01
それは、ある雨の日のこと。傘を片手に街を歩いていたアリーゼは、ふとビルとビルの谷間にある細い路地の一角で、何かが震えて丸まっていることに気づいた。
「………」
それに気がつき、じーっと足を止めてそっちを見るアリーゼ。やがて、意を決したようにそちらの方へと歩き出す。そして、そこに丸まっている小さい生き物を見て、わずかにそのポーカーフェイスが崩れる。ちょっとだけ悲しそうな顔。周囲を見回すが、近くに親のようなものはいない。逸れてしまったのだろうか。
見た感じ、大分と弱ってもいるようだ。となれば、なおのこと放っておくわけにはいかない。傘を肩に上手く引っ掛けつつ、両手でそれを抱き上げる。そこに生物特有の温かみはほとんどない。やはりかなり冷え切ってしまっているようだった。
「急いだほうが良さそう」
とりあえず今ねぐらにしている拠点に連れて行くとしよう。なんとなくペット禁止だった気もするが、これはいわゆる非常事態なのだ。非常事態においては、いかなる制限をも度外視される(アリーゼ視点)。
大事そうに抱きしめれば、アリーゼは一路シズマが待っているホテルへと駆け出していくのであった。
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同じ頃。シズマは借りたウィークリーマンションの部屋で1人のんびりと寛いでいた。ベッドに横になり、適当につけたテレビのニュースなんかを半ばぼんやりと眺める。
今やっているニュースは、保護対象になっている生き物を秘かに捕獲して密売しようとしていたグループが摘発された~と言った感じの内容であった。
「…さりげなく幻想種混じってるじゃないか。こりゃそうとうにやばい奴だったんだな」
幻想種。それは世間一般には空想世界の生き物とされる類のものだ。おとぎ話や伝承などで伝えられるような伝説の生き物。あくまで表向きは、それらはいないとされている。だが、実際には世界各地の保護区で秘かにその存在は今も生き続けており、厳重に守られて保護されているのが実情だったりする。が、その分希少価値というのも上がるものであり、裏側の世界では秘かに密猟の上に売買されていたりするのも、決して少なくはない事例なのだ。もちろん、幻想種ともなれば持っている力も普通の猛獣とは比較にならないため、相応のリスクも伴ったりするんだが、それを密猟出来ると言うことは、それだけの力を持った組織だったということだ。
「とはいえ、摘発されたのなら、まぁ良かったって話だな」
俺には関係のない話だな、と至ってのほほんとチャンネルを変える。何か面白い番組はないかと色々チャンネルを変えてみるが、運のないことにろくな番組はなかった。
「意外と何もないな。しかし、出かけようにも雨が振ってるからな…」
チラリと窓の外を見る。外は本降りで、よほどの用事がなければ出ていく気すらしない雨模様だ。
「アリーゼ的にはちょっと災難だったかもな」
必要な物を買うためと言ってアリーゼは外に出掛けていた。と言っても購入品はいわゆる消耗品の類。仕事で使った弾薬の補充である。だた、いつ何が起こるかわからないため、早い方がいいとちょっと強引に出掛けていったのだ。
「まぁ、時間的にはそろそろ戻ってくる頃かな」
チラリと時計を見る。出かけた時間から逆算して、何ごともなければそろそろ帰って来る時間だ。
「………何もないよな?」
ふとシズマの胸中に何か不安のようなものが過ぎる。予感と言っても良い。大抵何かに巻き込まれそうな時に覚える独特の感覚、それを今感じ取っていた。
「ははっ、まさかな…」
そんなしょっちゅうあってたまるものか、と自虐的に笑って考えを振り払う。と、ちょうどそのタイミングでドアをゴン!!と叩く音が響いた。その音に顔を上げ、ドアの方へと歩く。
そのままドアを開ければ、そこには両手を後ろ手に置いたアリーゼが立っていた。
「お、おかえり」
「ん」
「…? どうした? 入らないのか?」
そう告げて首を傾げれば、アリーゼはどこかちょっとだけ落ち着きなさげに視線をさ迷わせる。それを見て、シズマはピンと来た。雨の日、後ろ手に隠した何か、これまでの経験、これからから導き出せる答えは一つ。
「…さては、何か拾ってきたな」
「ん」
シズマの言葉にアリーゼが頷く。
「はぁ…。お前、俺らが何の仕事してるかわかってるか? 拾ってきても面倒見れなくなるのはわかってるだろ?」
「わかってる。でも可哀想だから放っておけなかった」
「だろうな。お前は、そういう奴だもんな…」
アリーゼの言葉にシズマが小さくため息をつく。アリーゼは基本的に思い立ったら即動くタイプだ。ゆえに街中で捨て猫とか捨て犬とか見かけると、十中八九拾って帰ろうとする。だが、フリーランスである自分達は、ペットを飼うことが出来ない。必要に応じて、各地を転々とするからだ。まぁ、それがわかってても拾ってくるのがアリーゼなのだが。
「ってことは、また里親探ししなきゃいかんのか」
毎日とはいかないが、ごくたまによくある展開。ゆえに、シズマの反応は慣れたものだった。自分達は飼えない。だから、せめて拾った動物たちが幸せに暮らせるように、里親を探すのである。
今回も、そのパターンか。やれやれと首を振りつつ、アリーゼの方を見る。
「で? 今日は何を拾ってきたんだ。猫か? 犬か? いつぞや見たいにニシキヘビとかやめろよ?」
「大丈夫。そういうのじゃない。この子拾った」
そう言いながら、アリーゼは後ろ手に隠していたそれを前に出した。
「…………」
それをみたシズマが言葉を失う。今までにも予想外の拾い物をしてきたことはあった。3mはあるデカいニシキヘビとか、その最たる例だったと言えよう。だが、今回のそれはそれを遥かに上回るものだった。
それは、いわゆる幻想種の類だ。
長い尻尾がある。
全身に鱗もある。
短いながら角も生えている。
あと、小さいながらも翼もある。
そう、世間一般で言うと、ドラゴンと呼ばれる幻想種の中でも最上級にいろんな意味でヤバイ存在の子供が、アリーゼの手の中にあった。




