第五話 いざ、初陣! F
「し、シミュレーションと全然違うお!」
地上から打ち上げてくる高射砲は3基。ルール上、対空火器は合計10基まで設置して良く、高射砲は最大4基までで、対空機銃は一基最大四門までの10基を上限に設置が認められている。
そしてユーライアスは今回の練習試合で照準と発射以外は完全に自動化されたQF 3.7インチ高射砲を3基、エリコンFF20mm機関砲を4基、そしてヴィッカースQF2ポンド砲、通称ポンポン砲2基を投入していた。
これらの対空砲火の洗礼は、紗菜にとっては動じる要素では無かったのだが、他の三人にとっては動揺を誘うのに十二分な効果をもたらしていた。
「と、とにかく目標に向うお!」
ガタガタと機体が震えているのは高射砲弾の炸裂だけではなく、恐怖に震える三人の乙女の心境でもあろうか。それでもなお反転して退避せずに進路を変更しないのは、紗菜が動じていないからだった。
「そろそろ攻撃準備の距離です!」
「お、おう!」
紗菜が操縦桿を握っていたのなら、怯まずに急降下爆撃を敢行していた事であろう。しかし現在操縦桿を握っているのはボタンであり、しかも彼女は進路を維持するので精一杯で歯の根も合わずにガチガチと震えていたのだ。
(やっぱり、みんな危険に向うこと自体に慣れてないんだ……)
紗菜は騎兵戦では高頻度で小隊長を務め、攻撃時には先陣を切って相手に突撃し、ぶつけぶつけられには慣れていたので、自然、危険に向う恐怖への対処はかなり手馴れていた。
だが、現在の雁の巣高校航空戦競技部で、危険に慣れているのは試合経験がある戦闘機系だけ。爆撃機系は全員競技にさえ慣れていないのだから、尻込みしてしまうのは当然だった。
「ボタンさん!急降下じゃなくて“緩降下爆撃”でいきましょう!」
『は、はい!』
「ありがとうございます!」
園芸部がこの機体の操縦を始めてから三ヶ月程度。まだまだ不安が残る技量だが、それでも精一杯の努力と度胸で、隊長どころか同じ部員でもない紗菜の要望に応えてくれたのだ。
「もうすぐです!」
「こ、降下開始!」
ボタンは操縦桿を傾け、機体を徐々に降下させていく。浅い角度で一気に通り抜ける、緩降下爆撃を行うのだ。
「目標まで全速でいくお!」
ボタンはもうゴールしか見ないことに決めていた。対空砲火の事を気にしては折角ここまで飛ばしてきた自分たちの、そしてチャンスを作ってくれた他の面々に申し訳が立たないからだ。
「砲弾の炸裂が少なくなってきた!」
「大砲の懐に入ったんだと思います!」
しかし間もなく対空砲火に変化が生じた。今度は真下から、夕立を逆さにしたように激しい真っ赤な粒が周囲を覆いだしたのだ。
「今度は対空機銃!!」
ゴールの周囲に配置されていた対空機銃が炎の幕を作らんばかりに吹き上がってくる。今まではフライトシミュレーターで体験しただけだったので左程緊張感は無かったが、視界に飛び込んで来ると本能的に恐怖が頭をもたげてしまうのだ。
さらに追い討ちを掛ける報告がカエデの口から飛び出した。
「て、敵機接近!敵機接近!」
紗菜も思わず上方を見上げたが、それは敵の戦闘機に間違いなかった。ついにゴールを守護する為の一番槍が届いてしまったのだ。
「どうしよう!私たち、機銃の弾は積んでないんだよ!」
カトレアが涙声になっていた。双軽爆は爆弾の搭載を最優先にしたので、機銃の弾薬箱の搭載をあえて見送っていたからだ。これでは例え気分だけでも戦闘機に抗うことはできない。
「とにかく爆弾を投下しないと、このまま逃げても追いつかれます!」
「わ、わかってるお!」
現在はまだゴールまで距離があり、機体を軽くする為に爆弾を投棄することも叶わない。そして捨てるなら敵のゴール目掛けて投下したほうがいいと思い至るのも当然の事だった。
双軽爆は降下による加速を得て、燃料だけ搭載した状態での最高速度を上回る速度をたたき出していた。この状態で投下した爆弾を正確に命中できるのかは、爆撃手の照準と、投下のタイミングによるわけだが果たして。
「敵機接近!まっすぐこっち来る!!」
背後を取った敵のハリケーンも降下を開始し、徐々に距離を詰めてきていた。カエデとカトレアは本来なら機銃を撃って威嚇するところだが、丸腰の双軽爆では二人はただただ震えて祈るばかり。
「ひぃぃ!」
ボタンが悲鳴を漏らすと、紗菜が叱責するかのような強い口調でたしなめる。
「機長!とにかく前を!目標だけを!」
もはや返事も出来ずに同意するボタン。そして……。
「投下してください!」
「!!」
紗菜の指示を受け、ボタンが爆弾の投下を行った。今の彼女たちの技量では、危険なほどギリギリの低空であった。
投下された爆弾は加速をつけて目標に向う。機体は目標を飛び越して全速力で離脱する。
「逃げるお!とにかく逃げるお!!」
爆弾の投下と共に身を縛る重圧から解き放たれたボタンはとにかく全速力でその場から逃れようと機体を進ませた。
一方で他の三人は、投下された爆弾の行方を注視する。尊い祈りを篭めて……。
『当たって!!』
そして後部機銃座に座るカエデはその結果を真っ先に目撃した。




