第七話 片翼を求めて B
その様子は距離を取って飛来していた天文部の一〇〇式司令部偵察機のカメラを通して学校に残っていた面々にも実況中継されていた。
投光スクリーンに映し出されているのは一〇〇式が映す俯瞰と、一式戦と九九艦爆に備えられていた正面カメラと、各種データを統合して画像化された双方の位置関係。
『凄い……』
隼人の一式戦が上空から紗菜に照準を定めて一気に急降下して襲撃する様、咄嗟に察知して機体を傾けて回避行動に移る紗菜の様子が、各々の機内と俯瞰する映像と音声に、雁ノ巣の面々はため息交じりに言葉を漏らしていた。
「岩橋隊長の奇襲を」
「辰星さん、避けた!」
ようやく拍手が沸き起こるがすぐに静かになる。
「もっと早く発見できたはずだ」
鉄也の冷静な指摘が拍手を切り裂いてしまったのだ。
「それに思い切り高度が落ちてるでしょ。これじゃあ急降下爆撃に移れない」
純の指摘も静かで突き放したもの。事実、紗菜はこのまま攻撃を行うことが出来ないので再度上昇せねばならないのだ。
「それにお兄ちゃん、巴戦仕掛けてないよ。あの状況で爆撃機に仕掛けたらあっという間だよ」
しかし尚江の指摘には鉄也が口を挟む。
「隼人は九九艦爆は二人乗りで護衛付き、それに対して自分一人という状況を想定している。だから無闇に巴戦はしない」
鉄也の言葉通り、隼人は紗菜に護衛戦闘機がついている想定で行動していたのだ。
(迂闊に巴戦に入ると背後からやられるからな……)
隼人は乗機のシミュレーターを起動させていた。仮想敵の戦闘機に対してはこちらの攻撃は無効化されるので撃墜は不可能。逆に仮想敵からの攻撃を被弾すればダメージもしくは撃墜判定を受けてしまう設定に。
仮想敵の能力はそれほど高くはないが、紗菜の撃墜だけを考えて空戦を行うと、仮想敵に落とされかねないので、一撃離脱戦法で挑んでいたのだ。
ともあれ双方は距離を取って立て直しを図る。だが爆弾を抱えた急降下爆撃機より、戦闘機の方が身軽で素早いのは自明のこと。架空の護衛機を振り切りつつ、再度襲撃の機会をうかがう。
「これじゃ……このままじゃ……」
再びの襲撃も天性の勘で避けてみせた紗菜だったが、隼人に完全に翻弄されてしまい、緩降下開始の高度を維持するどころか目標さえ見失って逃げ惑うばかり。しかも250kg爆弾を抱えているので、動きも大きく制限されていた。
「でも捨てたら意味が無いよ……」
思わず本能的に指が投下ボタンを押そうとしていたことに気付いた紗菜は、一言自身を弾劾して機体の高度を稼ごうとする。だがそれは無謀な行為だった。
「!!」
直後に左の翼の付け根から白煙が勢い良く発生し、機内にアラームが鳴り響いた。とうとう撃墜判定を受けてしまったのだ。
「ああっ……」
がっくりと肩を落してしまう紗菜。そこにようやく隼人からの通信が入る。
「そういう訳だ。戻るぞ」
こうして隼人に先導されて学校に戻る紗菜。航法計算を行っているが、最短コースは自分のはじき出したものと若干異なっている事に気が付く。
(……)
ほどなく学校に離陸。紗菜が計算していたより5分早く戻る事ができていた。
「少し頭冷えてきたか?」
「……、うん」
隼人も完全ではなかったというが、長年の鍛錬と慣れのお陰で単機かつ空戦前提でありながらもかなり正確に機体を目的の航路で飛ばす事ができていた。
「急降下乗りはこれを嫌がって団体総合に参加したがらないんだ」
その言葉の意味を噛み締める紗菜。身一つで団体総合の試合で急降下爆撃を敢行する厳しさを思い知らされたのだ。
「やっぱり、パートナーは必要だよね……」
しかしそれは諦観にも似た声色だった。
「それにしても岩橋隊長、容赦ねえっすね」
光一は思わず呟いていた。
「当たり前だ」
彼を指導する鉄也は当然だと言い切った。
「俺たちは全国大会出場が前提だ。敵を想定しなければ意味がない」
「ですけど、辰星先輩ってまだ……」
その先の言葉が出る前に純が反応した。
「辰星さんは急降下爆撃機で個別競技に出場できるレベルなのよ。だから手加減した練習は害にしかならないの」
純は紗菜がすでに他校でも大会に出してもらえる腕になっていると断じていた。
「全国大会に出場する戦闘機乗りは、どこも俺や隼人と同等かそれ以上の腕だ。出し抜けないなら通用しない」
「そ、そうなんっすか……」
光一はその言葉に身震いしてしまう。全国大会ともなれば相手は皆、あの隼人や鉄也と同等の腕を前提にしなければならないことと、鉄也は自分と隼人は全国大会に出場するチームのレギュラーと対等だと言い切ったからだ。
ともあれ紗菜は相棒の必要性を改めて突きつけられて苦悩していた。
「パートナー、私が自分で探さないと……」
しかし紗菜は巨大で分厚い壁にぶつかっていた。
「でも、どうやって……」
そう。紗菜はこれまで自分から積極的に友人を作ったことが無かったのだ。
元来内向的な性格の彼女の友人はこれまで常に向こうから声を掛けてくれた者ばかり。雁の巣に来る前もそうだったが、来てからも隼人の声掛けが切っ掛けで今の友人関係を構築していたからだ。
「辰星さん、こればっかりはきちんと見定めてから頼まないといけないのはわかってるでしょ?」
「はい。もちろんです」
これまでの部員・協力者集めと異なり、きちんと適性がある者に的を絞って勧誘せねばならない。
(……)
そんな訳で、様々な想いが奥底からわき上がってぐるぐると心の中をかき回してしまう。とても晴れがましい気分にはなれなかった。
そして今一人、同じ教室で憂鬱になっている少女がいた。
(これじゃあ放課後は厳しいかぁ……)
彼女の名は草江聖子。特に友人らしい友人も作らず、どの部活・愛好会にも所属せず、寡黙に自分の世界を生きる少女だった。
彼女の意識は雨雲と、今度は志賀島に向かう陸橋の方に。そこには大きな観覧車と複数の大型ジェットコースターを備えた遊園地があった……。




