01
今、その場は一つの戦場と化していた。
飛びかうのは銃弾と叫び声。そして時折響く爆音。街中にて、一つの脅威を前に警官隊が必死の応戦を行っていた。
「増援はまだか!!」
「本部からの報告によれば、ASARTがこちらに急行中とのことです!!」
ASART。正式名称、Anti Special Ability Response Team―対異能対応班と呼ばれるものの略称である。
この世界では、異能と呼ばれる力を持つ者がいる。もちろん持っている者全てが犯罪者というわけではないが、その特異性の関係上、犯罪等に使われるとそれはもう厄介なこととなる。並の戦力では手も足も出ない脅威となりうる存在だ。
ゆえに警察機構は、頻発する異能犯罪に対応するため、特別な訓練をつんだ特殊部隊を各署に置いているのである。それがASARTと呼ばれる物だ。
「それなら、それまでなんとか持たせるぞ!!」
「了解!!」
止めたパトカーの陰から、大暴れしている犯人へと銃撃を開始する。だが、撃たれた犯人は銃撃を物ともしない。それもそのはず、今暴れている犯人は、まさに異能者の1人であり、全身を装甲で覆うという異能を持っていたのだ。全身防弾装備状態。銃火器の類など普通には通用しない。
ちなみに、話さないのは顔も装甲に覆われていて、声が外に届かないのだと説明を入れておこう。閑話休題。
さて、暴れている犯人の獲物はグレードランチャーで、それを撃ちまくって大暴れしているのが実情だ。もちろん、こうなるまでに至った流れもあるのだが、それは割愛させていただく。
空になった弾倉に、次のグレネード弾を装填し、グレネードランチャーの砲口を警官たちが盾にしているパトカーの一台へと向けた。
「まずい!!退避しろ!!」
警官の声が響き、慌ててパトカーの陰から逃げ出す。直後、ポンと言う音と共に撃ち出されたグレネード弾がパトカーに着弾。直撃の爆発と燃料引火によって、さらに爆炎が広がり、夜闇を明るく照らす。
「いかん、このままでは!!なんとしても注意を引きつけろ!!」
「無理ですよ、アイツに銃は効かないんですよ!?」
バトカーと言う盾がなくなった警官へ、暴れている犯人がグレネードランチャーを向ける。直接の影響は受けなかったが、それでも爆風に吹っ飛ばされたせいだろう。いまだに体勢を立て直してはいない。良い的だ。
何を考えているかは一目瞭然。だが、こちらの攻撃が効かない以上、それを止める手はない。銃弾を無効にする相手は、あまりにも堅牢すぎる。
このままで同僚の1人の命が失われてしまう。だが、助けることも――。
無力感に包まれ、歯噛みするしかない警官。もはやここまでかと思われた、その絶妙なタイミングで一台のバイクが近づいてくるのが見えた。
「あれは?」
「もしや、増援では?」
見たところ、警察車両の類ではない。いわゆるオフロードバイクの類だ。そのバイクが2人乗りでこちらへと真っ直ぐに走ってくる。
しかしすぐに思い出す。振り返れば、暴れる犯人がグレネード弾を動けない警官目掛けて放つところだった。
「や、やめろ!!」
制止の声をかけるが、もちろんそれを聞き入れる犯人ではない。物分りが良い相手なら、そもそもこんなことはしない。
ポン、という独特の射出音と共にグレネード弾が撃ち出される。だが、その刹那の瞬間に銃声が響き、撃ち出されたグレネード弾がその場で爆発した。
何が起こったのか、と思う間もなく、続けざまに銃声が響き、犯人の顔の部分で銃弾が幾つも弾ける。さすがに銃弾が効かないにしても、その牽制は効果的らしく犯人の動きが止まる。
そして攻撃の手が緩んだ間隙を抜いて突っ込んできたのが、先ほどのバイクだった。すぐ近くでバイクが止まり、それに伴って乗り手の姿も確認出来た。
20代くらいの男女2人組。1人はオフロードバイクの運転手で少し長めの黒髪を首の後ろで縛った東洋人の男で、背中には刀袋を背負っている。もう一人は、片方の手にハンドガンを持った茶髪でセミロングの少し小柄な女だった。
「…シズマ。あいつは銃が効きにくいっぽいから、あと任せる。私でも倒せない相手じゃないけど」
「あぁ、わかってる。俺の方が早く済むもんな」
