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第九話 車上の槍騎士 F

『いよっし!』


 未生たちはガッツポーズを思わずとっていた。雁ノ巣機甲戦競技部の高等技“砲身切除”が見事に決まったからだ。


 通常の一騎打ちの機甲戦競技であれば主砲の喪失は相手を撃破する手段の喪失であり、即座に判定負けが下される場面である。


 しかしこの競技の素人であり、かつ他に攻撃手段を有していた二人には……。


「車体は問題ない!」


「わかりました!いきます!!」


 惰性での前進から一気に加速するテケ車の砲塔から身を乗り出した紗菜。その姿を見て目を疑う未生。紗菜は馬上槍用のヘルメットを被っていたからだ。


 さらに紗菜は車体右側に取り付けてあった刺突爆雷をその手に握る。彼女の身長の倍ほどある上に前方に特に重たいこの刺突爆雷だが、現代の特殊な形状の槍を用いる馬上槍試合で槍の扱いに手馴れていた紗菜には何の苦にもならないどころか手足のようなもの。


「凄い……」


 その光景に釘付けになってしまう未生。紗菜のその姿は騎士そのもの。これが決闘であることも忘れてその傍からはドン・キホーテにも見える相手に見惚れてしまっていたのだ。


「!」


 突如III号の車体が激しく上下左右に揺れて動き出す。右の履帯を失い、まともに動くことができないにもかかわらず、強引に後退しようとしたのだ。


「多々良未生!」


 絶叫したのは運転手の御笠川ユキナ。日頃はもちろんこれまで一度として吠えたことがない彼女が声を荒げて叱責したのだ。


「未生ちゃん!どうしたの?!戦ってるんだよ!!」


 さらに樋井かのこまでも叱責に加わった。


「装填完了済みだ!」


「次は当てます」


 健太も仕事を済ませ、矢部も号令一つの体勢。その声を聞いて未生は大きく吠えた。


「みんなありがとう!」


「あと少し!」


 直線で狙われぬよう小刻みかつ不規則に強引にジグザグ運転を続ける隼人。いくら足回りが強化されているとはいえ、足回りは悲鳴を上げている。


(チャンスは一度!)


 テケ車と相手の状態を見てもチャンスは一瞬一撃のみ。馬上槍試合でも特に緊張と重圧が掛かる瞬間だが、それをこれまで傍からは華麗に、自分的には何とか無様でも必死にやり遂げてきたのが辰星紗菜。そしてそれは車上槍だろうと急降下爆撃だろうと彼女にとって何らの違いはない。


(来る!!)


 それは本能的な察知。相手からの殺気が何処に向かっているのか五感で感じ取った紗菜は、隼人の右肩を小刻みに揺らして意思を伝える。


「了解!!」


 隼人が右旋回を仕掛けるのとほぼ同時にIII号の主砲が閃光を放つ。音速を超えた砲弾は紗菜の右下をかすめ、遥か後方の大地に突き刺さって炸裂する。


「後退!!」


「逃がすか!!」


 姿勢を立て直して一直線にIII号に進路を向けるテケ車と、それに対して最も装甲の分厚い正面を向けるIII号。対戦車兵器の刺突爆雷であっても、装甲が最も分厚かったり手元が狂って弾かれてしまっては撃破判定が出ずに自滅してしまう。


「!!」


 声なき声を上げて槍を脇に構える紗菜。隼人は彼女と同じ景色が見えているかのように最大速度でIII号の真正面に突撃する。


「対ショック防御!!」


 未生が砲塔に潜って指示を出した直後、テケ車はIII号に接触する寸前で向きを変え終える。


「てぇぃっ!!」


 その刹那、紗菜は刺突爆雷から飛び出た二本の穂先をIII号の車体と砲塔の僅かな隙間に突き立てる。その衝撃で穂先は途中で分離し、そのままテケ車は走り抜ける。そして……。


 ドズン!!


