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第八話 嵐を呼ぶ戦車戦 B


 先の一団が向った場所は雁の巣の水上機用の格納庫の隣の一室。全国大会出場を目指して賑やかに活動を行う航空戦競技部を尻目に、彼女たちは細々と活動を行っていた。


 入り口に掛けられていた看板に記載されていた部の名は“機甲戦競技部”。


 機甲戦競技部とはその名のとおり戦車や自走砲などの装甲車両を用いた機械化競技の部活動で、こちらも航空戦競技同様に第二次世界大戦までに開発された装甲車両を用いた競技である。


 種目は車種別、個体重量別、台数別、総重量別など多くの種目に分かれており、滑走路などを必要としないので参加のハードルが航空機よりも低い。そのため機甲課を有する学校だけでなく、ごく一般学校からも参加が多いという。


 特に参加が多いのが調達・維持が比較的容易で、少人数でも運用可能な豆戦車や軽戦車を用いた個別10トン以下の車両を用いた軽量級の各種目。純粋な技量を競う一対一や、チームとしての最小単位で連携も重視される三対三が特に人気で、無名校の大番狂わせが頻繁に見られるほど盛んであった。


 その一方で20トン以下の中量級やそれ以上の重量級は参加のハードルが跳ね上がる一方で、見応えがあるからと観客の人気が高く、世界大会やプロリーグの道もあるので、機甲科を有する学校を中心にこちらも盛り上がっていた。


 なお、全国的に航空高校において、機甲戦競技部が存在している学校は極めて珍しい模様である。


「なぁ未生。やっぱり……」


「できないって言ってるでしょ!」


 少年のぼやきに怒り気味の少女。少年は遠賀健太といい副部長を務め、少女は多々良未生といい部長を務めていた。


 雁の巣の機甲部が日常的に使っている車両はIII号戦車と九七式軽装甲車テケの二両。そして……。


「ええい!もっと部費があったら……」


 格納庫に鎮座していたのはIV号戦車。しかし車体はともかく砲塔部が戦車とはまるで違う。


「このIV号、元々は空戦部のサポート用ですからね」


 そう語るのは書記の矢部数馬。


 眼前の戦車はIV号対空戦車メーベルワーゲン。雁の巣にこの対空戦車があるのは元々航空戦競技部のゴールキーパー用として購入されていたからだった。しかし雁の巣が空戦部の活動を停止してしまったため車両が余剰となってしまい、それらを使って機甲戦競技部が立ち上げられて活動していたのだ。


「私たちの悲願はこの車をきちんとしたIV号戦車に戻して“鋼獅子旗”に出場する事なのよ!」


 鋼獅子旗とは九州で開催される全国的にも有名な機甲戦競技の大会である。しかし、彼女たちは大会の為の資金調達はおろか、日頃の活動資金さえ困窮しており、もっぱらIII号戦車に五人で乗って走り回るか、レンタルでM3軽戦車シチュアートを借りて所有の九七式装甲車テケと模擬戦をするかが関の山だった。


「だったら直の事、岩橋に協力したらどうだ?」


 折に触れて述べてきた通り、雁の巣では航空戦競技部の活動に協力する部活動・愛好会活動に対しては、学校から活動費の補填が行われているため、数多くの部と愛好会が活動に協力していた。


「私もそう思います。幸い、空戦と機甲は大会が重複しませんし、何より今の我々には部費をこれ以上増額させる手が他にありませんから」


 矢部も遠賀に同意していた。


「賛成。私たちに他に選択肢は無いと考える」


 ツナギ姿のまま読書を続けているのは御笠川ユキナ。彼女はこの部唯一の整備課所属だ。


「わ、私もそ、そのほうがいいと……」


 お茶を用意していた樋井かのこもおずおずと同意した。つまり5人の部員のうち4人までが空戦部に協力することに賛成していたのだが……。


「そんな事できるわけないでしょ!」


 部長の未生は航空戦競技部、いや隼人への協力を頑として拒んでいたのだ。


『……』


 部活後の帰り道。多々良未生以外の四人が集まってファミレスに集っていた。


「多々良未生は岩橋隼人に腹を立てている」


 御笠川は冷静に分析していた。


「辰星紗菜を直接スカウトしたこと。さらにその後も常に親密に接していることが多々良未生が不機嫌になっている主な原因」


「……」


 隼人と未生の関係は小学校にまで遡る。小学校時代、二人は隣のクラスで共に事実上のリーダー格として中心に立ち、時に仲良く、時に衝突する間柄だった。そのまま中学時代もその関係が続いていたが、高校進学を機に一度別離。しかし隼人が雁の巣に転校してきたことでまたしてもその関係が復活したのだが……。


「なあ、岩橋に言うべきか?」


 遠賀のボヤきに御笠川以外の二人は一斉に返事する。


「余計に拗れるのではないかと」


「絶対に拗れちゃいますよ……」


 未生が不愉快なのは、隼人が身近に紗菜を置いているからだという事を、そういった事に極めて鈍感な隼人に直接伝えるか口にしたのだが、満場一致で否決されてしまった。


「だよなぁ……」


 天井を仰ぐ遠賀。


「めんどくせえ……」 


 ドリンクバーから調達してきたジュースをストローで飲みながら再びぼやく遠賀。同意するかのように、矢部はコーヒーを、樋井は紅茶を、そして御笠川は小冷を口に運んでいた。


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