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第五話 いざ、初陣! J

 こうして反省会は決起集会となって終わった。帰宅は無理に校舎艦でなくてもいいと告げていたが、天文部は天体観測と天測ができるからと、ボート部は船に乗れるからと言ってそのまま乗り込み、園芸部と手芸部は熱気覚めやらぬとやはり残ったのだ。


 そして食堂での夕食を終え、紗菜はデッキに上がっていた。


 帰宅の徒につき夜風を切って進む校舎艦。日没までに錦江湾を出て、現在は星空の下で東シナ海を北上していた。


(負けちゃった……)


 飛行甲板の右舷前方の機銃台。といっても現状はただの展望台なのだが、そこに一人紗菜は夜風に当たっていた。九州新幹線で早々と帰宅するという選択肢もあったのだが、今は機体を置いて先に帰る気分でなかったので、彼女は校舎艦で戻ることにしたのだ。


「紗菜ちゃん!見つけた!!」


「あ、みなさん……」


 そこにやってきたのは園芸部の三人。いつもの調子なら三人とも新幹線で帰るところだが、この日は思うところあって船で戻ることにしたようだ。


「今日は本当にごめんなさいだお……」


 深々と頭を下げる三人に驚く紗菜。


「どうして謝るんですか?みなさんたちは精一杯できることを……」


 その直後、ボタンが感情を爆発させた。


「私たち、紗菜ちゃんの足手まといだったんだお!」


 それは他の二人も同感だった。


「私たちのペースよりずっと早く操縦も覚えて、度胸もあるし、勘も鋭いもの!」


「今の私たちじゃあ、紗菜ちゃんの実力、全然引き出せてあげられないよ……」


「そんなこと……。みなさんあんなに一生懸命に!」


「でも力不足に違いはないお!」


 しばらく感極まって四人で泣き合っていた。その光景を天文部は視界に納めていたが三人とも話題にもせず、天測を続けていた。あえて見て見ぬ振りをする情けがあるからだ。


「それじゃあ戻ろうみんな。いい加減、冷えちゃうし」


 気が落ち着いたところで、カエデが戻ろうと誘う。しかし紗菜は首を振った。


「私はまだ、もう少しここに居るね」


「わかったお。でも風邪引いちゃダメだお」


 園芸部の三人が船内に戻ったが、紗菜はデッキの後部に移動しただけで戻らなかった。夜空を見上げると、実家で見上げた空に似ている気がした。


「紗菜か?」


「隼人くん……」


 そこに上がってきたのは隼人だった。


「上がってたの、結構長かったんじゃないのか?天文部みたいにしっかり着込んでないなら風邪引くぞ」


「……」


 隼人に説得されて紗菜は船内に戻る事に。 


「何か飲みたいか?」


「ホットミルク。できれば少しハチミツも」


「メイプルシロップなら」


「じゃあそれで」


 休憩室で飲み物を買う。牛乳などを扱っている自販機から隼人はコーヒー牛乳を選び、紗菜は普通の牛乳を選んでから据え付けの電子レンジで暖めた。メイプルシロップは使いきりの小袋入りで、出来上がったホットミルクに入れてプラスチックのスプーンでゆっくり混ぜて口に含む。


「……」


 夜の海風で思ったより冷えていた体が芯から温まるのを実感する紗菜。


「私ね、やりたい事、見つかったよ」


 凛とした姿勢で隼人を見据える紗菜。


「具体的には?」


「私ね、自分で爆撃機が操縦したいの。失敗を誰かのせいになんてしたくない……。だから……」


 拳を固めて小さく震わせている紗菜。彼女は園芸部の三人の技量に問題があったとは露ほども考えていなかった。少なくとも現状で自身では出来ない操縦や航法などを懸命にしっかりやっているのを実感していたし、危険に向って突撃するような経験をした事がない三人が、その状況下で出来る限りの事をやっていたことも承知していたからだ。


 悔やむことは自分が率先して機銃弾の補給を求めなかった事と、何より自分が機体を操縦する技術が無い事だった。


「トゥルネイだと紗菜が切り込み隊長してたんだよな。だったらやっぱりそう思うよな」


 その言葉に静かに頷く紗菜。彼女は日頃は全く大人しいが、こと競技となると別人のように果断になることを、今回の練習試合を通して誰もが思い知ったところだった。


 恐らく転校前の馬上槍試合(トゥルネイ)の試合においても、盧遮那流の継承候補に恥じぬ技術と胆力で指揮を取り、敵陣に自ら率先して向かって突き崩してきたのだろう。そんな彼女が畑が変わってもその果断さが変わるはずもなく、それを思い知ったから園芸部の三人はあえて紗菜に自分で操縦するのを勧めたに違いない。


「承知した。うちにはまだまだいろんな飛行機が眠ってる。丁度いいのも目星はつけてるからさ」


「よかった……」


 紗菜の顔が、その瞳が、満天の星空のように輝いていた。


「よし。オレたちに足りないのを補って、夏の全国大会に出場だ!」


「うん!」


 その夜空もまた快晴。沖合いを進んでいるので陸地の明かりの影響は乏しく、空は星で満ち溢れていた。



「辰星!こっちだ!」


 翌日の昼休み中。整備課に呼び出されて格納庫に向うと、そこには小型の飛行機が鎮座していた。


「こいつは九九式艦上爆撃機といって二人乗りの急降下爆撃機だ」


「ありがとうございます!」


 深々と姿勢正しく一礼する紗菜。彼女が爆撃機に乗ると決意したと聞いて、すぐに準備してくれたのだ。


「でも本当に大会に出るっていうなら、こいつじゃ性能が厳しいからね。本番用に彗星か流星をレストアしておいてあげるから、それまでにこいつで急降下爆撃をモノにするんだよ!」


「はい!」


 紗菜は自分に与えられた初めての専用機を前に目を輝かせ胸を躍らせていた。空は梅雨を前にしながらも晴れ渡り、雁の巣の東西の波もまた穏やか。吹き込む玄界灘からの潮風は彼女の心を大空に誘う様だった。

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