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第一話 大空からの使者 C

 ――紗菜は薄暗い森の中の道を馬に乗って駆け抜けていた。それも一般的な騎乗服ではなく全身を鎧で固めて。


(急がなきゃ、急がなきゃ!!)


 森を抜けると眼前に水面が広がる。どうやらため池のようだが様子がおかしい。


(やっぱり!)


 池の中央部分に見えたのは、横転したボートと何かをつかもうと水面から宙を舞う手だけ。どうやら子供のようだ。


「お願いコメット!!」


 愛馬に懇願して紗菜は池に。鎧は金属ではないためか極端に重たいわけではなく、馬はさほど苦も無く池の中央に。


「がんばって!あと少しだから!!」


 沈もうとする手を紗菜が掴んで引き上げようとしたその時。


『こんなところで何をやっているの?!』


 掴んだ手が氷のように冷たくなっていた。そしてその水底から周囲に響く冷たい女性の声は、魂をも凍てつかせるような、それでいてあまりにも聞き馴染んでいた声。


「だって人が溺れているんだよ!?助けなきゃ!」


 だがその声は紗菜を否定し問い詰める。


『他に打つ手があったはず。何故大局的に周囲を見れない!』


 直後に愛馬は消え、彼女は鎧のまま凍てつくほど冷たい水底に引きずり込まれてしまう。


『貴方に資格はない……。永久にそこで……』


「何で?!どうして?!私は、私は助けたかっただけなのに!」


 やがて周囲から光が消え、水から泥に体が沈んでいく。


(逃げなきゃ……。ここから逃げなきゃ!)


 だが彼女の抵抗空しく、水底の泥が抱きかかえるようにまとわりついてくる。泥は鉛のように冷たく重く、自力で逃れる術は無かった。


(誰か……、誰か……)


 その時、機械の始動する爆音が耳に飛び込んできた。


(?!)


 やがて水面から暖かな光が差しこんできた。


(私、ここから抜け出せるのかな……)


 光に向かって懸命に手を伸ばす紗菜。光の向こうから誰かがゆっくりと降りてくるのを感じる。


「よし。ここから出よう……」


 聞き覚えがあるようで聞いたことの無い声の主が、紗菜を引き上げる。気がつくと鎧が無くなっていて、ずいぶんと身軽に。


(もうすぐ上に……)


 水面から顔を出す紗菜。空には雲一つ無く、そして果てなく青かった。


(あれ?)


 やがて水面から浮かび上がった紗菜は宙に浮く。驚いて手足をバタつかせるが引き上げられるように、いや、吸い込まれるように上空に体が浮き上がっていく――


「ふわわっ!!」


 驚いて声を上げてしまう紗菜。だが天井には空は無く、蛍光灯の明かりが光々と点いている。周囲を見渡すと、そこは先ほど隼人に連れられて来た、格納庫の奥の航空戦競技部の部室だった。


「あれ、私……」


「あ、おはようございます!」


 先ほどまで部屋にいなかったはずの少女が挨拶してくれた。気が付くと紗菜はソファに寝かされていて、その上に男子の制服の上着が掛けられていていたのだ。


「お、おはようございます……」 


 思わず服の乱れを確認するが、変にいじられた形跡は無い。しかし掛けられていた男物の上着からはとても安心できる不思議な匂いが漂っていた。


「はじめまして先輩!一年の岩橋尚江です!」


 丁寧に少女が頭を下げた。どうやらその苗字、隼人の妹らしい。


「あ、あの……、隼人くんは?」


「はい。お兄ちゃんは飛行機を出す準備をしてます」


 それを聞いて部屋からでる紗菜。格納庫の扉は大きく開かれ、外からはエンジンが動くかなり大きな音が聞こえていた。


「ご、ごめんなさい隼人くん!」


 深々と頭を下げて誤る紗菜。隼人はカラカラと笑っていた。


「よっぽど疲れてたんだろうけどさ、あんまり男子の、それも航空戦やってる奴の前で油断しない方がいい。寝込み襲われるかもしれないからな」


「わ、わかりました……」


 その口ぶりからすると、隼人自身は例外なのだと言わんばかりである。


「それにしてもお兄ちゃんがナンパして連れてくるなんて珍しいじゃない」


 隼人を肘で突く尚江。だが隼人は溜息をついてから答える。


「尚江、人聞きの悪い事言うな。ナンパじゃなくて勧誘だ。か・ん・ゆ・う!」


「ふぅ。やっぱそうだよね……。うちのお兄ちゃんだし」


 残念そうな顔をした尚江は、紗菜に謝罪する。


「すいません。実は今日はほとんどの人たちが別の活動に専念する日だから、専属してる私たちくらいしかいないんです」


「せ、専属ですか?」


「ああ。この部は他の部活と掛け持ちしてもらってる人ばっかりなんだ」


 この場ではそれ以上は聞かなかったが、頭数を集める為にやっていることは容易に推察できた。


「ま、約束通り、今から体験入部だ。ヨンハチを出すよ」


「よんはち?」


「ああ、こいつさ」


 示されたのは翼に一基ずつプロペラが装着され、機種がガラスのドームになっている飛行機。他の機体と比べて極端に大きいわけではなかったが、二人以上乗り込むことができるようには見えた。


「九九式双発軽爆撃機。コードネームはLilyリリー。こいつは4人乗りなんだ」


「い、いいんですか?」


 驚き戸惑う紗菜に隼人は幼子のような笑顔を見せる。


「ああ。今うちで使える機体の中だとこいつが一番見晴らしいいからね」


 そう言うと隼人は機首の座席を指差した。隼人は紗菜を機首の機銃兼見張り席に乗ってもらうという。


「それじゃあこれ」


 渡されたのは無線機のインカム。装着するよう促されたのですぐにセットした。


「飛行機の中は騒々しいから、これがないと会話も難しいんだ」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあここから乗ってくれ」


「は、はい」


 言われるまま踏み台を使って機首の真下にあるハッチから機内に乗り込む。外見から想像していた通り、その座席は機体前の正面ばかりか上方や足元さえ見ることができる座席だった。


「それじゃあベルトを締めてください」


「は、はい」


 尚江に言われてベルトを締める。


 隼人が操縦席に乗り、妹の尚江がその後ろに乗った。


「この九九式双発軽爆撃機は操縦しやすくて頑丈。そして結構早いから戦闘機メインのオレでも操縦しやすいから気に入っているんだ」


「だからって急降下はダメだよ」


 釘を刺す尚江に苦笑する隼人。


「わかってるよ。折角の体験入部希望者を怖がらせたくないからな」


 学校の管制塔と連絡を取る隼人。ほどなく許可が下りたようだ。


「よし、それじゃあ離陸するぞ」


 校庭、即ち滑走路は現在人も動物もいない。学校側から離陸の許可を受けて、隼人は機体をゆっくりと発進位置に動かした。


「それじゃあリリー、発進!」


「!!」


 プロペラの回転速度が上がって滑走路を走る機体が徐々に加速していく。やがて風を捕まえて九九式双軽爆はふわりと宙を舞った。

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