第八話 嵐を呼ぶ戦車戦 D
ほどなく、隼人が指定した九七式軽装甲車テケがやってきた。運転は整備担当の御笠川。
「指定通り持ってきた」
事務的というより機械的なのが御笠川の特徴。
「ありがとうな!」
整備課は航空機の整備を行っているので、顔見知りではある。
「ちょっと隼人、本当にこれで……」
テケを見て絶句する純。彼女も機甲戦はかじっていたので、豆戦車で中戦車に挑むことが無茶苦茶なことは理解できるのだ。
しかしこの車両を選んだ隼人は余裕の様子。
「何もない原っぱじゃなくて起伏があるオフロードだったら機動性優先だからこれでいいんだ」
隼人にはこの豆戦車で勝算があるようだ。
一方で御笠川に話しかける鉄也。
「御笠川」
「何?」
「お前の整備だな?」
「そう。私の仕事」
「わかった」
鉄也の機体の整備はほぼ御笠川が専属で行っている。その彼女が手掛けているなら間違いないというのだ。
「それで、誰が出るの?」
当然、誰が出るのか決めねばならないが、すでに隼人は決めていた。
「ああ。オレが運転で、車長は紗菜にしてもらう」
「ふぇ?!わ、わたし?!」
隼人からの突然の指名に仰天してしまう紗菜。
「で、でも!私、戦車なんて乗ったことないよ?!」
「ああ、そうだろうな。でも、この中で地上で走り回った経験は一番あるだろ?」
隼人は紗菜が長年に渡って馬上槍試合の選手をしていた事を重視していたのだ。
「決闘の場所は恋の浦のオフロードコース。遊園地の跡地で道は舗装されてる場所がほとんどだけど、平坦な場所は余りなくて起伏が多い。馬上槍でもそういう場所で試合するのは珍しくなかっただろ?」
「う、うん……」
紗菜が行ってきた試合は平坦な土地での一騎打ちではなく、様々な地形での集団戦ばかり。言われてみれば試合場そのものはほとんど重複していた。
「それにこの九七式軽装甲車は騎兵の機械化を目的に開発された車両だ。つまり、紗菜の武器と鎧、そして馬をまとめて機械化したようなものなんだ」
だから紗菜が車長を務めるのが最適だと言うのだ。
「でも私、大砲なんて撃ったこと無いよ?!」
不安を口にする紗菜。彼女は競技と別に家芸として弓の騎射にも精通していたが、大砲は扱ったことはないのだ。
「心配しなくていい。どうせこいつの主砲だと密着するくらいの至近距離から装甲が薄い背後を攻撃しないとどうしようもないんだ。だから馬上槍試合みたいに槍を叩き込むつもりでやらないと勝てないから」
このテケに装備されていたのは九八式三十七粍戦車砲。III号戦車に対しては至近距離であれば数値上、側面と後方の装甲は貫通可能という性能であった。
「わ、わかりました。私でよければ」
「ありがとう。じゃあ早速練習開始だ!」
こうして隼人は紗菜を乗せてテケを発車させる。特にレクチャーも受けずに運転ができるのは、彼が戦車系の運転にも精通していたからだ。なぜなら隼人は未生たちとは中学生でも一緒で、時々レンタルタンクを使って遊ぶこともあったので、戦車系の運転にも慣れていたのだ。
「さっすが隊長。強引かつ堂々と彼女とタンデムっすか……」
ほとほと感心した顔をする光一。しかし……
「お兄ちゃんにはそんな自覚、これっぽっちも無いと思うけど」
「マジか?!」
仰天する光一に純が呆れた顔で追い討ちをかけた。
「保証してあげる。隼人の頭の中は小学校から変わってないの」
「ああ」
頷いて同意する鉄也。
「あのねぇ……。鉄也、それはアンタも一緒でしょ?」
その言葉に居合わせた一同は大笑いしていた。
一方、徒歩で機甲戦部に戻った御笠川。早速未生が尋ねてきた。
「で、隼人は誰と組んだの?」
言い出した以上、隼人が出てくるのは完全に想定内の未生だったが……。
「辰星紗菜」
「!!」
さっそくと練習がてら疾走するテケから顔を出している紗菜の姿を見た途端に、未生の顔が一気に険しくなった。
(わかりやすいな……)
その反応を見た遠賀は、思わず苦笑い。
「みんないい!?私たちは絶対に空戦部なんかに負けられないのよ!!」
『は~い』
「声が小さい!」
『はいっ!!』
かくして機甲戦部もまた、決闘に向けて訓練を開始したのだった。
「まずは感覚を掴んでもらうから、しばらく乗ってるだけでいい」
九七式軽装甲車から顔を出す紗菜。頭の高さも速度も馬上槍試合で完全装備の状態で愛馬を走らせていた際とあまり変わらないのを実感していた。
(そうだ……。私、冬まではコメットと一緒に……)
ディーゼルエンジンの振動と匂いは全く異質だが、久しぶりの高さと速さで大地を疾駆する感覚が、彼女に過去をフラッシュバックさせてしまっていた。
「紗菜?!」
異変に感付きテケを止める隼人。紗菜の顔を見ると、目から涙が滔々と流れ落ちていた。
「ごめん!思い出させて……」
「ううん。大丈夫……」
渡されたハンカチで拭うと、いつもの表情に。
「思いっきり走らせて隼人くん!」
「了解!」
再び乗り込むと、マフラーから独特の色と匂いの煙が吹き上がってテケが再び走り出す。走り抜ける彼女の涙の跡を拭うのは木々の匂いと潮風が入り混じった心地よい風。それは久しぶりに嗅ぐ大地を疾駆する匂いだった。




