第十一話 炎は天に A
真っ青な空から剣のような日差しが周囲を焼き、海原からじっとりと重たい潮風が吹き付ける。完全に梅雨は去り、地上は盛りに盛った灼熱の真夏色に染まっていた。
「皆さん、本当にご心配、ご迷惑をお掛けしました!!」
クーラーがよく効いた部室にいつものように集う面々。皆に向かって復帰の第一声と共に深々と頭を垂れる紗菜。この学校に来てだけでなく今の今まで病気で二日以上ダウンしたことが無かった彼女は本当に皆に申し訳なさ一杯で謝罪したのだが……。
「いいよいいよ。サボりじゃないんだし」
「大会前に復帰したんだから気にしないで」
周囲からは彼女にとって拍子抜けするほど穏やかな反応が。元々大会出場、勝利第一での活動ではなかったのが大きかったが、むしろ周囲の興味は他にあったのだ。
「さて、早速岩橋家で何があったか教えるクマ……」
「え?」
集まった面々の瞳が不気味に光る。周囲の興味はむしろそこにあった。
「食事はどうだったの?」
「誰が看病してくれたの?」
「隊長におかゆをフーフーして食べさせてもらった?」
「辰星さんの方から岩橋君に夜這いしたって聞いたけどマジ?」
「岩橋くんのお父さんに、息子さんを下さいって言ったって本当?!」
「ふぁ?!」
などなど矢継ぎ早に質問が飛ぶが、数よりも内容の飛躍に驚き戸惑うばかり。いや、確かに岩橋家での四泊五日の間で紗菜が高熱からの無意識でしでかした事は多々あったが、明らかに話尾ひれが付きすぎていた。
紗菜の状況は誰もが気にかけていたことだが、皆に向けて最も情報を発信していたのは隼人でも純でも鉄也でも聖子でもなく尚江。彼女が滞在中に起きていた事を、実態と乖離させず、だが解釈の余地が有り余る表現で皆に伝えていたのだ。
(あー、妹さんの作戦は効果てきめんみたいですね……)
赤面して狼狽する紗菜の様子に思わず苦笑いしてしまう聖子。尚江本人は一切口に出していないが、彼女が兄と紗菜をくっつけようと、機会を見ては策をめぐらせているのは明白で、今回は特に周囲にも本人にも効果が出ていたからだ。
(まあ私も加担するのはやぶさかじゃないですけど……)
「みなさーん、と、とにかく練習しましょう!」
「そ、そうですね」
見かねた聖子が助け舟を出してその場をおさめ、気を取り直して格納庫に向かう二人。
すると格納庫の前でツナギ姿の偉丈夫が仁王立ちで待ち受けていた。それは三年生の整備長、一木詩麻。彼女は整備課の“マム”と呼ばれ、生徒たちはもちろん教員たちからの信頼もぶ厚い肝っ玉系の女傑だった。
「辰星ぃ!草江ぇ!」
『は、はい!』
がっしりとした体格から出てくる太めで良く通る声で呼ばれると、二人とも思わず怯んでしまう。
「二人とも、あと十日で大会で悪いけど、こいつに乗り換えてくれないか?」
「こいつ?」
案内された先には見慣れない機体が鎮座していた。その機体のサイズは九九式艦爆とほとんど変わらず、翼の先端が切られた形状になっている分小型になったように見えるほど。だが機首に据え付けられていた細長く、下に口が開いたエンジンが外見から俊敏になっていることを思わせていた。
「こいつは艦上爆撃機、彗星さ。今までお前さんたちが乗ってた九九式艦爆の後継機で、速度も搭載量も頑丈さも段違いだよ」
『!!』
「この飛行機、彗星っていうんですか?!」
「そうだよ。厳密には彗星二二型甲、D4Y2a改。カタパルトからの射出にも耐えられる、シリーズの中でも特に頑丈な機体だ。急降下爆撃で無茶できるお前さんたちにはピッタリだろ」
機体の名に反応した紗菜。
「私、実は箒星が好きで……」
「そうかい!性能も名前もお前さんぴったりじゃないか!」
雁ノ巣には多数の機体が分解状態で保管されていたが、本格的に競技部をスタートする際に、性能よりも扱いやすく整備が容易な機体を優先して、とにかく数をそろえる方針を立てていた。そのため他校ではエース級に回される機体は後回しにされていたのだが、想定以上に部員がすぐに集まり、学校からの支援体制も整ったことで予定よりかなり早く高性能機のレストアが行われていたのだ。
「この彗星は岩橋がなるだけ早くレストアしてくれって頼まれたんだ。“切り札”には用意できる最良の機体をってね」
(隼人くん・・・・・・)
メンバーが揃ったときから隼人は常々、このチームの切り札は紗菜と聖子の急降下爆撃だと語り、訓練も機材も、表裏問わず熱心に進めていた。そしてこの彗星こそが、現時点でこの雁ノ巣が用意できる最優良の急降下爆撃機だった。
(本当に微笑ましいくらい妬けるねぇ・・・・・・)
二人が盛り上がる中、聖子は機体をしげしげと眺めていた。この学校の機体は樽型の空冷エンジンばかりなので、水冷エンジンの細長い機首は特異に見えるのだろう。
「あ、あの?」
「どうした草江」
「少し調べた事があるんですが、彗星ってエンジンに問題があった機体だそうですが、そっちは大丈夫なんでしょうか?」




