第七話 片翼を求めて E
「というわけで……」
「あらためまして、草江聖子です!」
航空戦競技部の面々と草江は遊園地を切り上げて校庭に揃っていた。
「草江さんよろしくお願いします!」
「じゃあ早速いきましょう!」
こうして紗菜は後部座席に草江を乗せて、爆弾を装備せずに九九式艦爆を離陸させた。ゆっくりと機体を上昇させていく。まずは降下開始の高度まで上昇するのだ。
「現在高度5000メートル。すっごいですね……」
草江は感嘆の声を漏らしてしまう。普通科の生徒が飛行機に関わるのは一年生と時が大半で、それも複葉機でそこまで高くは飛ばないので、高度5000メートルの世界は体験したことがなかったのだ。
「それじゃあ、今から降下、始めます!」
「どんと来いです!」
「降下開始!」
まずは緩降下で加速する。
「うっひゃぁぁぁぁ!!」
目標に一気に接近する為に機体を加速させる紗菜。すでに水平飛行での最高速度を上回る数値を叩き出しており、その速度はジェットコースターはもちろん新幹線の速度さえ超えていた。
「急降下、行きます!」
「はいいいっ!」
高度4000メートルを切ったのを確認し、急降下に移った紗菜。目標を照準器に完全に捕らえて。
「高度3000……、2000……、1500」
機体の降下速度が上がり過ぎないようにダイブブレーキを展開。速度が落ちた際に発生した衝撃が二人を襲うが、紗菜には慣れたこと。
「1000!……9!……8!……7!」
「「……6!……5!いきます!」
紗菜が一気に機体を引き上げ水平飛行に移る。通常の六倍もの強烈な重力が二人に一気に掛かり、頭から膝に乱暴に押さえつけられ、目の前に星が散って一時的に視界が闇に閉じてしまう。
今まで同乗した者たちは皆、この重力で気分を悪くしたり失神してしまって、同乗を拒否してしまったのだが、彼女は果たして。
「草江さん?!」
「……」
返事が無いのに驚いた紗菜はそのまま校庭に着陸する。
「大丈夫ですか?!」
呆然としたまま心ここにあらずの草江。だが、覗き込んだ紗菜の顔を見て、突然顔を輝かせた。
「急降下っ最っ高っ!!」
急降下からの立て直しでも意識を失わなかったが、快感に酔いしれていたのだという。
「本当にピンピンしてるのね」
様子を見た純が可笑しくて笑っていた。
「いままで色んなジェットコースターに乗ってきましたけど、こんなに強烈で楽しいのは初めてです!」
機体から降りて、興奮冷めやらず楽しそうに跳ねてみせる草江。その様子を見て部員全員が安堵し笑顔になった。
「じゃ、じゃあ、これからお願いして……」
おずおずと尋ねる紗菜に、はちきれんばかりの笑顔を向ける草江。
「もっちろんです!今からだって大丈夫です!」
どんと右手で胸を叩いて見せて満面の笑顔を浮かべてみせた。
「私の仕事は偵察、通信、機銃でしょうか?」
「航法と高度報告もお願いできますか?」
「航法も大丈夫です。多分!」
「多分、大丈夫って……」
その言葉に全員で爆笑。ともあれ、草江聖子は航空戦競技部への入部を決めたのだった。
「今度は爆弾も投下してください!着弾の瞬間、この眼で見たいんです!」
「わかりました!」
こうしてすぐに機体に模擬爆弾が装備される。事前に話をしていなかったので一連の作業は空戦部の部員だけで行うが、誰も不満の声を出さない。
再度座席に座った二人。草江から紗菜に呼びかけた。
「あ、あの……」
「?」
「これから紗菜さん、とお呼びしていいでしょうか?」
勇気を振り絞ったその言葉に、紗菜は心から嬉しそうに返事する。
「じゃあ私も。聖子さん、これからよろしくお願いします!」
「はい!紗菜さん!」
今度は模擬弾を装備して離陸。先ほど同様、高度5000に到達すると、再び降下の態勢に入る。
「聖子さん、今度は高度の読み上げをお願いします!」
「了解です紗菜さん!」
返事と同時に降下が開始された。
「3500!3000!2500!」
加速しすぎると狙いが定められなくなるのでダイブブレーキを開く紗菜。降下速度の加速が止まるが、それでも水平飛行を遥かに上回る速度のため、機体がビリビリと震える。
「2000!1500!」
ぐんぐんと地面が迫る。紗菜は突き出ている照準器に目標を捕らえて降下を続ける。
「1000!8、7、6、5」
「投下!」
高度500を切ったところで紗菜は爆弾を投下。一気に機首を持ち上げて水平飛行に移るが、二人に猛烈な重力が襲い掛かる。
(私が見届けないと!)
聖子は巨人の腕に逆らって懸命に頭を持ち上げ、眼を見開いて着弾の瞬間を見届けた。
「やりました!命中です!」
爆弾は半径10メートルの円の内側、中央の3メートルの赤い円内に着弾し、派手な火花を噴出していた。
「ありがとうございました聖子さん!」
「……。うぇっ!ひっく!」
「聖子さん?」
突然、聖子が嗚咽を漏らし始めたので驚く紗菜。
「ずびばぜん……」
「大丈夫ですか?」
「し、心配しないで下さい。こんな、こんな凄く綺麗な花火、初めて見たんで……。思わず……」
「ありがとうございます。でもこれから、聖子さんには何度も見せたいですから」
「はい、はい!私も精一杯アシストします!」
校庭の滑走路に降り立つと、部員全員が駆け寄ってきた。
「あ、あの……、その……。く、草江聖子!これからよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく!」
隼人の手をしっかり握って握手すると、部員全員が万雷の拍手で歓迎した。
「よかったな紗菜!」
「うん!」
ついに念願の相棒を得た紗菜はこれまでで一番の笑顔を見せた。彼女が見出して自分から口説いて得た初めての友人であり、過酷な機動にも耐えて共に大空を舞ってくれる片翼こそが聖子だったのだ。