そう言いながら、シズマと呼ばれた男がバイクから降りる。そして背中の刀袋から、一本の日本刀を取り出して、その刃を抜く。
このご時勢に刀?と警官の何人かは思うも、何年も勤労してきたベテラン警官の反応は違っていた。間違いなく、あの刀を持った青年は異能使いか、それとやりあえるほどの高い実力を持っている。そうでなければ、こんな場所に現れるわけがない。
そういえばASARTの構成班は、大抵が異能者だったり、常識ハズレの戦闘力を持った者だという。だから、つまりはそういうことなのだろう。
「とりあえず大人しくしようか、もう充分暴れただろう?」
そう告げて、シズマがその場から駆け出す。犯人はそんなシズマへとグレネードランチャーを向けるが、引き金を引くよりも早く別の銃声が響き、グレネードランチャーそのものが爆散した。警官が振り返れば、バイクの後ろに乗ったままの女がハンドガンを向けていた。微かな硝煙から彼女が撃ったのは明らか。彼女が、グレネードランチャーの砲口に銃弾を叩き込んだらしいと気づいた次の瞬間には、近くで不意に風が吹き荒れ、再度振り返れば犯人が勢いよく吹っ飛ぶところだった。
「まぁ、ああいう頑丈な防御に身を包む奴は、衝撃叩き込むに限るな。でもどうやら意外と中身はしょぼかったらしい。これで動かなくなるとは思わなかった。まぁ、いいか」
そんな事を言いながら、突きの構えから刀を軽く振り鞘へと戻す。
秒殺とも言える一連の動きに、その場にいた警官たちは、ただただ呆然とするばかり。
そんな警官達を尻目に、鞘に収めた刀を片手にバイクへと戻っていくシズマ。そんな彼に、バイクに乗っていた女が告げる。
「シズマ早く帰る。お腹空いた」
「助けにいこうって言ったのお前だろアリーゼ。ったく、相変わらずマイペースだな」
「戦場では自分のペースを保つのは大事」
「もう、ここ戦場じゃないけどな」
そんな緊張感の欠片もないやりとりをかわしつつ、さっさとその場を立ち去ろうとする2人。それに気づいたベテラン警官が慌てて、2人を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ事後処理が終わってないぞ!!」
「事後処理? …あー」
警官の言葉に、何かを察したらしいシズマが空を仰ぐ。後ろに乗っているアリーゼと先ほど呼ばれた女もキョトンとした顔をしている。なんで、そんなことしないといけないの? ポーカーフェイス張りの無表情だが、その顔には確かにそう書いてあった。
そんな2人の反応を見て、思いっきりベテラン警官は怪訝な表情を浮かべた。
「え?お前たち、ASARTじゃないのか?」
「いや、その、なんていうか」
「私たちはただの通りすがり。一応、フリーランスの傭兵ではある。これ、ライセンス」
言葉に詰まるシズマに対して、後ろに乗っているアリーゼは堂々と答えて、懐からライセンスを取り出して見せる。それをみたベテラン警官の表情は唖然となり、交互にライセンスとアリーゼを見る。そして、ため息を一つつくと同時に、2人に告げる。
「助けてくれた事は感謝しよう。だが、とりあえずは事情聴取しなくてはいけない。署まで同行願えるかな?」
「あぁ、うん。やっぱりそうなるよな」
知ってたって顔で、シズマが肩を落とす。その後ろで一部始終を聞いていたアリーゼがシズマの肩を突ついた。
「事情聴取。じゃあシズマ、夕飯は?」
「もうしばらく後だな」
「………。警察助けると、面倒多いから嫌」
「そういうことは、我々のいない所で言ってくれないかな?」
アリーゼのぼやきに、ベテラン警官が苦笑混じりに告げる。とはいえ、拒否権があるわけでもなく、結局2人が夕飯を食べたのは日付も変わろうとする時間になったのは言うまでもない。
なお余談として、少し遅れて駆けつけたASARTのメンバーは、2人を見て軽く驚愕したことを付け足しておこう。何気に、この2人。その道では、ちょっとした有名人だったりするのだ。
そしてこれは、彼らの日々のほんの一幕に過ぎない。実際には、もっと色々と厄介な物事に巻き込まれたり、首を突っ込んだりするのが常だ。
もし興味があるのなら、そんな彼らが関わったエピソ-ドのいくつかを語るとしよう。
シズマ・ミナヅキ。
アリーゼ・レクエイム。
これは、とある一組の傭兵コンビの物語である。