第十話 箒星が舞う前に A
「あれ?」
気が付くと紗菜は見知らぬ天井を見上げていた。窓の外からはけたたましくクマゼミとアブラゼミの合唱音が日差しの効果音のように降り注いでいる。
「……ここは?」
気配が感じた方に顔を向けると、ぼやけた視界の先に複数の人の姿が浮かんできた。
「ここは病院だよ」
最初に教えてくれたのは隼人の声。かなり心配の色が濃い。
「熱出してふらふらしながら部活のために学校まで来るなんて、本当に無茶しすぎですよぉ……」
半泣きの声で右手を握ってくれたのは聖子。視界が整ってくると、空戦部の面々が揃っているのに気が付く。
「い、いけない……」
体を起こそうとする紗菜。しかし身体は鎧を着せられたように重たい上に強烈な頭痛まで襲い掛かり、上体を起こすことさえできなかった。
「無理しないでください!」
聖子の懸命の懇願。
「今は点滴中だから、もうしばらく寝てるのよ」
「す、すいません……」
呆れたような純の声に頷きつつ左腕を見ると点滴が繋がっていることにようやく気が付いた。
「わたしは……」
「学校に来るなりひっくり返っちゃったのよ貴方。だから急いで病院に運んだの」
幸い零式水上偵察機の準備ができていたので、最寄りの海沿いの病院まで水上を滑走して運び込んだという。
「熱中症じゃなくて夏風邪だそうだ」
隼人が自分の病状を教えてくれると再び目を瞑る紗菜。開いた時間はわずかだが、すでに目を開けているのが辛くなっていた。
(どうしてこんなことになったんだっけ……)
紗菜は思考をゆっくりと過去に巡らせ始めた……。
紗菜が病床に伏す三日前。夏休み初日のこの日は紗菜たちは朝からGPSに頼らず離島を巡る訓練を行っていた。
「お帰りなさい!」
「お疲れ!」
日は傾き始めていたが、なお強く照りつける強烈な太陽光線の下、着陸した九九式艦爆を迎える岩橋兄妹。
「ありがとうございます」
「ほとんど予定通りの帰着だったけど順調だった?」
「はい!聖子さんのナビゲートのお陰です!」
「そ、そう言って頂けると……」
それも隼人、鉄也、純、尚江らの熟練メンバー不在で。しかし熟練メンバー無しでの初めての長距離移動で草江聖子は最も正確に自分たちの位置を割り出し、ほとんど最短ルートで移動することができたのだ。続々と帰投する他の機体の面々も一様に草江のナビゲートに驚嘆していた。
「草江さんの先導のお陰で、今回は一度もアラーム鳴らなかったんだよ」
各機とも訓練飛行の際は、設定した航路から逸脱しすぎると警告が発せられる装置を使っていた。今までは数回鳴らせていたが、今回は皆無だったという。
「すごいよ草江さん!」
「これで試合中に場所がわからなくなる事はなくなったよね」
皆からの賛辞を浴びて、照れに照れてしまう聖子。
「いやぁ……それほどでも……」
(聖子さんを活動に誘って本当によかった……)
その様子を見て我が事のように喜ぶ紗菜。自分が招いたパートナーがその才覚を絶賛されるのを見るのが嬉しくてたまらなかったのだ。
翌日は学校の向かいの浜辺に全員がユニフォーム姿で揃っていた。これにも無論理由あってのこと。
「よーし!今日は本番に備えて着衣で水泳の練習をするぞ!」
『おおー!!』
練習試合はともかく、大会の場合は競技空域の確保が問題になるため日本国内での開催は離島が大半となってしまう。そうなると当然、試合空域の大半が海上になるので、エンジントラブル等が原因で海上に着水してしまうこともしばしば。そうなった時に脱出しても溺れてしまってはいけないので、着衣での水泳訓練は必須となっていた。
「もちろん終わったら水着に着替えて、好きに泳いでいいからな!」
『おお~~!!』
そのまま浜辺に乗りつけていた船に乗り込む面々。船の前方には展開式の踏み板が備えてあるので浜辺からでも容易に乗り込むことができる。
そう、ボート部が持ち込んだのは十四米特型運貨船、すなわち大発動艇であった。
「これだと大人数、一度に連れて行けるからね」
事前に沈めておいた碇を巻き上げると、その反動で船体が海に向かって動き出す。上陸作戦のために開発された船だけに、砂浜からの離岸はまさにお手の物だ。




