黒いドレスに身を包んだ1人の女が立っていた。先日、シズマとアリーゼを襲撃した奴だ。
返事はない。今はただ、静かにその場に佇んでいるだけだ。
「とはいえ、今の貴女では手を焼く相手だからね。次は、全力で仕留めに行ってもらうとしよう。ドラゴンの巣のある場所は辺境だ。街中とは違うから、君も遠慮なく力を振るえるだろう。さすがにチーム・バヨネットとはいえ、貴女の本気を前にしては一たまりもないだろう」
くくっと、楽しそうに笑う。
そこに一台のヘリコプターが飛んできて近くに降り立つ。
「いいタイミングで迎えが来たようだ。では、次の舞台を整えに行くとしよう」
そう言って、男はヘリコプターへと乗り込んでいくのであった。




