第七話 片翼を求めて A
授業の合間のわずかな休み時間に窓の外を眺める少女が二人。今日も窓の外は重々しい梅雨の雨雲に覆われていた。
『ふぅ……』
席が僅かに離れていた二人だったが、互いに同時に、互いに気付かずため息を漏らす。
その一人は辰星紗菜。今の彼女にとって雨は練習を妨げる障害だったからだ。小雨程度なら飛行機を飛ばす事ができるが、高校生が部活で扱う都合、一定の雨量と風速を超えてしまった場合は離陸が許可されない。特に梅雨時期は実機での訓練が行い難く、シミュレーターや座学ばかりになりがちだった。
しかしそのことだけで紗菜が憂鬱になっていたのではない。
(本当に見つかる、見つけられるのかな……)
紗菜の視線の先は、雨露に濡れる格納庫。それは今の彼女の想いを具象化しているように思えた。
「ごめんね辰星さん……」
それは一週間前の放課後。顔があ真っ青になって保健室のベッドに横たえられてしまったカエデが紗菜に詫びていた。
「私こそ本当にごめんなさい……」
涙目になって詫びる紗菜。カエデは率先して後部座席に座ってくれたのだが、急降下の後の上昇時の強烈な重力に耐え切れず失神。そのまま担ぎ込まれてしまったのだ。
さらにその光景を見た面々は恐れをなして続々と辞退。既存のメンバーで紗菜の相棒を務められる者は皆無となっていたのだ。
「やはり急降下はともかく、機体の引き上げ時のGに耐えられるのが戦闘機乗り以外にいないか……」
今の雁の巣のメンバーで強烈なGに耐え切れるのは、紗菜以外は全員戦闘機乗りだけ。戦闘機乗りの頭数に十分な余裕があれば頼む事もできただろうが、今の雁の巣は育成中の壇兄弟を加えてようやく他校に対抗できる戦闘機の頭数を確保できる状況なので、それさえ叶わなかった。
「偵察機や攻撃機、大型爆撃機ならそこまで重力に耐える必要はないけど、こればっかりはね……」
純もやっぱりという顔で天を仰ぐ。実のところ、隼人をはじめとした雁の巣の経験組は、こうなることを予測できていたのだ。
「こうなったら私一人ででも……」
そう呟く紗菜だが、隼人がすぐに諌める。
「ダメだ。急降下爆撃機には単独で奇襲を任せることだってある。その時、航法や高度、それに背後を任せられる相方がいないと、紗菜は肝心の爆撃に専念できなくなるぞ」
確かに急降下爆撃の個別競技であれば離陸から目標までの移動距離はわずかなので航法をそこまで気にする必要は無く、背後から敵機が襲撃する事もないので一人で行うことが出来るし、実際に一人で行われていた。
だが空戦技での爆撃機は単に的に命中させれば良い訳でなく、自機と目標の位置を正確に把握して最短距離で移動することも求められる。その上、敵機との交戦もあるので、急降下爆撃機には操縦士だけでなく、航法と銃手を担当する相方が必要になるのだ。
柏葉ルウとテルの姉弟コンビが勇名を轟かせているのは、姉の度胸と腕のよさだけではなく、弟の正確な誘導と諸々のサポートが合わさっているからでもある。
「……でもやっぱり!」
それでも一人でやってみるという紗菜。そこで隼人は紗菜を空に連れ出した。
「今日は小呂島で訓練する。オレが10分先に出てるから、紗菜はそれから離陸して、それから標的を狙うんだ」
小呂島は玄界灘に浮かぶ離島である。福岡市西区ではあるが、距離的には長崎県の壱岐島に近い場所である。
僚機の誘導無しで小呂島に向う紗菜。GPSに頼らずともほとんど正確に自分の位置を割り出しているが、単機で飛ぶ事に不慣れな事もあって移動の段階から思っていたより消耗している事に気が付く。
(一人で海の上を飛ぶのって思ったよりキツい……)
無論この機体にもGPSは搭載されているので、いざという時は起動させてしまえば最短コースで向かう事はできるが、大会を想定した訓練なのでGPSを使わず他の機器と天測を使っていたのだ。
「見えた!」
目的地の小呂島が見えてようやく安堵する紗菜。ほどなく浮かぶ目標のブイも発見。しかしここからが本番だった。
「!?」
上後方から殺気を感じて機体を右旋回させて回避行動に移る紗菜。あと少し気付くのが遅れていたら、被弾判定を受けていたところだった。
「くぅっ!」
隼人の一式戦闘機は上空から一撃撃つと、そのまま掠めるように降下。一撃離脱を仕掛けたのだ。
先日、ルウに指導を受けた際の妨害と全く異なり、一式戦に乗った隼人の攻撃は俊敏で、紗菜の不備を適切に突く恐ろしいものだった。
「これが敵になった隼人くん!」
今までは颯爽と空中戦で活躍する姿ばかりを見ていたが、その隼人が自分に切っ先を向けて躊躇無く打ち込んでくるのだ。
(あの時は……)
後ろにルウが乗っていた時は、後部機銃で牽制してくれていたのを思い出す。しかし今の九九式艦爆には紗菜以外は乗っていないので、背中を守ってくれる者も当然いないのだ。




