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第十二話 いざ大舞台 E

 その日の夜。福江島の視察という名の観光と旅館での夕餉まで終えた雁ノ巣の面々はその旅館ではなく、校舎艦の格納庫、それも単発機が未だ並ぶ中で全員集って会議を行っていた。


「隊長~!どうして陸に泊まれないクマ?!」


「一般客最優先!」


「おぅ(´・ω・`)」


 この大会に限ったことではないが、航空戦競技は都合本土から距離がある島嶼部で開催されることが多く、参加者や関係者、応援者に一般の観光客まで受け入れるキャパシティが無いところばかりだった。


 そのため協会は校舎艦で来る学校に対しては宿泊を校舎艦に限定し、よほど船酔いに弱くない限りは上陸しての宿泊を避けていた(三十年ほど前からメガフロートが導入されてからは、併設された宿泊棟に泊まらせていた)。それだけ、生徒たちのトラブルが悩ましかったのだ。


 ともあれ作戦会議は情報が漏れるのを防ぐために自分たちの校舎艦で行うのも理に適ってはいるのだ。


「さあ、いよいよ明後日に迫った俺たちのデビュー戦の相手について説明するぞ」


『いえーー』


 わざとなのかどうなのか、ともあれ歓声と拍手が沸き起こる。


「俺たちの対戦相手は、山口の岩国ヴァンデグリフト航空だ!」


 そういってスクリーンに投影されるのは、海賊旗のように剣が交差した意匠のマークの学校。そして使用機体の映像が流れ始める。


「翼がWみたい」


「あれはF4Uコルセアって言って。戦闘機にしてはぶっといやつなんだよ」


 岩国が使用している機種は紺色のF4Uコルセアに統一されていた。


「ああ。コルセアは大戦後もかなり長く使われた正真正銘の名機だ。戦闘機としても戦闘爆撃機としても歴史的な優良機だから統一するのは極めて合理的だよ」


「つまり鹿児島と似たタイプなのクマ?」


「そういう事」


 鹿児島のユーライアスはハリケーンもしくはタイフーンを主体にした爆装可能な戦闘機で構成されていたが、戦闘爆撃機主体の構成は岩国に限らず、 フォッケウルフFw190で機体を統一し全国最強の一角と言われる伯労(はくろう)航空など、現在各校で広く採用されていた。


「この手の機体で統一しているところは、全滅させない限り戦闘機も爆撃機も残るって事だ」


 戦闘機が爆装する場合、この競技では様々な制限が掛けられることになる。その一つは開始当初から戦闘機のみ、あるいは戦闘爆撃機のみの編成が禁止されていること。爆装の際には爆弾を投棄するだけで戦闘機に戻れないよう投棄できないウエポンラックと増槽の装着が義務付けられていた。


 だがそれでも元々が戦闘機だけに空戦は可能で、対爆撃機はもちろん、乗り手次第では多数撃墜を行う者さえいるのだ。


「時間を与えたらそれだけ不利になるってことですね」


 紗菜の呟きに頷く隼人。


「だけど、最近ほとんどの学校は岩国や鹿児島みたいな編成ばかりだから、案外爆撃機相手は慣れてないの」


「そう。そして俺たちは大会初参加だから相手にこっちのデータは無い。最初は様子を見ながら対応してくるだろうから……」


「見敵必殺!!」 


「そういうこと!」


 尚江の威勢のいい言葉に皆が大笑いし、そして同意で頷く。


「明日は機体の陸揚げと各自の調整。防空班は対空戦闘訓練。そして夜に改めて作戦会議をするから」


「みなさん、今日はゆっくり休みましょう!」 


『はーい』


 消灯は22:00。すでに緊急時外の下船はできないので、各自は思うままにゆっくりと消灯までの時間を過ごす。そして紗菜も、夜の海風を吸いに飛行甲板に上がっていた。甲板の上には格納庫に入らないサイズの双発、四発機がしっかりと係留されて、その風防もさらに光をはじいている。


