04
招かれざる客を窓から確認して、十数秒後。シズマとアリーゼの2人は、寝床にしているウィークリーマンションの屋上へと向かっていた。さすがに部屋を借りている手前、室内で大暴れなどはしたくない。
もしかしたら、同じウィークリーマンションの別の部屋に止まっている誰か狙い、なんて可能性もあるかもしれないが、シズマの風が警告をしてくるほどだ。自分達狙いでなかったとしても放ってはおけない。
やがて2人が屋上へと続く扉をあけると、ちょうど隣のビルから1人が飛び移ってくる様子だった。一応黒い服姿ではある。だが、その姿はいささか少しだけ妙でもあった。動きやすさ重視の戦闘服ではなく、どちらかというと少しばかり時代錯誤すら感じる、ゆったりとした感じのするドレス姿だったのだ。
その体つきから見ても、相手が女性である事は明らかだった。だが、それでも友好的な相手でないのはわかる。こちらへと向けられるのは、とんでもない威圧と殺気、それに怒りの感情も混じっているようだった。
「なんか怒ってるっぽい?」
「やばいな。心当たりがあり過ぎる」
今までも色々な事に首を突っ込んできた身である。その際にやっつけた悪党も少なくはない。恨みを買う理由なら幾らでも思いつくのが実情だ。
「とはいえ、気をつけた方がいいな。こいつはかなりやばい」
対峙しただけでわかる。何者かはわからないが、漂う気配は明らかに強者の持つそれだ。
シズマが刀を抜き、アリーゼがホルスターから銃を抜く。それと同時に、相手が静かに身構える。その手に武器はないが、素手でも脅威となりうる存在が幾らでもいる事を、シズマとアリーゼの二人は知っている。だから油断はしない。
だが、それでも限度と言うものはあった。
ドンッ!!と言う大きな踏み込み音と共に、トンデモない速さで距離を詰めてくる。最初に相手が狙ったのは、シズマ。だが、シズマとて熟練の傭兵だ。反撃までは無理でも、咄嗟に刀を盾にして相手が繰り出した拳を受け止める。…が。
「ぐぁっ?!」
次の瞬間、シズマは勢いよく後ろへと吹っ飛ばされていた。しかも放物線を描くような軌道ではなく、ほぼ足場と並行にだ。生半可な力ではない。怪力と言う言葉すら生ぬるい。それほどまでに強力な力。
それによって吹っ飛ばされたシズマがマンション屋上の入って来た扉をぶち破って中へと見えなくなる。
「……っ!!」
一瞬シズマに注意がそれそうになるも、アリーゼはすぐさま襲撃者へと銃を連射する。が、相手はシズマに一撃を入れると同時に、すぐさま地面を蹴って後退し、ジグザグに動きながらアリーゼの射撃を避けていく。
とんでもない身体能力だ。怪力なだけでなく、スピードもあるようだ。それを見て、一旦射撃を止めるアリーゼ。
「こういう時こそ慌てない」
深呼吸を一つ。シズマのことは気になるが、あの程度でやられるほど柔ではない。今は、自分の出来る事を尽くすのみ。
アリーゼの射撃が止まり、追撃がないことを確認すれば襲撃者はすぐにアリーゼへと距離を詰めにかかった。先ほどと同じように爆発的とも言える踏み込みの加速で距離を縮める。
「ん、落ち着いた」
再び銃を向けるアリーゼ。それに反応して、相手が即座に進む方向を右へと、直角にサイドステップで動く。急な方向転換。だが、アリーゼの狙いはそれすらも捕捉する。
発砲。射撃音は1回。銃弾を肩に受け、相手が仰け反るも、直後に銃弾が跳ねる。。
「ずるいパターンだった」
ポツリと呟き、再び銃口を向ける。それに対し相手は両腕を前に盾のようにして真っ直ぐに突っ込んできた。アリーゼの射撃では自分は倒されないと気づいたのだ。それにも構わず、アリーゼは両手の銃を思いっきり連射する。
銃弾は弾かれるが、衝撃によって相手の動きは鈍る。ならば、それを利用しない手はない。それによって相手の速度を殺し、次の対応がしやすいように備える。
幾らか怯みつつも突っ込んできた襲撃者の攻撃距離に入る。大振りのひっかくような一撃を繰り出すも、アリーゼはそれを横へと身を投げ出してかわす。そのまま床を転がって、すぐさま体勢を整える。
即座に弾倉を再装填。だが、その隙を逃がす襲撃者ではない。すぐさま床を蹴って、アリーゼへと肉薄する。
そんな相手に、アリーゼは微かにだが笑みを向けた。
「馬鹿な奴、とか思ってるなら、その言葉はそっくり返す」
「………!!」
次の瞬間。それはちょうど屋上へと続くドアがあった場所の前を抜けようとした一瞬だった。
「【衝風】!!」
突然開いていたドアの奥から衝撃波と言ってもおかしくはないほどの威力の風が放たれ、襲撃者の真横から叩き込まれる。まともに一撃を受けて、横へと吹っ飛ぶ襲撃者。そして、扉の奥からシズマから少しだけよろめきながら姿が現した。
