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第九話 車上の槍騎士 A

 かくして迎えた決戦の日。早朝から快晴で梅雨明け寸前の刺さるような夏日が差し、日中の汗ばむ陽気どころか酷暑さえ予想できる天候。そこを力強く海風が吹き抜けていく。


 決闘の場所は学校から少し離れた海辺にある恋の浦という土地。かつてここには県内有数の遊園地が存在していたが、経営が破綻して売りに出された現在はオフロードやドリフト走行、カート競技場として開放される以外は閉鎖され廃墟が散在するばかりで、華やかな往年の面影はすでにない。


 入り口前に集っているのは航空戦競技部の面々。事前の取り決めに基づいて、車両のハンデを埋めるべく決闘の開始一時間前から事前に会場入りして設営を行っていたのだ。


「みんな、手伝ってくれてありがとう!」


 隼人の感謝の言葉に皆は笑顔を浮かべる。


「隊長!これだけ手伝ったんですから勝ってもらわなきゃ怒りますよ!」


「もちろんだ!入って間もない後輩に叱られたくないからな!」


 一同は大いに笑いあう。


「いよいよですね紗菜さん!」


 聖子の言葉に力強く頷く紗菜。


「はい。必ず勝って見せます!」


「お、相手も来たぞ!」


 そこへエンジンを蹴立てて会場のゲートを潜る機甲戦部のIII号戦車。未生が車長、遠賀が装弾手、矢部が射撃手、御笠川が操縦手、樋井が通信手という配置である。


 車内で未生は双方の車両整備を担当している御笠川に確認する。


「念のため聞くけど、向こうに小細工なんてしてないわよね?」


「していない」


 御笠川は淡々と返事した。事実、彼女は整備に関してどんな対象にも手抜きや意図的な工作など行うことは絶対になかった。さもなくば校内の私闘とはいえ対戦相手の車両の整備を相手からも任されるはずはないのだ。


「だったらいいわ!正々堂々、隼人のヤツを叩きのめしてやりましょう!」


 ゲートから坂を昇り上がって駐車場スペースに到着すると、そこには先に会場入りしていた空戦部の面々の姿が。当然テケの姿もそこに。


「ナニアレ?」


「な、なんじゃありゃあ?!」


 テケを見て驚く機甲戦部の面々。テケの砲塔にM9バズーカやパンツァーファウストがすぐに使えるように増設されたラックに格納されていたのは想定内だったが、車体に装着されていた装備に絶句していたのだ。


 車両から顔を出すなり挨拶もせずに未生は隼人に問う。


「……。それ何のつもり?」


「見ての通り、刺突爆雷だ」


 それは車体に匹敵する長大な竿。その先端に逆さにコーンがついて、その底に三本の金属棒が突き出ていた。本来のものより延長されていたが、それは旧日本軍が対戦車兵器として用いた刺突爆雷そのもの。その刺突爆雷は車体の左右に一本ずつ保持されていたのだ。


「……、正気なの?」


「はい!」


 真っ直ぐに返事したのは隼人でなく紗菜。その眼に一切の迷いはなかった。


 射撃で命中させられないのなら体当たりしてしまえばいい。隼人が下したのは特攻作戦だったのだ。危険極まりないが、体格差があるので相討ちなら豆戦車の勝利判定になるので、ある意味理に適っているのだ。


「上等よ!」


 決然と踵を返して開始前の定位置に向かう未生。その様子を見て機甲戦競技部のほかの面々も、隼人と紗菜も向かう。


「それじゃあ今から一対一、撃破は機械判定。日没までのサドンデスで勝負よ!」


「応!」


 立ち合いは双方の関係者だけだが、互いに結果がどうなっても不本意に捻じ曲げることを容認しないことは暗黙の了解があった。


「それでは、勝負開始!」


『お願いします!!』


 一礼の直後に車両に駆け込む双方。


「よし、紗菜行くぞ!」


「はい!お願いします!」


 すでに温めていたエンジンにギアを入れ、テケは先に試合場に向かっていった。


「五分間は機甲戦部は発車できないんですね」


 聖子の呟きに純が答える。


「見ての通りIII号とテケじゃあ機動性以外に差がありすぎるからハンデの一つなの。先に動いて優位な位置に向かえるってワケ」


 通常の試合であればもっと手短に砲火が交えられるのだが、開けた場所でいきなり砲撃戦となるとテケは一方的に不利なので、身を隠せる場所に潜り込める猶予が与えられているのだ。


「それにしても……」


 テケは駆ける。アップダウンの激しいオフロードを、まるで駿馬のように。


「流石に早い!」


「想定内よ!」


 III号戦車も機動性に富んだ中戦車だが、その1/3以下の重量のテケの機動性は圧倒的で、みるみるうちに林道の中に消えていった。


「ま、トラップの設置といっても対戦車地雷の敷設は無いんだから悠々と行くわよ!」


 時間経過を確認し、言葉通りに悠々と発車する機甲戦部のIII号戦車。


「さあ、隼人の奇策が通じるか、専門家の未生が押し切るか」


「私たちは紗菜さんと隊長を信じるだけです!」


 純と聖子の言葉に静かに頷く鉄也。双方の発射を見送った一同の視線は中継カメラが送るモニターの方に向いていた。

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