03
幻想監察局-RIAのエージェントと合流する事が決まってから、数時間後。シズマとアリーゼは待ち合わせの場所である港湾公園を訪れていた。さすがに子ドラゴンを直接抱えていくわけにもいかないので、子ドラゴンには申し訳なかったが大きめのスポーツバッグの中に隠しての移動である。
目的地にたどり着くと、すでに現地には1人の若い男性が立っていた。どこにでもいるような優男風の青年ではあったが、傭兵であるシズマもアリーゼも、彼が一般人とは異なる雰囲気を漂わせているのには、すぐに気づいた。そもそもRIA自体が、異能者やハイスキル―高度な技能を持つ者を多く抱えている組織だ。今、目の前にいる彼もそのいずれかに該当する実力者なのだろう。
「シズマ・ミナヅキさんに、アリーゼ・レクエイムさんですね。お待ちしてました。僕は、フェイル・リバー。RIAのクラスBエージェントです」
「そこまで知ってるなら、俺らは自己紹介の必要はなさそうだな」
「ん」
初顔合わせではあるが、フェイルがRIAの身分証を取り出したことで確認は完了。さっそくだが、本題へと話を進める事にする。
「で、クラウディアさんの話だと、子ドラゴンを保護したとか」
「この子がそう」
アリーゼが持っていたスポーツバッグを開くと、窮屈な場所に押し込められていた反動か、すぐにひょこっと細長い首が顔を覗かせた。
「キュウー!!」
「ん、ごめん。でも、普通に連れ歩くわけにもいかないから」
「キュウ…」
抗議の声らしきものを上げる子ドラゴンであったが、アリーゼに諭されれば、すぐに大人しくなる。その一連の様子を見ていたフェイルは、ただただ目を丸くするばかりだった。
「とても懐いてますね」
「だろう? ちなみに、俺は嫌われた」
「そうでしたか…」
「シズマ、さっきから地味に気にしてる」
「ほっとけ」
アリーゼの一言に、不満そうに視線を逸らすシズマ。そんな2人のやりとりを見て、微かに笑みを浮かべてから子ドラゴンの方へと視線を向ける。
「とりあえず、お預かりします。確実に、親元へ届けますから」
「ん、お願い」
そう言って、手にしたスポーツバッグごとアリーゼがフェイルに子ドラゴンを渡したところで、それは唐突に起こった。
「ギュー!!」
いきなりバッグの中で子ドラゴンが暴れ出したのである。そしてバタバタと暴れるだけに留まらず―――
「うわっ?!」
「……!!」
突然スポーツバッグが燃え上がり、驚いたフェイルが慌てて手放す。やがて、燃えた中から子ドラゴンが飛び出し、素早い動きでアリーゼの頭の上へとよじ登る。
「ギュー!!ギュー!! キシャー!!」
そのまましっかりとアリーゼの頭にしがみつき、威嚇の声を上げる。どうやら、フェイルも嫌いらしく、なんとか捕まえようと手を伸ばせば、火力こそ弱いながらもブレスまで吐いて牽制する始末であった。
「…これは、困りましたね。まさか、ここまで嫌われるとは思いませんでした」
「困った。どうしよう」
「そこで俺を見られてもなぁ。俺も嫌われてるし。というか、このままだとやばくないか?」
「あ、そうですね。さすがに誰かに見られると大変な事になります」
フェイルは子ドラゴンが完全に外に出ている事実に気がつけば、あわてて上着を脱いで、アリーゼごと子ドラゴンの上にかぶせて隠す。
「しかし、どうする? この様子だと、回収頼めないぞ」
「そうですね。無理に捕まえると逆に逃げ出してしまいそうな気もします。そうなると、事態はもっとややこしくなるでしょう」
「困った」
その場で三人全員が悩み顔になる。そんな三人を尻目に、被らせた上着の隙間から子ドラゴンはヒョコッと顔を出してたりする。なお、そのタイミングでそっとシズマが撫でようと手を伸ばして、速攻で牽制されたのは言うまでもない。
「仕方ありません。ここはアリーゼさんに直接届けてもらうしかないですね」
不本意ではありますが、と困ったような顔をしつつフェイルがそんな提案をする。
「いいのか? ドラゴンの保護区は重要機密なのだろう?」
