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第十三話 天駆ける紅い彗星 E

 隼人は太陽を背にして稲妻のように急降下し、彗星の探索を優先し背後への注意を怠っていた相手を一連射で撃墜。これでこの試合二機目の撃墜を果たした。


「余所見してる場合じゃないぜ!」


 疾風に気が付いて追撃してきた機体もあったが、今度は颯爽と現れた緑色の機体がその機体を葬ってしまう。


「待たせたな」


 颯爽と現れたそれは鉄也の紫電改。


「さっすが鉄っちゃん!」


「ただし(こちらの)ゴールはがら空きだ」


 爆撃隊の護衛に、危険を承知で純と尚江に来てもらい、鉄也は空中戦の最中にコルセアより先に北上して駆けつけたのだ。


「上等!!」


 雁ノ巣のツートップが揃い、戦闘爆撃機型のコルセアたちを追い散らしていくと、ゴール上空のコルセアが一気に減り、二人の戦乙女を阻む障害もほとんど失せた。この機会を逃す訳にはいかない。


「行けぇ!赤い彗星の紗菜、全国デビューだ!」


「ありがとう隼人くん!!」


 銀翼の疾風からの激励に応えるためにも、赤い彗星の紗菜は赤い立方体目掛けて一直線に舞い降りていく。


 当時製造、整備に難があったと言われる水冷式エンジンのアツタ三二型は、現代の技術で復元された高精度の部品と安定した高品質の燃料、そして腕利きぞろいの整備課の万全の整備あって、250kg爆弾を抱えながらもすこぶる快調。十全にその本来の性能を発揮していた。


「照準……セット!」


 彗星の操縦者、辰星紗菜は正面風防から突き出た望遠鏡型の射爆照準器越しに目標に照準を合わせていた。あとは目標目掛けてヘルダイブあるのみである。


「いきます!!」


「了解です!!」


 角度を55度に傾けて一気に降下していく。高度計がめまぐるしく回り、機体高度が一気に下がっていく。


「この!このぉっ!!」


 地上からM19対空自走砲の対空機銃が、逆さの夕立の如き勢いで発射されるが、降下する赤い彗星に対応できずにあらぬ方向に飛んでいく。


「綺麗だ……」


 弾薬箱を車両の上に渡した選手の一人が茫然と急降下してくる彗星に見惚れていた。


 そう、これは競技であって戦争ではない。


 本当の戦争であればこんな反応になるはずもないが、相手の狙いはゴールであって直接自分たちに向けられておらず、まして最初から命の取り合いをしているわけではない。だからこそこの選手は自分たちに向かって星の様に舞い降りてくる機体に思わず見惚れてしまっていた。


 試合の様子が流れる観覧席からもその流麗な急降下が映し出されるとあちこちからどよめきと感嘆の声が漏れ出ていた。


「さあ紗菜っち、どかんと派手にぶちかませよ!」


「(高度)一五○○!」


 彗星がダイブブレーキを展開し速度を落とす。対空砲火を振り切るためにはできるだけ高速を維持した方が良いが、速度がありすぎると今度は制御が利かずにそのまま地面に激突してしまう。故に爆弾を投下し、かつ水平飛行に移るためには、制動可能な速度でなければならないのだ。


「五○○!」


「いきます!」


 機体の高度が500mを切って400mになろうかというところで標的目掛けて250kg爆弾が投下された。爆弾は高高度の水平飛行からの投下に比べれば速度は落ちるが、急降下爆撃は標的に近づきつつ軌道も制御できるので、はるかに命中率が高いのだ。


『当たって!!』


 純真な乙女たちの祈りが捧げられた黒い一撃は風を切り裂きながら標的に向って、意思あるかのように突進していく。


 そして投下と同時に操縦士は地上への衝突を避けるために機首を水平に上げて離脱の態勢に。


 彗星の機体と乗員二人に通常の6倍以上の重力が圧し掛かり、重力という巨人は万物にわけ隔てなく無慈悲に乙女二人の頭を乱暴に膝にまで押さえつけようとする。


(ぐっ!)


 同時に着弾した爆弾の閃光と衝撃波が追ってくるが、命中したかは前を見る操縦士は直接目にすることはできない。確認するのは後部の観測員の役目。そしてその結果は……。


「やりましたぁ!命中!命中です!!」


 紗菜が思わず後ろを振り向くと、黒煙の柱が湧き上がるようにそびえているのが見えた。250kg爆弾は野球場のグラウンド中央に設置された赤い標的に正確に命中し、見事に吹き飛ばしていたのだ。


「紗菜さん!ゴールポイントを粉砕しました!!」


「よかったぁ!」


『試合終了!雁の巣高校の勝利!!』


 試合終了のアナウンスが告げられ、同時に味方から歓喜の声が、客席からも割れんばかりの大歓声があがった。


「やったな紗菜!」


 賞賛の言葉が。


「ありがとう隼人くん!」


 並走する同胞に満面の笑顔を浮かべて手を振り返す乙女たち。


『勝利勝利大勝利だクマ!!』


『本当にやったよ勝っちゃったよぉ!!』


 雁ノ巣の無線は大混雑。そして誰もがその勝利に大興奮していた。


 敗れた岩国側は殆どが茫然とした様子。そして観客たちはまさかの雁ノ巣の勝利に騒然となっていた。


「こいつは凄いな。(ほとんど)初出場で岩国を撃破しやがった」


「戦闘機のレベルも高いが、あの急降下は凄かったな」


 客席の注目は、あまりにも見事な急降下爆撃を敢行した紗菜に向いていた。


「あの彗星、角度も速度もキレキレじゃねえかよ」


「どこの急降下の選手だ?」


「あれが新人?!高校復帰組じゃないのか?!」


「データベースに一致は無し。あの彗星、二人とも本当に春から始めたばかりの初心者だ!」


「マジかよ……」


「マジなんだよなそれが」


 驚き沸く観客席の様子をご満悦の顔で眺めるのは、紗菜を知る者たち。


「柏葉ぁ!」


「お、野分っち」


「辰星を直々に指導したそうじゃないか」


「一時間もしてないよ」


「開眼には十分だ」


「やっぱ仲間欲しいじゃん」


「だろうな」


 肩を揺らして笑いあう豪傑二人。世に出る前に非凡な才能を見出した者が、ついに世に出て期待通りの活躍を見せてくれたことが愉快で仕方なかったのだ。


「戻ってきたよーー!!」


 程なく、所属を問わず集合の飛行場に次々着陸していく。乙女たちの彗星も無事に着陸して自陣に向う。停止したところで先に戻っていたチームメイトたちが彼女たちを周りを囲んだ。


「紗菜ちゃんやった!」


「先輩最高!」


 駆け寄ってきたチームメイトにもみくちゃにされる紗菜と聖子。


「よっし、まずは初戦突破だ!」


『おおーー!!』


 疾風から降りた少年が吼えると、皆で勝利を喜び続ける。


(私たち、勝ったんだ……初めての全国大会で!)


 思わず目に涙を浮かべて空を見上げる紗菜。その空は果てなく青く、そして美しく輝いていた。

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