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第十話 箒星が舞う前に H



「インフルじゃないそうです……」


 医師から検査の結果が告げられた紗菜。高熱の原因がインフルエンザではないとのことだったが、体力が落ちているのでしばらく熱が長引く可能性が高いと言われたという。


「だから……家で安静にしていなさいって言われました……」


「家か……」


 しかし今の紗菜はワンルームで一人暮らしなので、丸一日付き添って看病してくれる者はいなかった。


「だ、大丈夫です……。一人で寝ていれば……」


「ダメよ。きちんと看病してくれる人がいないと」


 一人で大丈夫と言い張る紗菜を心配する居合わせた面々。


「でも辰星さんの実家は熊本だから遠すぎるし……」


 連絡を取って身内に来てもらうというのが困難なことは全員察していたので、それを提案する者はいなかった。と、そこで尚江が口を開く。


「あの、辰星先輩。だったらうちに来ませんか?」


『ふぇっ?!』


 尚江の提案に声を揃えて驚く紗菜と聖子。しかし同席している純と鉄也はまるで動じない。


「そうよね……。確かにそれが一番でしょうね」


「ああ。それがいい」


 あまりにも当然という二人の反応に紗菜は茫然、聖子は口をパクパク。


「で、でも……」


「オレの家なら問題ないよ」


 岩橋家で養育されていた鉄也と純の部屋はいつでも戻れるように最低限は整えられたままになっており、その上でさらに空き部屋もあれば、何より来客用の離れ部屋まであるという。


「ご心配なく。お兄ちゃんだけじゃなくて私も居ますし、今は夏休みだから上京してる麗香お姉ちゃんも帰ってきてますから!」


「夜は私も泊まれるから大丈夫よ」


「でも私は病気で……」


「感染力が強いわけじゃないから問題ないさ」


「で、ですけど……」


 再三渋る紗菜に隼人はたたみかけるように尋ねる。


「紗菜、熱にうなされながらで、きちんとした食事の準備や着替えに洗濯まで自力でできるのか?」


「……」


 そう言われると返事に窮してしまう。


「親父は昨日から出張でしばらく戻らないから気にしなくていいし、男の俺が家にいるのが気になるなら、俺がその間は離れればいい」


「そ、そこまでしなくても……」


「紗菜さん、ここは岩橋くんたちの提案に甘えたほうがいいと思います。あそこは普段はともかく、体調を崩したときにいいとは言えませんから」


「わ、わかりました……」

 

 聖子も紗菜の説得に入ったことでとうとう折れてしまう。こうして紗菜は完治するまで岩橋家に寝泊まりすることになったのだった。


「よし、じゃあ手分けして準備だな」


 事態が事態なので、隼人は自宅に戻っている姉に一報。岩橋家の長女麗香は二つ返事で了承。離れの確認と同時に、父親の社用車の運転手に頼んで迎えに出てもらったという。


「それじゃあ草江さん、辰星さんの部屋に行きましょう」


「ですね」


 車が来る前に二人はここからほど近い紗菜の部屋に、数日分の着替えを確保しに向かう。尚江はいっそ新品を用意しようと提案したのだが、さすがに紗菜が断ったのだ。


「牧山さん無理言ってすいません」


「おかまいなく」


 病院の玄関に最上級の国産車が到着。この車は会社の社長の隼人の父の専用車でこの週は海外に出ているので会社で待機していたので頼んだのだ。


 隼人は紗菜を軽々と背負って車に乗せる。


「それじゃあ、場所は指示しますからそこで」


 そのまま紗菜のワンルームの玄関先に到着すると、純と聖子が荷物を鞄に詰めて待っていた。


「草江先輩、せっかくだから来て下さいませんか?」


「わかりました!」


 宿泊はともかく、紗菜のことが心配なのと、岩橋家に足を踏み入れられる機会だからと聖子は同行することに。


「隼人、私は部活に戻るから」


「すまない、本当に助かる」


 例によって純と鉄也に他の面々の指導を隼人は頼む。


 かくして高熱に倒れた紗菜は、療養のために岩橋家に向かうことになったのだった。

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