第五話 いざ、初陣! D
一方、追い越しで離陸していた天文部の一〇〇式司偵二型(キ46-II)は高度5000mを、このタイプの最高速度とされる時速600km近い速度で目的地点を目視できる位置に向っていた。
「A地点にゴールがあったら即報告して誘導を!ゴールが無かったら速やかにB地点に移動してくれ!」
『了解!!』
今回の対戦相手であるユーライアスのハリケーンは、同じ高度での最高速度が時速にして約520kmとされているので死角から不意打ちを受けない限り、余裕で引き離して逃走が可能である。
ただ、自分たちからの情報が早ければ早いほど試合を左右する事は当然自覚していたので、いつもの練習飛行のように気楽に、という訳には行かなかった。
しかし新幹線の最高速度の倍ともなると移動はあっという間。ほどなく目的地点が視界に入ってきた。
「候補の橋にゴール無しを確認!」
「報告!A地点に目標無し!繰り返す!A地点に目標無し!」
一〇〇式に乗る手芸部のティンブル、ビーズが大声で報告してくれた。その報告は、隼人やC地点に向う双軽爆だけでなく、他の雁の巣の各機にも伝わっていた。
「了解!引き続きB地点に移動してくれ!」
証拠の写真を収めてから一〇〇式は旋回して次の目標に向った。
同時刻。三大候補の一つ、C地点に双軽爆は到達しようとしていた。
「そろそろC地点だお!」
「ここの目標も橋だったはず……」
ゴールが置かれる候補は、実際に軍用機が攻撃目標に選ぶことが多い場所が選定されることが多い。特に周囲に住宅が少なく、閉鎖してもそれほど問題を生じ難い程度の交通量の橋が選ばれることが多かった。
双軽爆は総員四人で全員で目を皿のようにしてゴールを探す。しかしC地点にもそれらしい場所は発見できなかった。
「こちらC地点上空!目標発見できず!」
「了解!切り上げてB地点に向ってくれ!」
通常の基準で見れば、序盤も序盤であるが、すでに双方共に機体の半分以上を離陸させた時間である。いくら一軍ではないとはいえ、ユーライアスがいつまでも自分たちのゴールをがら空きにしているはずもなければ、地元としての利でこちら側のゴールを特定している可能性も高い。
全力を攻撃に投入するのも手だが、相手の方がこちらのゴールの情報を正確に掴んでいた場合、無防備なゴールを攻撃されてしまう危険も大きい。機銃の弾薬の装填を終えた隼人は、自分が双軽爆の護衛に向うべきか、自陣のゴールを守りに向うべきか、決断を迫られていた。そして……。
「オレは敵のカウンターに備えてゴールの防衛に向う!双軽爆は敵と遭遇したら無理しなくていい!」
九九式双軽爆の爆装状態での最高速度は時速500kmに僅かに届かない程度。爆撃機としてはかなり高速の部類なのだが、それでも戦闘機であるハリケーンに捕捉されてしまえば、爆弾を投棄しない限り逃げ切れない。
「とにかく突撃しましょう!」
紗菜のいつになく気迫の篭った進言に園芸部の三人も奮い立つ。
「そうだお!突撃あるのみだお!」
ここまでお膳立てしてくれた皆の期待に応えようと、双軽爆に乗った四人は躊躇なく目的地点に急ぐ。そこへ一〇〇式からの報告が入った。
「目標発見!B地点の丘の上に敵ゴール確認!」
一〇〇式が確認したのは丘の上に立つ赤く大きな立方体だった。この立方体に規程以上のダメージ、即ち250kg爆弾の直撃以上のダメージを与えればゴールは粉砕され、勝利できるのだ。
なお、このゴールの立方体は小型爆弾であれば複数の直撃が必要であり、それより威力が低いロケット砲や機銃での粉砕は不可能であり、逆に競技で許可されている最大の1t級の大型爆弾であれば至近距離で炸裂させるだけでも粉砕が可能となっていた。
「何?!もうこちらのゴールが特定されたのか?!」
野分は7機目のハリケーンが離陸するのを見ながら驚きの声をあげていた。
『敵の一〇〇式が上空を飛行中。間違いなく発見されています!』
「リリーと一〇〇式を最初から偵察に出していたとは言え、あまりに早い……」
(隼人め、仕事の出来る諜報員を手元に置いているという訳か)
各校ともに情報分析は公開情報や伝手を頼って収集することが殆どで、生徒を場合によっては危ない事に巻き込みかねない諜報活動に従事させることには乗り気ではなかった。ユーライアスは比較的重視している部類だが、それでも練習試合から的確にゴールを絞り込む相手は滅多に出くわすものではなかった。
「いいな、無様を晒すな!相手が何者であろうともだ!」
滑走路に平行して続く長い水堀の上に水上機が浮かんでいた。雁の巣の零式水上偵察機である。
(水上機を試合に出す、か)
滑走路にそって掘られた水堀を滑走して離陸する零式水上偵察機。この機体は急降下爆撃こそできないが250kg爆弾が装備可能なので、唯の偵察機と油断するわけにはいかないのだ。
「水上機は航続距離が長く水面に着水してやり過ごす事もできる!不意を突いて奇襲を仕掛けてくることも有り得るから、決してゲタバキは鈍いからと言って注意を怠るな!」




