第十一話 炎は天に B
一木はそれを聞いて高らかに大笑い。
「確かにあの時代だと製造技術の問題で部品の精度が良くなかったとか、水冷エンジンの取扱に不慣れだったから難物扱いされたそうだけど、もちろん今は何の問題もないよ!」
大きく胸を張って仁王立ちする一木。
「いくら当時は技術的に製造が難しかったって言っても、今なら部品は遥かに高精度で頑丈なのが手に入るし、燃料や潤滑油や冷却水だって比べ物にならないくらい高品質のものを好きなだけ使えるようになってるのが一つ」
この機体に限らず、航空戦技で使用される機体の部品や燃料、潤滑油等々は、すべて協会の基準を満たしたものを使わねばならなかった。
さらに現代で運用されるに当たって特にエンジンに関しては、馬力の向上には制限が掛けられていたが、安全性の確保のために部品には当時品を遥かに上回る精度と強度が要求されており、これも協会の認証が得られなければ使うことができなかった。
「それに昔と違ってアタシたちはどんなエンジンでも整備できるように教育されてるから心配はいらないよ」
「言われてみれば確かに!」
雁の巣高校は空冷エンジン主体の日本の陸海軍機の比率が高いが、尚江のF4Fやランカスターなど国外機も多数運用しており、当然空冷水冷問わず部品もノウハウも充実しているので彗星の整備が問題になることはなかったのだ。
なお航空戦技に使用できる機体については、WW2までに開発されたエンジン・武装であれば、史実に無いカスタム改造も許可されており(審査がかなり面倒なので協会は酷く嫌っているが)、過去には三式戦飛燕にDB605エンジンに換装した機体や、そればかりかマーリンエンジンを搭載した改造機が出場したこともあるという。
「とにかく彗星は今までの九九式艦爆とは速度が段違いだから、早めに習熟しときな」
『はい!!』
早速、格納庫から引き出された新しい愛機に乗りこむ二人。
「機銃が大型化してます!」
機銃の変化にも驚く聖子。後方旋回機銃はこれまでの7.7mmから一回り大きな13mm機銃に強化されていた。
「前がすっきりして見える」
細長い水冷エンジンになったことで、視界が変化したことを実感する紗菜。
「じゃあ、さっそくいきましょう!」
「はい!!」
快音を上げて彗星は悠々と大空に舞い上がる。すると先に離陸していた鉄也の零戦が出迎えてくれた。
「性能チェックだ。ついてこい」
「了解です!」
機体の性能を確かめるため高度約5千メートルまで上昇してから水平飛行に移行。カタログ上、水平飛行で最高速度を出せるのはこの高度なのだ。
「彗星ならこいつに追いつけるはずだ。やって見せろ」
「はい!」
加速する零戦に追いつこうと、一気に加速する紗菜。
「うっひゃぁぁぁ!!」
「凄いっ!」
思わず驚嘆の声を漏らす二人。一気にフルスロットルで機体を加速させた紗菜たちに、急降下を思わせるほどの重力が掛かっていたのだ。
「さすが彗星だな」
並行して飛んでいた鉄也の零戦との差は見る見る詰まり、ついに追い抜かれてしまう。
「(時速)五百!五百二十!四十!五十!!」
これまで使っていた九九式艦爆の初期型とは最高速度で時速200km近く高速化していたのはもちろん、鉄也らの零戦と同等の速度に達していたことに驚きを隠せない紗菜。
「よし、何時もの通りやれ」
水平飛行を確認したからには、当然次は急降下である。その速度から標的への降下開始地点まであっという間だった。
「標的確認!降下します!」
「了解です!」
ほとんど垂直に近い角度で降下を開始する紗菜。九九式艦爆より頑強な彗星は遥かに凌駕する降下速度に耐え、瞬く間に高度を落としていく。
「ブレーキ!!」
ダイブブレーキを展開し精密に照準を定める紗菜。急減速の衝撃にも二人は耐え、爆弾倉の戸を開く。
「投下!!」
模擬弾が空を割いて標的に向かい、彗星は機首を一気に引き上げ水平に移行。強烈な重力の巨人の手が二人を包み押しつぶそうとするが、戦乙女たちはその圧力を跳ね除け離脱に成功する。
「命中!命中です!」
遥かに速度が増した状態からの急降下爆撃だったが、紗菜は初回から見事に標的に着弾させていた。
悠々と舞い戻った二人を、居合わせた面々は復活と新たな翼を得たことを満面の笑みと拍手で迎え入れる。
「エンジンの調子はどうだい?」
「はい!問題ありませんでした!」
軍事兵器として用いられていた時代では様々な問題からトラブルが多く稼働率も低かったと言われる彗星のエンジンだが、競技用として用いられている現代では馬力はそのままに、部品や燃料などの品質は比べ物にならないほど向上し、その上で整備も余裕を持って行われている。そのため彗星に限らず日本系の航空機は兵器としての現役時代を上回る能力と安定性を得ていた。
「……。コメットでいいかな」
「愛称ですか!いいですね」
彗星は彼女が愛馬に良くつけた名前。実家には転校前までの愛馬コミティス(彗星のギリシア語読みの一つ)が健在だったが、この艦爆に彼女は英語読みのコメットと名付けたのだ。




