第二話 若雁たちの集い C
雁の巣の空戦部は出来てからまだ三ヶ月ほど。戦闘機のメンバーは隼人の関係者のため全員経験者だったが、爆撃機や偵察機に乗っているのは他の部からの参加者のみで、その全員が授業で経験した程度の初心者同然の者ばかりである。
そのため、練習の内容は爆撃訓練や戦闘機動まで進めておらず、もっぱら離着陸と編隊を組んでの飛行がメインであった。
しかしその飛行機を飛ばす前にやることがあるという。一同はユニフォームを、紗菜だけはまだユニフォームが無いのでジャージを携えて、格納庫の隣にある大浴場に向った。
「あの、どうしてお風呂なんですか?」
紗菜の疑問に笹井がにこやかに答える。
「体を保護する為のコーティングのためよ。上空での日焼けと、それ以上に万一不時着、それも人気が無いところにしちゃった時に体温を下げないためにね」
肌にコーティングを行うのは純の説明どおりに上空での強い日差しから肌を守るためと、同じく上空や不時着した場合に水面で体温を奪われないためだった。
「昔はクリームタイプが主流だったんだけど、剥がれにくいかわりに全身にむら無く塗るのが大変なの。だから今は入浴剤方式が主流になったのよ」
ある事故では水没してしまった際に塗れてなかった箇所から体温を奪われてしまい、幸い一命は取り留めたものの低体温症に掛かってしまった事があって問題になったので、現在では競技前に全身をむらなくコーティングするのが主流になっていた。
「あの、辰星さん」
「はい」
脱衣所で服を脱ごうとしたところで、手芸部のチャコから声を掛けられた紗菜。
「あとでユニフォーム作るから、今のうちに採寸させてもらうね」
「は、はい。ありがとうございます」
紗菜が服を脱いで下着姿になると、手芸部だけでなく他の面々も集まってきた。そしてその誰もが紗菜の肉体美に感嘆の声を漏らしていた。
「辰星さん、身体綺麗!」
「スタイルいいし、すっごい締まってる!」
引き締まった紗菜の身体を見て周囲から口々にあがる賞賛の声に、当の紗菜は照れて戸惑ってしまう。
「ねえねえ、どうやってたの?!」
「い、今まで、その、じょ、乗馬をしてたので……」
『乗馬!!』
その返答を聞いて数人が納得して頷いていた。
「乗馬ってかなり体が鍛えられるって言うし」
「お尻を引き締める機械あったよね」
「騎手の学校とか入学する時に体重制限があるんだよ」
「それに食事の制限も厳しいんだって」
本人そっちのけで盛り上がる周囲。しかしこれ以上脱線してはいけないと、笹井が採寸するよう口を挟んだ。
「はいはい。手芸部のみんな、辰星さんの採寸なんでしょ?」
「そ、そうだったね」
「ごめんね辰星さん」
「い、いえ……」
身長と3サイズを手芸部が採寸する。155、82、55、83と読み上げられ、左右の腕の長さと腕周りに首周り、腰から足の長さも採寸された。
「じゃあ次の飛行練習までには作っておくから楽しみにしてて」
採寸が終わったので紗菜も完全に脱衣して浴室に向う。初めてなので笹井が同行していた。
浴室は古式ゆかしいタイル張りの大浴場で、かなり年季が入っているようだった。
「うちの部が継続し続けたら来年には大改修してもらえるそうなの。だからそれまではこれで我慢しないといけないのよ」
「大丈夫です。私、こういうところは慣れてますから」
女子はほぼ全員頭が濡れないようにタオルを巻いて、通常のボディソープで身体を洗っていた。
「普通に身体洗ったら、湯船に浸かるの」
「あのお風呂ですね」
浴槽は外見が泡風呂のようになっていて、先行していた面々は泡を身体に刷り込むように磨いていた。
紗菜も連れられて一緒に湯船に向かう。笹井の身長は男子並みで、手足も長くスタイルも抜群。まるでファッション雑誌のモデルを見ているようだった。
「私は戦闘機に乗ってるけど、戦闘機は旋回とかで強い重力掛かるから、本当は背が小さい方が有利なの」
「そうなんですね」
少し遅れて尚江が来た。彼女は紗菜より若干背が低く、陸上競技の選手のように細く締まった体型だった。
「でも体型って、極端でなければ埋められるって思います。だって純お姉ちゃんに私、一度しか勝った事ないですから」
屈託の無い笑顔を見せる尚江。彼女も兄や笹井と同じく戦闘機乗りという。
湯船に浸かると、普通の水よりは粘度を感じるお湯に驚く。
「三分浸かったら完全に定着するから、そしたら上がっていいわよ」
「は、はい」
「海水や水には剥げないけど、専用の洗剤で簡単に落とせるから心配しないで」
こうして身体のコーティングを終えると、定着剤を浴びてからシャワーで余計な薬剤を流して浴室から出る。入浴を終えると部員たちはユニフォームに着替えはじめた。