「はい。ですが、あなた方2人なら問題はありません。クラウディアさんの信用もありますし、そうでなくても、あなた方「チーム・バヨネット」の人となりについては、こちらもかなり把握しているので」
「なるほど…。信用に値するから問題はないって事か」
「そうです。しかも、その信用度はかなり高いものとなってます」
「日頃の行い」
相変わらずの無表情系ポーカーフェイスで呟くアリーゼ。だが、シズマは気づいていた。非常に微妙な変化ではあるが、アリーゼが一瞬ドヤ顔になっていたことを。そして、その言葉も間違いではなく、文字通り日頃の行いが功を為したわけだ。
「オーケー、わかった。そういうことなら、俺らで届けるとしよう。アリーゼも構わないな」
「ん、構わない」
そう言って上着越しだが頭の上の子ドラゴンをポンポンとなでる。すると布越しではあるが、キュゥ~と何だか嬉しそうな声すら聞こえてきた。
「…本当に懐いていますね。ドラゴンの子供が初対面でここまで人に懐くの初めて見ましたよ」
「やっぱ珍しい事なのか」
「そうですね。ここまで人を嫌うのも珍しいですけど」
「あぁ、人を嫌う…か。なるほど、もしかしたら…」
何か思い当たることでもあったのか、シズマが少しだけ納得したような顔になる。ガ、それも束の間で、すぐにフェイルの方へと向き直る。
「で、届けるにもしてもどうしたらいい?」
「目的地の場所をGPS登録した車を用意しますので、それを使って現地まで直接届けてください。向こうには、こちらから連絡しておきますので」
「…? フェイルはついて来ない?」
同行するかと思ったが、そうでもない様子にアリーゼが首を傾げる。
「僕はいない方がいいでしょう。ただでさえシズマさんを嫌っているのに、さらに僕が一緒だと余計に刺激してしまいそうですし。ここは、お二方にお任せします。同行しないかわり、バックアップのサポートは任せておいてください」
「ん」
「では、一旦解散としましょう。準備に少しだけ時間が掛かりますので、そうですね。明日の朝に車をお届けしたいと思います」
「なんだかすまないな。余計な手間を取らせてしまうようで」
シズマが申し訳なさそうに告げると、フェイルは笑いながらに答えた。
「お構いなく。まして、保護対象がドラゴンの子供ですから。一筋縄でいかないのも仕方ありません。では、僕はこれで。あぁ。上着は明日にでも返していただければ、それで構わないので」
そう言って、フェイルがその場を後にする。その後ろ姿を見送ってから、アリーゼは上着ごと子ドラゴンを頭から降ろして身体の正面で抱きかかえなおす。
「なんだか、すごいことになったな」
「ん。でも、シズマちょっとだけワクワクしてる」
「………やっぱりわかるか」
チラリと自分の方を見たシズマに、コクンとうなづき返すアリーゼ。
「ん。予想するに、本物のドラゴンが見れる可能性があるからだと思ってる」
「ご名答。さすがだよ」
「伊達にパートナーはやってない」
ふふん、と微かにだが澄まし顔を浮かべるアリーゼ。そんなアリーゼの頭をわしゃっと撫でてシズマが歩き出す。
「よし、それじゃあ一旦帰るぞ」
「了解」
そんな言葉を交わしながら、アリーゼとシズマの2人もその場を後にするのであった。
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その日の夜。
静かな風がシズマの頬を撫で、それでシズマは静かに目を覚ました。そして、隣のベッドで寝ているアリーゼへと手を伸ばす。
「アリーゼ。起きろ、アリーゼ」
「…んみゅ…。…何」
どこか寝ぼけ眼でシズマの方を見るアリーゼに、シズマは傍らに立てかけていた刀を手にとりながら答える。
「物騒なお客さんだ」
その言葉にアリーゼが静かに起き上がり、そっとカーテンの隙間から外を見る。すると、ちょうどビルの屋上からビルの屋上へと飛び移りながら、こちらへと近づいてくる1人の姿が見えた。




