第十三話 天駆ける紅い彗星 A
迎えた大会三日目。この日の午前中までに個人競技はほぼすべて終わり、団体競技が開始されるのだ。
「姉さん、楽しそうだね」
「あったり前じゃないか!」
映画の開始を待つ幼子のように無邪気に笑うルウ。そしてそれを微笑ましく見ているテル。
「ま、僕もそうだし、他にも結構いるみたいだからね」
観覧席には明日からの予選の学校ばかりでなく今回個別競技しか参加予定の無かった学校の選手たちの姿もちらほらと。
「みんな戦闘機系ばっかりだから、やっぱり隼人くんたちの仕上がりが見たいんだろうね」
「そりゃそうだろうさ。一年経たずに出場までこぎつけるんだから」
「そして姉さんの一番の目当ては」
「そりゃ紗菜っちに決まってるだろ」
「だよね」
他にも約三十年ぶりの出場という事もあって地元関係者たちの注目も集まる団体競技初戦にして現雁ノ巣航空戦競技部の全国大会のデビュー戦が開始されようとしていた。
「しっかし本当に間に合わせたのか・・・・・・」
暖機運転を行う雁ノ巣の翼の中に見慣れぬ単発機の姿が。
「ハハハッ!何とか間に合わせてやったよ」
それは川西 N1K2-J 紫電改。全国大会出場までに鉄也の機体として完全に仕上げて見せたのだ。
「機種転換は大丈夫なんっすか?」
「問題ない」
「まあ、鉄也はこっちに入学するまで紫電改だったから問題ないでしょ」
光一のふとした疑問を即座に問題なしと言い切るその姿勢に居合わせた誰もが驚嘆の声を漏らす。鉄也と純の反応は雁ノ巣の整備課の腕を信じての事でもある訳だが、それでも即断は豪胆である。
「集合!」
試合開始を前に改めて航空機に乗り込む選手と整備課の全員に集まってもらう。
「ここにいる全員と、ゴールで待機している防空班、そして支援してくれた人たちのお陰で、俺たちは全国大会という檜舞台に立つことができた!」
『おおー!!』
「出場したからには勝つ!!初戦突破?!いや優勝旗持って帰る!!」
『おおおーーー!!』
初戦の相手はこの大会の優勝候補の一角である岩国。ネイビーブルーで統一された相手はすでに触れた通りF4Uコルセア一機種に統一されていて、機体も色もてんでばらばらの雁ノ巣とは完全に正反対となっていた。
ほどなく開始前の挨拶のための集合を告げるサイレンが鳴り、両校の生徒が一列に並ぶ。これまたユニフォームこそ統一されていても女性率が高く身長もまちまちな雁ノ巣と、日本人男性の平均身長以上ばかりの岩国とで全く異なっていた。
「礼!!」
『お願いします!!』
直後に一斉に愛機に向かって駆け出す両者。ついに雁ノ巣の航空戦競技部の初陣の時が来たのだ。
「そんじゃあ行ってきまーす!!」
観客席が雁ノ巣の先陣を切って飛び立った機体を見てどよめきに包まれた。
『一番手が百式司偵?!』
「非武装の偵察機だぞ」
「贅沢なことするな」
真っ先に偵察任務に就く機体を送り出すこと自体は特に珍しいものではないが、純粋な非武装の偵察機を送り込むのは近年ほとんど見られなかったからだ。
「やはりそう来たか」
動じないのは練習試合で戦ったユーライアス学園の野分たちぐらいのもの。
次に離陸するのは隼人の駆る四式戦疾風。
「さあ、オレも征かせてもらう!!」
コルセアの動向に備えるために隼人が離陸した次は、彗星の番だった。
「き、緊張してきました!」
小刻みに緊張で震えが出てしまう聖子。だが、紗菜は深呼吸を大きく二回。
「大丈夫です聖子さん。練習通りに行きましょう」
「は、はい!!」
初めての大会出場にも関わらず泰然として見えるのは、紗菜が馬上槍試合で大きな大会を幾度もくぐり抜けてきた経験故であろう。その落ち着き払った態度に安堵して聖子の震えも納まっていく。
「それでは、辰星紗菜!」
「草江聖子!!」
『彗星、行きます!!』
水冷式エンジンのアツタ三二型は快音を鳴らしてテイクオフ。そのまま蒼穹の大空に溶け込むように天駆けていった。




