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第五話 いざ、初陣! E

 水上機、特にエンジンが一つの機体は、離着水するために胴体にも匹敵する大きなフロートを装着しているので、速度や運動性に大きな制約を受けてしまう。そのため通常の航空機との戦闘はかなり危険を伴うのだ。


 しかし日本での航空競技は競技空域の確保の都合、伊豆諸島や小笠原諸島、五島列島やトカラ列島などの日本本土から距離を置いた島嶼部で開催されることが多い。そしてそれらに点在している小島などを利用して休息や機体の隠蔽が行えるため、水上機を主力にしないまでも補助としてレギュラーで運用している学校も少なくないのだ。



「B地点まであと少し!」


「とにかく急ぐお!」


 ともあれ双軽爆は残った最後のB地点に向って天がける。そこには相手ゴールが設置されていること、そして今ならまだ相手のゴールを守る戦闘機が到着していないからだ。


『双軽爆に連絡!こちら敵のハリケーン一機と接触!敵はこっちを無視してゴール方向に急行中!注意して!』


 敵は当然足が速く偵察しかできない一〇〇式を相手にするよりも、ゴールの防衛を優先していた。


 実はこのような場合、あえて偵察機の一〇〇式が相手の戦闘機に立ち向かって行動を妨害するのも、攻撃機を支援する手段となったのだが、今回が初の試合出場となる初心者たちにそれを要求するのは酷というものである。


 ともあれ一〇〇式はゴールを特定して邀撃機の接近を通報するなど、初心者としては十分に役目を果たしたのだ。そう、初心者としては、なのだが……。



 双軽爆はエンジンを全開にして目的地へ向う。敵の邀撃機の到着前にゴールを粉砕してしまえば、初の練習試合で初勝利という快挙を果たせるからだ。


「も、もうすぐだけど」


「め、命中させられるかな……」


 カエデが不安を口にしてしまうが、それは園芸部の三人が抱えていたものでもあった。


「大丈夫です。練習の時みたいに落ち着いて集中すればできます!」


 しかし紗菜は只一人、全く動じていなかった。まるで歴戦の猛者であるかのように。


「紗菜ちゃん、これが初めてなんだよね?」


「もちろん飛行機の試合は初めてです。でも、こういった“場面”には慣れてますから」


 航空戦競技は機械化武道というカテゴリーに入っており、紗菜が幼少期から行っていた馬上槍試合もまた馬術から派生した武道であった。特に航空戦競技とは集団で行い、機銃や爆弾と槍という違いはあれど、衝突も辞さない荒々しさで共通しており、それに伴って自然と湧き上がる“緊張”や“恐怖”といった感情をコントロールする術もまた紗菜にとっては流用可能なものだった。


 それだけに初心者としての初の試合であり、その一撃必殺の初手という大任を任されると言う緊張。そして敵陣に飛び込むという恐怖をも、紗菜は無意識のうちに今までの馬上槍試合での経験をなぞらえて押さえ込んでしまっていたのだ。


(紗菜ちゃんがあんなに堂々としている……)


(きっとやれるお!)


 紗菜の落ち着きはたちまち園芸部の三人に伝播し、緊張と怖れを戦意に書き換えていく。武道の銘家である辰星の家に生まれ、遮那王流の継承候補として幼い頃から競技時には一切物怖じせず堂々とあるべしと鍛え上げられてきた紗菜の成せる技であった。


「見えました!」


 紗菜の眼は水平線ギリギリに小さく現れたゴールを発見していた。


「ついに到着……」


 息を呑む三人。目標の丘の上に確かに赤い立方体が見えていた。


「ここは急降下で!」


 即座に爆撃手の紗菜が機長のボタンに進言する。紗菜の役目は見張りと機首の機銃操作、そして爆撃の照準と投下タイミングを指示する事であり、操縦は機長であるボタンにしかできないからだ。


「りょ、りょうか……」


 だがその時、機体の周囲を閃光と、炎の華が包み込んだ。


「?!」


『きゃぁぁぁぁぁっ!!』


 紗菜は僅かに目を手で覆っただけだが、他の三人は悲鳴をあげて動揺。ほどなく機体を衝撃がガタガタと大きく揺らした。


「ちょ!これって!?」


「た、大砲?!」


 初心者ばかりの彼女たちが驚くのも無理はなかった。航空戦競技、その団体総合においては、ゴールを守備するのは戦闘機だけではなく、高射砲や対空機銃による対空砲火も認められていたのだ。


「敵爆撃機一、高速で接近中!近づけるな!!」


 対空陣地の指揮をとっているのは昨夜の肝練りで雁の巣の送迎を行い、顔面への直撃をも物ともしなかった巨躯の男、加藤であった。


 団体総合競技において、対空火器の操作要員は“ゴールキーパー”と呼ばれ、その名の通りゴールを守備する最後の盾であった。


 団体総合において飛行機を操縦しないゴールキーパーはルール上必須の存在ではなく、参加しなくても競技が成立するので参加が無くても問題にはされない。


 しかし、彼らの奮戦で試合が左右されることは決して珍しくなく、有力校は必ず試合に投入し、最後の保険にしていたのだ。


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