「ん、良いタイミング」
「お前が誘導してくれたからな」
そう言いながら、再び刀を構えるシズマ。その横にアリーゼが並ぶ。その視線の先で衝撃波をぶつけられて地面に倒れていた襲撃者がゆっくりと立ち上がるのが見えた。軽く頭を振る仕草をしてから、再び戦闘態勢に入る。
「まだ退く気はないらしいぞ」
「だったら、やっつけるのみ。強敵だけど、こいつは勝てない相手じゃない。シズマは不意は突かれたけど」
「このタイミングでそれを言うのか?!」
「違った?」
「すみません、ちょっとだけ油断してました」
相手の力の強さを読み違えていたのは事実なので、何も言い返せない。
「とはいえ、大体わかったからな、もう遅れはとらない。俺が前衛でいいな?」
「ん。今の私じゃちょっと相性悪いから、援護に徹する」
「よしきた。じゃあ、いくぞ」
刀を構えたシズマが低く腰を落とす。
「【疾風】!!」
今度はシズマの姿が消える。風の力による補助を受けての高速移動。だが、相手はそんなシズマの動きすら見えているのだろう。その場から変に動かず、シズマが現れるタイミングと場所を見切った上で、カウンターを叩き込まんと片手を振りかぶる。
「………?!」
だが、そこで銃声が4発響く。狙われたのは振りかぶった片手。銃弾を的確に撃ち込まれ、その衝撃で攻撃のタイミングがずらされる。そして、そのわずかな隙に、シズマが完全に距離を詰める。
「【突風】!!」
勢いをつけての刺突攻撃。その一撃を受けて襲撃者が大きく仰け反る。
「シズマ気をつけて。そいつ、滅茶苦茶硬い」
「そのよう……だなっ!!」
そう言いながら、突いた刀を引き戻し、その際に右半身をも引き戻す動きを利用して、上段の回し蹴りを相手の側頭部へと見舞う。直撃を受け、今度は横へと大きくよろめく襲撃者。だが、大きくよろめきつつも、シズマに一撃を見舞わんと左手を手刀にして突き出そうとする。
そこでまたしても響く銃声。それによって、攻撃の狙いが逸らされ、シズマがそれを避ける。
「アリーゼ!!」
おもむろにシズマが名前を呼んだ。ただ、それだけでアリーゼは次の行動に移った。すかさず銃を全弾撃ちながら、襲撃者の方へと向かう。弾幕を浴びせられ、相手の動きが鈍る中、シズマは後ろへと大きく跳ぶ。そして駆け寄ってきたアリーゼの肩を借りて、さらに跳躍。上段に刀を構える。
「【槌・地風】!!」
次の瞬間。シズマは下に向かって加速。その急降下の速度を載せた強烈な一撃を、襲撃者へと見舞う。
「……くぅっ?!」
初めて、そこで相手から苦悶の声が漏れた。さすがにダメージは小さくなかったようで、一撃を叩き込まれた肩を抑えつつ片膝をつく相手。
一方、シズマはすぐさま距離を開けつつも驚きを隠せなかった。
「あれでも通らないだと?!」
「めちゃくちゃ、とんでもない」
今繰り出した一撃は、自分が持てる技の中では比較的高威力のものだ。しかも峰打ちではなく、刃を向けた。にも関わらず、斬るところまで至らなかった。
「何者なんだ。こいつ…」
「…その台詞、こっちがそのまま返したい。今の状態の私に、ここまでの痛手を加えるなんて」
僅かによろめきつつ相手が立ち上がる。まだ続けるつもりか、とシズマとアリーゼも再度見まがえるが、相手はゆっくりと後ろへと下がり始めていた。
「続けてもいいけど。お前達二人には、さすがに分が悪いみたい。だから、ここは退く」
そう言いながらさらに後ろへと下がり、屋上の縁に立つ。
「でも、必ずお前達の手からは取り戻す」
そう告げて、襲撃者はフェンスを飛び越えて、2人の視界から見えなくなる。すぐにアリーゼが相手が飛び降りたフェンスへと駆け寄って下を覗くが、すでに相手の姿はどこにもなかった。
「逃げたか…」
「ん。とはいえ、あそこまでトンデモない相手が出てくるとは思わなかった。そもそも取り戻すって何を?」
「思い当たるのは一つしかない。預かり物、あるだろう?」
「……あ」
アリーゼが思いついたように手を叩く。
相手の狙いは、どうやら子ドラゴンのようだ。どこで知ったのかという疑問はあるが、心当たりはある。昼間、受け渡しをするときに一度、思わぬアクシデントがあってその姿を少しだけ晒している。やはり、あの時誰かに見られてしまっていたのだろう。
「いずれにしても、あの子ドラゴンを親元まで届ける今回の一件。楽にはいかなそうだ…」
子ドラゴンを狙う存在がいる。それは、シズマが大きくため息をつくのには充分過ぎる理由であった。