「あ、隼人くん」


「ん、紗菜か……」


 海は穏やかで島からの光と、周囲に浮かぶ他校の校舎艦、そして星空の光がきらきらと宝石のように煌めいていた。


「……。私が雁ノ巣に来てからずっと、特にこの間は本当にとってもお世話になったのに、私、何も恩返しできてないから……」


「そんなことはないさ。恩返しって、俺にとってはもう充分してもらってるよ」


「え?」


 鳩が豆鉄砲を受けたようにきょとんとする紗菜に、隼人はいつものように笑顔を向ける。


「紗菜が来てくれたから、俺は念願かなって団体戦で全国大会に出場できたんだ。十分すぎるよ」


「わ、私ですか?!」


「紗菜のお陰だよ」


「私が来る前からみなさんの半数以上集まって……」


「本当にみんなをその気にさせてくれたのは紗菜がいたからだよ。お世辞じゃなくてさ」


「確かに俺や鉄也に純は経験者だけど、戦闘機オンリーだろ?でもそれだけじゃどうにもならない。でも紗菜が率先してやるき出してくれて、その上急降下爆撃の才能があって、それを見てみんな奮い立ってくれたんだ」


「……」


「正直、雁ノ巣に来た時は早くても一年は掛かると思ってたんだ。でも半年でここまで来たんだ。間違いなく紗菜のお陰だ」


「だからさ、病気でダウンした時の看病の事は気にしなくていい。それより」


「それより?」


「航空戦競技、紗菜も楽しめてるのかなって」


 それを聞いて少し笑い声が出てしまう紗菜。


「もちろん楽しいよ。転校してからずっと。隼人くんに声を掛けてもらってなかったら私……」


「コミティスの事ばかり思い出して、誰にも心を開けずに塞ぎ込んでたままで居場所も見つけられなくて……。もっと早くダウンして実家に帰ってたんじゃないかって」


「私、楽しいからこの部活続けているから大丈夫だよ。それにやるからにはやっぱり勝ちたいから……」


「ああ、だろうな。紗菜は負けず嫌いだもんな。でなきゃ、戦車の時だってあそこまで必死になったりするわけないもんな」


「や、やっぱりそう見えるよね。私、自分が思ってるよりずっと負けず嫌いみたい……」


 隼人の瞼に浮かぶのは、顔を埃と泥で汚しながら刺突爆雷を構えた、まるで戦女神のように神々しく凛々しい彼女の姿。


(馬上槍でも、急降下爆撃でも、間違いなく同じくらい研ぎ澄ませて集中して打ち込んでるんだろうな……)


「俺たちみんなの活躍を大勢の人に見てもらいたいんだ」


「う、うん」


「特に・・・・・・」


「特に?」


 思わず出かかった言葉を飲み込む隼人。


(変にプレッシャー掛けたらいけないもんな)


「あ、何でも無い。それと今更も今更だけど、あれから特に言われてたりするのか?」


「うん。定期的に報告しているけど、何も言われてないよ」


 紗菜は毎週、自分の身の周りで起きたことを宗家に報告していたが、部活動について咎められたことはこれまで一度も無いという。


「お姉ちゃんからは思いっきり暴れてこいって言われたけど、おか・・・・・・、宗家からは何も」


 今回、大会に出場するとも伝えているが、約三十年ぶりの出場で初心者ばかりとも伝えていたからか、特に反応はなかったという。むしろ欧州に留学中の姉からは、出るからには大活躍して優勝してこいと発破を掛けられたという。


「そっか。実はオレも紗菜のお姉さんに同意だ」


「え?!」


「やるからにはてっぺん目指す!みんな活躍すりゃ絶対できる!」


「うん、そうだよね。私も自分の仕事、きちんとしなきゃ」


「そういうこと!」


 笑い合う二人の頭上はプラネタリュウムのような雲一つ無い星空。頬を撫で、髪を優しく揺する心地よい涼しさの潮風。


 今のところ憂う材料も無く、雁ノ巣の若鳥たちは明後日に迫った全国デビューのその時に備え、和気藹々と支度を調えていった。

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