第九話 車上の槍騎士 E
「もうすぐ(視界が)開ける!」
テケ車に遅れること二分ほど。未生たちは煙幕のため狭く入り組みと勾配がある坂を登りあがるのに時間が掛かっていたのだ。
「射撃用意!」
「了解!」
砲弾は坂を登る際にすでに装填済み。何時でも発射は可能だ。
「登りあがってすぐの茶屋か?」
「(潜んでいる)確率は三割よ。だけど!」
この先の施設の配置と現状はすでに把握済み。そしてテケが車体を隠蔽できる場も当然想定済みなのだ。
「とび出たところを撃たれて負けなんて嫌でしょ!」
砲塔を左側に向けながら一気に登りきると、車体が丘に出た瞬間に発砲。砲弾はかろうじて体裁を保っていた和風の茶屋を突き抜けて、背後で炸裂し土煙を上げた。
「履帯の轍、丘の方!」
逃走時に履帯の跡を消す枝の束は捨て去った後なのでその痕跡はくっきりと残っている。その先にあったのは鉄筋コンクリート製の大型のトイレ施設。車体を隠し、III号の砲撃に耐えるには十分な場所だった。
「あそこね」
轍はつい先ほど形成されており、かつ方向は開始からの進行方向とは真逆。双眼鏡で確認したが、土の跡がその奥にも続いていないので、やはり大型トイレの裏側に潜んでいるとしか考えられなかった。
「回り込むか?」
砲弾を装填しながら健太が尋ねる。
「いえ、ここは待ちよ」
未生はそのまま居座るのを決めた。
「ここから向こうは丸見えよ。どう仕掛けようと対処できるんだから!」
未生の視線はテケ車が潜んでいると思しき建物に注がれていた。
対する隼人と紗菜。
「さて、向こうの布陣は完了。そして……」
「資材はこれだけ、ですね」
あらかじめ隠しておいたのは煙幕弾や小型ロケット程度。いずれにせよIII号戦車を一撃で仕留められる機材は置いていなかった。
「戦法は単純明快。飛び出したら体当たりするほど接近して側面攻撃。飛び出すまでの準備は完了済み。後は……」
「私の勇気……」
「俺もだよ」
「?!」
ハッチを開けて上半身を乗り出した隼人は右手を掲げて見せた。その手は小刻みに震えていた。
「震えが出てるならまともな証拠だ。まあ、武者震いってことにしておけばいいよ」
武者震いと聞いて思わず吹き出してしまう紗菜。理由は自分でもわからなかったが、なぜだか可笑しくて仕方がなかったのだ。
「それだけ笑えれば大丈夫だな」
「うん!」
強めの海風が吹き抜けてくる。海が直接見える場所ではないが、濃厚な潮の香りと鮮烈な日差し、真っ青な空と夏草のの濃い緑が眩しいほど。
「じゃあ行きましょう!」
「応!」
「!!」
テケ車が潜んでいた建物から濛々と薄紅色煙幕が噴き出してきた。
「来る!」
当然砲身を飛び出してくるであろう側に向けて照準を定めている。煙幕の向こうからであっても車体が出てくれば即座に発砲し撃破する寸法だ。
しかし直後にIII号の付近で異変が起きた。付近の茂みから勢いよく煙幕が噴き出してきたのだ。
「小細工!!」
しかしこの程度も想定内と微動だにしない未生。ほどなく建物の煙幕の向こうに車体が飛び出してくる気配を察知した。
「撃て!!」
III号の42口径5cm砲が火を噴き砲弾は目標めがけて音より早く直進し突き刺さった。
「?!」
直後に爆発が起きて煙幕が散る。しかし本来競技で用いる車両ならば如何なる砲弾が直撃しても撃破されれば特殊な噴煙が昇るだけで爆発など起きないはずである。それはつまり……。
「第一段階成功!!」
最も危険な、飛び出した直後に狙い撃ちされる状況を煙幕とダミーで回避した隼人と紗菜。ダミーは置き捨てられていた車輪付きのタンクで、視界不良の状況なら十分ダミーとして機能することができたのだ。
「行けました!!」
煙幕立ち込める中なので砲塔に完全に入っている紗菜。間合いを詰めて一気に決着をつけようというのだ。
「ちぃぃっ!」
手早く装填を済ませるが、機敏に動き回るテケ車に照準を定めるのは極めて困難。それでも未生は決断を下す。
「撃て!」
「っ!」
右足を踏み込んで隼人に方向を指示する紗菜。同時に右方向に進路を隼人が傾けると、そのまま直進していた場合の方向に弾着する。
「大分慣れたんだな!」
「はい!」
テケ車は車長が装填と射撃も行わねばならないので、射撃を行うためには砲塔に潜っていなければならない。紗菜は身を乗り出してでないと野戦の感が掴めなかったのだが、ここへきてほぼ掴めるようになってきたのだ。
「このまま一気に!」
「応!!」
方向転換で落とした速度を戻すべく、アクセルを踏み込んで最大加速し一気に間合いを詰める。
「外れたか!」
健太の装填は素早く、即座に砲撃態勢が整うが、素早く動き回るテケ車に照準を定めるのは容易ではない。
「当たって!」
逆に紗菜は動く車内から自分で照準を定めて発砲。その砲弾はIII号の右側の履帯に命中し、履帯を引きちぎり、車輪を複数吹き飛ばしていた。
「やってくれたわね!!」
右の履帯が機能しなくなっても全く身動きできないわけではないが、こうなると急速離脱は不可能である。
「もう一撃いければ!」
砲弾を装填する紗菜だが、相手の方が反応が早かった。
「いっけぇ!」
カウンターを放つIII号。隼人は危機を察知して車体を急旋回させた。
バキン!!
「!?」
激しい衝撃がテケを揺さぶる。砲弾は車体にこそ命中しなかったが、その砲身に命中し、砲塔からもぎ取ってしまっていた。




