第十三話 天駆ける紅い彗星 D
「わほーい!!波を被っちゃいそうですね!」
海面スレスレの超低空を這うように飛ぶ二機。隼人や紗菜はともかく聖子はトビウオになった気分になっていた。
「この方が見つかりにくいんですよね?」
「高いところだと簡単に見つかっちゃいますから」
「ですよね」
「そろそろだな……」
それは目的の宇久島が視界に入ることと、もう一つは……。
「!!」
「さすがにバレたか!」
「ひょえ!」
二人が敵機を発見したのは同時。聖子はわずかに反応が遅れていた。
「オレが相手だ!」
降下して迫るコルセアに向かう隼人、上昇旋回で回避に移る紗菜。
「想定済みだ!」
すれ違いざまに互いに撃ちあう、いや、居合で切り合う戦闘機同士。相対速度は時速1000km超えだが果たして。
「すごい!落ちてます!」
桃色の噴煙を流して流れ行くのは相手のコルセアのみ。隼人の疾風は無傷のまま悠然と二人の前に出た。
「今なら敵のゴール護衛は一機ぐらいのはずです」
「ええ。だから今のうちに」
「このまま連中がが戻ってくる前に叩く」
『はい!!』
最高速度の発揮と攻撃態勢を取るために高度を上げる二機。当然敵に接近を察知されているので、最大戦速でのゴールへの接近を優先したのだ。
(見えた……)
目標の宇久島上空付近に巨大な積乱雲が柱の様にそそり立っている。この様子だともう間もなく島は雷雨に包まれるであろうか。
「いよいよですね」
『後方に敵機!』
聖子と隼人が声を上げたのは同時。
「いち、に、さん!三機です!」
それは岩国が急遽送り出した戦闘爆撃仕様のコルセアたち。彗星は250kg爆弾を搭載してなお時速500km以上で飛行しているが、F4Uは戦闘爆撃機型のハンデを背負っていても爆弾を搭載していなければ彗星以上の速度が出せ、実際徐々に差を詰められている。いきなり追いつかれ回り込まれる心配こそないが、このままでは前方からの迎撃機と挟み撃ちされる格好になってしまう。
「引きません!」
「当然だ!!」
「ですよね!」
ここまで肉薄して引き返すことは選択肢にはない。追いつかれる前に爆撃せねば雁ノ巣に勝機は無いのだ。
「道は拓いてやる!」
隼人が敵機の迎撃に向かう一方で、紗菜は機体をゴールにほど近くに滞留していた積乱雲に向ける。積乱雲への突入はかなり危険だが、紗菜と聖子は事前に訓練を行っており、身体を慣らしてあった。
「揺れます!!」
「大丈夫です!!」
自ら嵐の大本に飛び込む戦乙女たち。二人とも皆から与えられた好機を勝利に代えんと怯む様子は一切無い。
(必ず、決めてみせる!!)
二人の、いや雁ノ巣の面々の意志は赤い彗星に集約され、その一条の光は敵のゴールに向かい突き進んでいった。
「おい、向こうの爆撃機は?!」
「雲の中に飛び込みやがった!」
彗星に向かっていたゴールの直衛機は隼人に妨害されて機会を失っていた。
「追撃は?!」
「追うよりゴールを守れ!すぐにだ!」
雁ノ巣の爆撃隊が陽動と気付いて戦闘機隊も呼び戻しているが、果たして間に合うのかどうか。いずれにせよ妨害が最優先だった。
「追跡、振り切った模様!」
揺れる機体。積乱雲の中を彗星は槍のように突き進む。
「わかりました!このまま(この雲を使って)目標に接近します!」
「了解です!」
操縦管を握る紗菜は自身の直感を信じ直進させる。濃いガスによる視界不良や激しい振動などものともせずに。
「本当に来るのかな……」
一方、岩国のゴール付近には高射砲群と一両の対空戦車が。その砲門は大空を睨んでいたが、特に相手を見つけていたわけではない。
やがて太陽を遮っていた分厚い雲の切れ間から、眩しい太陽の光が、鋭い刃のように大空を裂く。上空を見張っていた少女は、思わず右手を日差しに向けていた。
「雲が急に晴れて……」
その閃光と共に、一直線に赤い翼が降下してきたことに気がついた。まるで一筋の星が現れたかのように見えてしまう。
「赤い……彗星?!」
地上から空を見上げていた者が思わず感嘆の声を漏らしてしまう。だが直ぐに我に返って無線で応援を呼び、設置されていた対空砲に向って走る。
「て、敵機接近!敵機接近!!直ちに撃退して!」
報告を聞いて慌てて進路を変える青い翼たち。同時に地上から高射砲が火を噴き、青と黄色の鮮やかな花が咲き乱れる。
だが地上からは豪雨を逆さにしたように見える猛烈な対空砲火も、隙を突いて舞い降りた赤い彗星を阻むことはできなかった。
「急げ!」
だが全速力で戻ろうと焦る青い翼、F4Uコルセアたちに、疾風の如き銀翼が突如として舞い降りて襲い掛かる。
「(邪魔は)させねえよ!」