 はるか観覧席の窓からでも結果を示す印を目にすることが可能だった。


「見てください!ピンク色の煙の柱が!!」


『勝負あり!!』


 ピンク色の煙がIII号から濛々と立ち上る。それはIII号の撃破を意味する煙であった。


『やったぁ!!』


 観客席の空戦部関係者と決闘場を提供した園の関係者たちが一気に沸き返った。


「紗菜!!」


 林道に突入寸前で停止するテケ車。止まるとすぐにハッチを開けて隼人は紗菜の方を見る。


「ぷはぁっ!!」


 ヘルメットを脱いで顔に沢山付いていた汗を振り払う紗菜。汗の雫はまばゆい日差しを反射してシャンデリアのようにきらきらと美しく光り輝く。


「隼人くん!」


「ああ!やったな!」


 隼人の満面の笑顔とサムズアップで結果を知った紗菜もまたとびきりの笑顔を浮かべると、二人とも車体から身を乗り出して満面の笑顔で両手でタッチ。


「多々良さんたちは?!」


 気になって後ろのIII号の方を向く紗菜。


「大丈夫だろ」


 ほどなく、III号戦車の車内から、機甲戦競技部の面々が這い出てきた。


「確認するわ!みんな怪我は無い?!」

 

『ケガ無し!!』


 全員の状態を見てうんうんと頷く未生。程なく駆け寄ってきた紗菜と隼人の方を向いた。


「やってくれたじゃないのアンタたち!」


 負けたもののそこに後悔の色はなく、実にすがすがしい笑顔を見せる未生。


「完敗よ完敗!清々しすぎて笑うしかないじゃない!」


 ケタケタと大笑いしながら未生は紗菜の両肩をその両手で何度も叩く。


「辰星紗菜!貴方って本当に凄いわ!戦車に乗って刺突爆雷で相手を潰すなんて前代未聞よ!本当にかっこよかったわよ!」


「あ、ありがとう……」


 少し照れてしまう紗菜。互いに土埃と硝煙と海からの潮と汗などで汚れていたが、双方それが普通なのだと気にすることなく互いの健闘を称えあう。そんな二人を見て満足げに頷く隼人と、疲れた様子で眺めるだけの機甲戦部の面々だった。




「そんなわけで負けたからには約束通り、アンタたちに全面協力したげる!」


 決闘が終わっておよそ一時間後。ハイスピードで車体の回収と、決闘参加者の入浴が終わると、今度は観覧席がパーティ会場に切り替わっており、両者が揃って菓子とジュースの山を貪り食らっていた。


「ああ、本当に助かる!」


 両代表が何度も乾杯を繰り返すのを尻目に、双方の他の面々は互いに労をねぎらい合っていた。


「そんなわけで紗菜!これからよろしくね!」


「は、はい多々良さん……」


「私のことは未生でいいのよ!」


「は、はい未生さん」


「これからはゴールは責任もって私たちが守ってあげるから、気兼ねなく相手のゴールをぶっ潰してきなさい!」


「わ、わかりました!」


 気おされて微笑を浮かべる紗菜と、ニコニコと満面の笑みの未生。未生にとって紗菜は意識してしまう敵ではなく、思い切りぶつかり合って理解しあった友となっていた。


「とにかくこれで、戦力は揃ったんですよね!」


 キラキラと目を輝かせているのは尚江。


「そうね。飛行機の数も、対空戦力も数は揃ったから……」


 純の語りに光一が応じる。


「いよいよ全国大会!」


「そういうことだ」


 淡々と相づちを打つ鉄也。


「だから指導をもう少し厳しくする。時間は少ないからな」


「ま、まじっすか……。あれ以上……」


「そうよ。即席で戦力になってもらうんだから」


 目に見えて落胆する光一に苦笑いする征二。


「紗那さん!私も基礎課程は終わらせましたから次からは!」


「はい!一緒に!!」


 こうして機甲戦競技部の全面協力を取り付けることに成功した航空戦競技部。航空機と対空戦闘用の機材をそろえ、さらに頭数をそろえることに成功した隼人たちは、現実のものとなった全国大会出場を前に、さらに練習に励むことになるのだった。

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