第十話 箒星が舞う前に D
「あ、こっちみたいですよ~」
空戦部の方に来たのは聖子と紗菜。二人は船上でユニフォームを脱がず、更衣室で脱いで水着姿になってきたのだ。
「わぁ!」
大きな歓声を挙げたのは尚江。その声を聞きつけて、周囲から大勢集まってきた。
聖子は黒と濃緑のハイネック系で、紗菜は白地に薄く花びらの柄が描かれたワンピース系だった。聖子の水着はこの中では左程際立つものではなかったが、普段プライベートさえ上品にして左程着飾らない紗菜が、可愛らしいワンピース系の水着姿で現れたのは誰にとっても意外だったのだ。
「辰星先輩、意外です!すっごく可愛い!!」
「あ、ありがとうございます……」
実のところ、皆は聖子はともかく紗菜が着てくるのは学校指定のものか、ウエットスーツばりに手足まで覆うようなものではないかと予想していただけに、可憐というより可愛らしいものを着てきたことに驚きを隠せなかったのだ。
『辰星さんかわいい!』
『ほんとほんと!』
大勢から囲まれて可愛いと褒められて照れる紗菜。
「でもどうしてこれを?」
尚江の問いに気恥ずかしそうに答える紗菜。
「昔からずっと可愛らしい水着に憧れてたんです。だから今年は思い切って……」
私服については実家でも極端なものでなければ咎める風潮でなかったので特に鬱屈してはいなかったが、水着は小学校以降は授業の水泳と実家での水練でしか着る機会が無く、それ故に実用に即したもの以外は購入してこなかったという。故に実家の、特に宗家の目が届かないここならばと思い切ったというのだ。
「……、なるほど」
隼人は感心したようにまじまじと紗菜を見ていた。
「あ、あの……」
「……」
戸惑う紗菜だが隼人は全く意に介す様子はない。隼人の眼は、まるで美術品を鑑賞するかのように視線を彼女と同じくらいに落としたり、くるりと一周してみたりと興味津々の様子。
「……。うん、いいな」
「ああ、すごくいいよそれ。似合ってるよ、うん」
「あ、ありがとう……」
しかしその賛辞は明らかに同年代の異性に対してではなく、美術品に対する感想だった。
「よっし!みんな水着でそろったんだし、しばらく泳ごう!」
『おー!』
こうして空戦部の面々でしばらく泳ぎに出ることに。現在のメンバーで泳ぎが不得手な者は皆無だったので、一塊で足が付かない地点まで出たり、戻ってきては波打ち際でボール遊びに興じたりして夏の海を大いに楽しんだ。
『全員集合!!』
気が付くと時刻は正午前に。陸からスピーカーで全員に集合の合図が告げられる。
「さあ、昼はバーベキューだ!」
各々が海水浴で上昇したテンションを維持したまま昼食のバーベキューが開始される。女子率は高いが男子中心に食べこむ者も多いので肉率も高く、さらに付近で捕れた新鮮な魚介類も香ばしい匂いを出して焼かれていた。
「みんなー!近所の漁師さんたちからの差し入れだからな!」
志賀島で漁業を営む雁ノ巣OBから、今度数十年ぶりに団体総合に出場すると聞いたので激励のために差し入れされたという。ほかにも大会出場が決定してからは、近所やOBたちからの激励・支援が影日向に行われているのだ。
食後に園芸部からゲームを行いたいと言われていたので皆は興味津々だったのだが出てきたのは……。
「おーい!スイカ持ってきたよ~!!」
園芸部はたくさんの大きなスイカを抱えてきた。それは彼女たちが栽培していたものだった。
「いいのか?!こんな立派なのを?」
「いいのいいの!みんなで楽しむために育てたんだから気にしなくていいお!」
ボタンに言わせれば、今年は大勢で派手に海水浴に行くだろうからと、事前に栽培していたのだという。かくしてみんなで大騒ぎしながらスイカ割りに移行する。
「準備完了!」
砂浜の上にブルーシートが広げられ、中央に大きなスイカが鎮座。
「一番バッターに辰星さんやってよ!」
「い、いいんですか?」
目隠しして棒を額に当てて十回回ってスイカに向かう訳だが、幼いころからこの手の鍛錬を積んできた紗菜はこの程度でフラつくことなく、しっかりとした足取りで聖子に指示された通り真っ直ぐにスイカに向かっていく。
(さすがよね)
(構えから違う)
観衆は皆、紗菜の武人然とした動作に息をのんで注視していた。
「そこですー!」
武門の家に生まれ、馬上槍だけでなく刀や弓の扱いまで叩き込まれていた紗菜は、得物が棒であっても両手剣を構えた剣士の如く威風堂々凛として構える。そして……。
「てえぇぇぃ!!」
一切の躊躇なく縦一文字に棒を振り下ろすと、スイカは棒で打たれたにもかかわらず、バラバラに砕けず見事に両断されていた。
『おお~~~っ』
『すごいすごい~~!!』
誰もがその見事な技前に驚嘆の声を漏らすか歓声を挙げて拍手していた。
「すごいよ!」
「感動しました!」
それから先はスイカを皆で大騒ぎしながら割っていく。割ったスイカは当然全員で食して処理。大半は整備課の男子たちが女子が割ったスイカを嬉々としてがっついていた。




