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第二話 若雁たちの集い D

 雁ノ巣高校の航空戦競技部のユニフォームの男女共通の部位はトップの黒褐色のフライトジャケットと白のインナーで、ジャケットの背中には大きな、右胸には小さな雁をあしらったマークが縫い付けられていた。ボトムスは男女別で、女子はスポーツ用の膝半ばまでの黒色のレギンスにブーツというスタイルで男子は黒の長ズボンで、その下のブーツは共通というもの。

 女子たちが身支度を終えて外に出ると男子はすでに外に出て、ストレッチをしながら揃うのを待っていた。


「よし!じゃあみんな、空を飛ぶぞ!」


『おお~!』


 全員整列してきちんとラジオ体操を行ってから、整備科の生徒たちと一緒に格納庫から飛行機を引っ張り出して、各々距離を置いて整然と並べる。


「右から単発戦闘機が、零式艦上戦闘機、一式戦闘機隼、F4F、P-38 ライトニング。単発爆撃機が天山。双発が昨日乗ってもらった九九式双発軽爆撃機と一〇〇式司令部偵察機だ」


 ずらりと並んだ飛行機に感嘆の声を漏らしてしまう紗菜。


「零戦は鉄也、隼はオレ、F4Fは尚江、P-38 は純。一〇〇式が手芸部で、天山が天文部。そして双軽爆が園芸部だ」


「あれ?ボート部は?」


 よく気が付いてくれたと、隼人は満面の笑みを浮かべる。


「ボート部の飛行機はこの滑走路には置けないんだ。まあ、離陸したらすぐ合流できるよ」


「そ、そうなんですね」


 紗菜にはまだ理由が分からなかったが、合流すると聞いてこの時はそれ以上聞くことは無かった。


「で、紗菜は今日も九九式双軽爆でいいかな?」 


「うん!」


「だったら今日は私たち園芸部と一緒だお!」


 園芸部の部長ボタンがカラカラと明るく笑い、そのまま紗菜は園芸部メンバーと共に機体に向った。


「それじゃあ今からみんなで飛行機のエンジンを動かすから、辰星さんは今日は見てて」


 各機とも整備科の生徒たちと共に各々の機体のエンジンの始動に取り掛かった。現在の自動車のように、起動させてすぐに飛行可能になる訳ではないのだという。


(そっか。昨日は私、思わず寝ちゃったから……)


 隼人から受け取った紅茶を飲んでから眠ってしまったので、紗菜は昨日乗った機体の起動シークエンスは見ていなかったのだ。



――ここから飛行機が離陸するまでの手順を、鉄也の乗る零戦、その二一型のそれを述べる事にしよう。


 最初にパイロットが行うことは機体を指差呼称点検することである。


 鉄也は格納庫から外に出された機体を、改めて日光の下で機体の周囲を一周して外見上のチェックを行う。

 彼もこの学校の整備科の仕事には全幅の信頼を置いているのだが、それでも操縦する者が自分の命を預ける機体は必ず自分で確かめねばならないのだ。


 外見上のチェックだが、主脚に車輪止めがついているかを確認し、あわせてタイヤの空気圧を指や目で同様に確認する。車輪止めが無ければエンジン発動時に機体が制御できなくなるし、タイヤに不備があれば離着陸時の事故に直結するからだ。


 主脚系の確認を終えると、今度は尾輪のタイヤの状態とオレオ(サスペンション)が正常な位置にあるかを確認する。

 それを素早く済ませると胴体の各点検窓カバーや燃料油キャップの状態、各操縦舵の揺れ止め板が外されているか、エンジンのオイル漏れがないかを確認。さらに主翼のピトー管(速度の計測機器)や機銃のカバー撤去を確認する。


 確かに現在はGPSを用いて客観的に速度や位置の測定はできるが、本番の試合では緊急時以外でのGPSの使用は禁止されている(使用した場合は反則として失格になる)ので、機器での速度の計測が正常で無ければ、燃料計算に狂いが生じて最悪燃料切れもあり得るため、計測機器の点検は極めて重要である。


 機銃は現状で装備されているのは競技用の実銃では無く、練習用の模擬銃(光線式で装置の重量は実銃と同じになるように設計されている)なのだが、練習で確認を怠っていると本番でも怠ってしまい事故に繋がる危険があるので、必ず本番同様に確認を行うのだ。


 それらの確認が終わると鉄也はようやく愛機の操縦席に向かう。零戦の場合、搭乗は左側から行うようにできている。

 左翼の上部に登って風防の開閉をしっかり確認してから着席すると、周囲と計器が一番見やすい高さに座席を調整して、しっかりと体を固定する。この際、パラシュートの装着や非常用の救命用具の確認も怠ってはいけない。


 体の固定が終わると、水平尾翼後部の昇降舵、垂直尾翼後部の方向舵、そして主翼後部の補助翼の動作確認に移る。

 昇降舵は操縦桿を前後に傾けて操作する。飛行中に操縦桿前に倒すと下降し、後ろに倒すと上昇するのだ。


 方向舵は足下にあるフットバーを左右に踏み込む事で機首の向きを左右に変える舵である。補助翼は操縦桿を左右に傾けることで翼の傾きを操作する。

 これらは空中戦以前に飛行機をコントロールするのに必要不可欠な装置なので入念に動作確認を行わねばならない。


「昇降舵、方向舵、補助翼よし!」


 ここまでの確認が済んでからようやくエンジン始動となるが、その前に機体の燃料確認を行う。訓練飛行だからと言って燃料を確認せずに飛行して燃料切れで墜落など論外だからだ。


 あわせてに潤滑油も確認し、それが済んだら燃料コックを“開”に合わせてメインタンクに接続。同時にメインタンクのコックが“正”にあるかも確認。なお零戦のメインタンクは胴体ではなく翼内にある。


 続いてAMC、即ちオート・ミックスチャー・コントロールが常にフリーになっているかも確認する。これは大気圧の変化を感知して気化器からシリンダーに供給される混合気を最適に調節する装置である。


 これが誤って固定されていた場合、特定の高度でしか最適化されないことになり、それ以外の高度では適切ではなくなってしまう。

 誤って固定されていたためにエンジンがが離陸前から不調ならまだしも、上昇中に特定の高度でエンジンが不調を来たした場合は、操縦できなくなって墜落してしまう危険があるので、フリーになっているかは必ず確認するのだ。


 それらが済んでからようやくエンジンの始動に取りかかることができるのだ。

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