第十話 箒星が舞う前に B
大発はメンバーを乗せて浜から離れていく。博多湾内ではあるが、流されてしまわないように張り巡らされているネットの果てまで向かうのだ。
「本当は実際を想定して沖でやりたかったんだけどな」
隼人としては海水浴エリアや博多湾内ではなく玄界灘に出て訓練したかったようだが、さすがに危険だからと止められていた。そのつぶやきが聞こえた面々は苦笑いを浮かべているが、聞こえていない大多数はテンション高く談笑に大盛り上がりしている。
そんな隼人の呟きに苦笑いせずに、さも当然と紗菜が相槌を入れた。
「私もそう思います。私も水練と平常心の稽古の時には甲冑を着せられてから庭の古井戸に沈められてましたから」
『はいっ?!』
思わず声を合わせて聞き返す空戦部一同。その反応に驚いて笑顔で釈明をはじめた紗菜だったが……。
「あ、大丈夫です。水は検査して飲める水だって確認してますし、きちんとハーネスつけて引き上げできるようにしてもらってましたから」
「いや、そうじゃなくてさ……」
紗菜が冗談を言わない事は全員が承知していたし、彼女の実家が凄まじい鍛錬を行っていることも知っていたが、さすがに甲冑を着せて古井戸に沈める鍛錬には、己には過酷な鍛錬を平然と実施する隼人でさえ戦慄していた。
「なあ辰星、遮那王流は拷問を受けることを想定して鍛錬しているのか?」
真顔の鉄也の呟きにようやく自分の教練が一般とかけ離れてたことに気が付く紗菜。
(や、やっぱり私の家って……)
「ま、沈んでなお平常心保てる鍛錬積んでるなら、いつだって沈着冷静でいられるってことだから」
そういって隼人は話題を逸らしたところで、大発は目的の位置まで到着した。
「全員注目!!」
さすがに全員が隼人の方を見る。それを確認して彼は説明を開始した。
「いつも座席の後ろに用意しているパラシュートのリュックともう一つ、救命胴衣があるのは承知してると思うけど、今からそれを使った訓練をするぞ!」
使うものは旅客機に積まれているのとほぼ変わらないもの。その場で渡され手順通りに装着して膨らませて準備を整える。全員が展開したのを確認すると、隼人は号令を発した。
「それじゃあ開始!」
隼人が足から海に飛び込むと、それを見て次々と面々も続く。
「ひゃっほい!」
「ハハハっ!」
「みんな、これは訓練だからな!」
ともあれ全員が海に入って、浮きに繋がれていたロープにつかまる。
泳ぎの得意不得意を問わず、この競技に参加するためには所定時間の訓練は必須になっているので十分ほど立ち泳ぎの訓練を行うことに。
「なんかユニフォーム着てると泳ぐ感覚違うね」
「靴も邪魔だよね」
喫茶同好会のモカ、ルフナたちは浮きロープに捕まりながら立ち泳ぎ。他の面々からも泳げる泳げないを問わず、殆ど全員が着衣したまま海を漂うことの違和感を口にしていたが、脱いでしまっては訓練にならないので、全員着衣のまま立ち泳ぎを続ける。
「みんなー!ここは遊泳出来る場所だから波もこの程度だけど、外海に落ちたらとてもこんなものじゃないからねー!」
当然のように海の怖さを承知しているボート部の櫂や舵らが時々注意するが、大半の者は話半分な態度で楽しそうに海の上での談笑に興じていた。
「まったく。いざって時にパニック起こさなきゃいいけど……」
ともあれ定められた時間分の訓練を行ったので、一人ずつボートに引き上げられていく。
「重っ!」
上がった直後に皆は口々に違和感を口にする。海水をしっかり吸ったユニフォームは重たくなっていたのだ。
「陸に上がってから洗濯するからそれまで……」
だが、言い終わる前に動きがあった。
「面倒だからここで脱いじゃうお!」
園芸部のボタンは人目憚らずユニフォームを脱ぎだした。
「ちょっとボタン!」
上着を脱ぐとニックネームの通りに牡丹のような鮮やかな色をしたフリル付きのトップが姿を現わした。
「どうせみんな下に水着を着てるんだから、遠慮しなくていいお!」
「だよね」
「着ていても重たいし」
ボタンが水着姿になったのを見ると、他の面々も悉くその場でユニフォームを脱ぎ始めた。
「みんなよくやるよな……」
感心と呆れの声を漏らす隼人。確かに乗船しているメンバーの大多数は女子であり、かつユニフォームの下に水着を着こんでいるにせよ、同年代の男子の眼前で堂々と脱ぎ始めたことには驚きを隠せなかった。
「ま、それだけ無害だって思われてるってことよ」
純がさも当然のことだと呟く。実際、男子は光一らはすでに鉄也が着衣の上での水練を定期的に課しており、機甲戦部やプログラミング部は飛行機に乗らないので浜辺で待機していたので、参加しているのは隼人と鉄也のみ。そして二人が安易に手を出してこないことは全員が承知しているので、女子の大多数は遠慮なく船上でユニフォームを脱いでいるのだ。
そんな皆の様子を脇目に、濡れたユニフォームを脱がない聖子と紗菜。
「紗菜さん、脱がないんですか?」
すると紗菜は思い切り照れてしまう。
「わ、私はここで着替えるのはちょっと……」




