第十二話 いざ大舞台 C
満面の笑みで二人を激励すると、そろそろ自分も準備があるからとルウは駆け足で去ってしまった。
「わわわ……。私まで凄い方に激励されちゃいました……」
衝撃のあまり聖子はまるで金魚のように口をパクパクさせていた。彼女がこの競技に本格的に興味を持ったのはほんの数か月前だが、学べば真っ先に同じ競技、同世代でその先頭を走る彼女から激励を受けてしまったのだから無理もない。
「大丈夫です。私も気負っちゃいますけど、一緒に期待に応えましょう!」
「は、はい!もちろんですとも!」
戦闘機の空戦競技は参加者が多いこともありまだ一回戦が続くが、参加者数が少ない雷撃競技は早々と終了し、次の種目、難易度が高い反跳爆撃競技が開始された。
「団体競技でもゴールが船舶の時は反跳爆撃ができると戦術の幅が広がるからな」
そう隼人が説明する間に、B-25ミッチェルが投下した特殊爆弾が水面を飛び跳ねて的のブイを直撃すると、その一撃に会場が大きく沸く。
「凄いね。私たちも頑張ってみようよ」
「そうだよね。あんなに盛り上がってくれるんだもん」
それまで楽しさ最優先の喫茶同好会の面々が、反跳爆撃の習得に熱心になったのはこれがきっかけであった。
とはいえ反跳爆撃は参加機体が少なかったので早々と優勝を決めて終了。ほどなく急降下爆撃の競技が開始された。
順番を待つ機体はほとんどがA-1スカイレーダー。戦闘機並みの運動性能を誇りながら四発機とほとんど同等の爆装が可能であり、本格的に生産されたのが大戦後のため機体も部品も豊富なので、急降下爆撃の競技では最も多用される機体であった。
「やっぱり単座か、複座式の機体でも選手はお一人ばかりなんですね」
『急降下爆撃の競技って、相方を乗せる乗せないは自由だけど、まあ離陸して“の”の字にぐるっと一周して爆撃して戻るだけだから、ほとんど誰も相方なんて乗せないし、そもそもその相方自体がいないからね』
とは紗菜が、かつてルウから教えを受けた際に言われていた事。その時のルウの表情が寂しげだったのを紗菜は鮮明に覚えていた。
「始まりましたね」
最初の選手が離陸し、標的のある場所まで向かう。以前ルウが言っていたように移動時間は五分と掛からぬ近距離なので、迷うこともないので後部機銃はもちろん航法担当も不要なのは一目瞭然だった。
(やっぱり周囲を気にしなくていいんだ)
ルウに伝授され、日々の練習でも常に周囲からの妨害を念頭に置いている二人には、移動中の様子を見るだけでも同じ急降下爆撃を行うとは考えにくいと受け取っていた。
機体は高度を上げながら標的を目視できる位置に達し、猛然と降下を開始する。突入角度は50度以上であれば良く、それを守れていれば標的の中心に命中させられるかが問われるのみである。
「さすがに思い切りがいいです!」
命中を優先させるためか、この選手はかなり垂直に近い角度で降下。そして爆弾を投下した。
「映像が切り替わりました!」
大画面には標的の直上からの中継に切り替わり、投下された爆弾が海原に浮かぶ標的の円の内側に着弾したのを映していた。
「75ポイントです!」
スカイレーダーが見事な急降下爆撃を決めて華麗に飛び去る。使用するのは炸薬が全く入っていない徹甲弾なので当然派手に爆発はしない。この競技はゴールの、より中心に命中させてポイントを稼ぐのだ。
「確かにこっちに慣れてしまたら、団体総合は嫌がっちゃうでしょうね」
戦闘機は個人と団体の掛け持ちが多いが、爆撃機にその例がほとんどない。何故なら爆撃の個人競技は選手の爆撃技術のみを競うが、団体総合はそれより遥かに長い距離を飛び、戦闘機や対空砲火の妨害を受けつつゴールを狙わねばならないので全く内容が異なるからだ。
「あ、次は柏葉選手です!」
柏葉ルウとテルの姉弟は今大会では唯一の相方付きでの参加。本来ならルウ一人でも問題はないのだが、彼女は相方が乗っていないと気分が乗らないからと、頑なに二人乗りで競技に臨んでいた。
「姉さん、こっちはいつでも!」
「テル、今日はライバル候補になってくれる紗菜っちと相方ちゃんが見てるんだぜ」
「じゃあ、見事なお手本、見せてあげなきゃだね、姉さん」
「そう言う事!!」
単座式の機体ばかりになってしまったこの競技では珍しくなってしまったJu 87 シュトゥーカ、それも二人乗りでの参加はこの十年間で柏葉姉弟のみ。当然周囲からの注目も、奇異の視線も他の選手の比ではないのだが、それをねじ伏せてきたのがこの二人である。
「さあ、いくぞ!」
風を捕らえるというよりも、自ら王者の風を吹かせて天空に舞い上がるJu 87。この夏の大会では団体総合に学校自体が出場しなかったためか、二人はあえて周囲からの妨害があるのを念頭に置いたような動きをしながら目標高度に上がっていく。
「いっちょ、ぶぁーっといこう!」
それは空中で動きが止まり墜落するかの如く、だが手綱を離さず獰猛な獣の如き風と重力を見極める隼のように。標的に向かって一直線に突き進む。
「今!」
「応!!」
垂直から水平に強引に重力と風に抗いねじ伏せた二人は瞬く間に離脱。そして放たれた一弾は標的にほぼ中央を、文字通りに射抜いていた。




