第五話 いざ、初陣! A
まるで間近の吐息を浴びるような初夏の風が延々と続く草原を吹きぬける。
日曜日の清々しい朝を轟々と重々しく鳴り響くエンジン音と空を切り裂くプロペラ音が同時に周囲を振るわせている。およそ二十年ぶりに再建された雁の巣の航空戦競技部にとっての初めて対外試合の時がついに来たのだ。
滑走路の脇に整列しているのは各々の学校の飛行服に身を包んだ若者たち。試合開始を前に誰からも緊張の色がはっきりと見えている。
(純、うちの機体は?)
(大丈夫。見ての通り全機トラブル無しよ)
試合開始と同時に離陸を可能にするために、試合開始30分前からエンジン始動と暖気運転は認められているので、試合開始ともなると会場は最大24機のレシプロ機が発する轟音と排気の匂いに包まれることになる。
今回の雁の巣とユーライアスの練習試合は雁の巣が用意できた機体が8機だったので、ユーライアスはあえて雁の巣と同数の8機を投入したので合計16機だが、それでもよほどの大声か咽喉マイクを使わねば会話さえ困難な状態になってしまうのだ。
「確認完了しました!」
協会から派遣されている審判(今回は地元で資格を持っている女子大生)の一人が、試合に参加する全ての機体の確認を終え、合図の手旗を振った。全ての機体にルール違反は無く、試合を開始しても良いという合図だ。
合図を見届けると主審が右手を高々と上げる。同時にサイレンが鳴り響き、全員が姿勢を正す。
「それでは只今より、ユーライアス学園と雁の巣高校の試合を開始します!一同、礼!!」
『宜しくお願いします!!』
双方が礼を済ませると同時に全員が踵を返して各々の搭乗すべき機体に走って向う。通常は直前に先発機が先に離陸する側をコイントスで決めるのだが、今回はユーライアスから先発権を譲られたので雁の巣の先発機から先に離陸するのだ。
「さあ、どれを発進させる?」
ユーライアスの部長である野分は悠々と鉄扇をくゆらせる。今回の練習試合は相手の実力だけで無く自陣の面々を見定めるため、彼女は機体に乗らず地上から指揮するのみ。
「みんな、ベルトはしっかり締めたかお?!」
『はい!』
「準備完了!発進するお!」
『おおー!!』
雁の巣高校が真っ先に発進させたのは紗菜と園芸部が乗る九九式双発軽爆撃機だった。車輪止めが外されると管制員の指示に従い発進地点まで規程どおりの速度で機体は進んでいく。
「ほう。最初は一〇〇式でなくリリー(九九式双発軽爆撃機)なのか」
少し意外そうに野分は呟く。雁の巣の機体構成から見て、一〇〇式司令部偵察機が先発するものと考えていたようだ。
「今は機体が軽いから離陸は楽なはずだお!とにかく飛ぶんだお!」
ボタンが言うように今の機体には爆弾や機銃の弾薬は搭載されておらず、規程以上の燃料しか積まれていない。
試合開始時は、燃料を機体に合わせた規定量以上にしておかねばならないが、爆弾はもちろん銃弾に至るまで全ての機体の弾薬と爆弾・魚雷等の搭載は禁じられていた。それらは一度、このスタートの滑走路から距離を置いたところに設置してある自陣に戻ってから補給を受けねばならないのだ。
また自陣で補給を受けるまでは機銃の弾薬が無いので相手機への攻撃ができないばかりか、進路妨害も認められていない。これは試合開始直後に上空でいきなり戦闘を始まるのを防ぐためだ。
そのため、最初に離陸させる航空機をどの機種にするのか、誰の機体かは、その後の展開を大きく左右する事になる。そして雁の巣、隼人はその先鋒に九九式双軽爆を選んだのだ。
「それじゃあ作戦通り頼む!」
『了解!!』
滑走路を離陸しながら、紗菜は前日夜に行われたミーティングを思い出していた。
「やるからには当然、勝ちに行く!」
『おお~~!』
肝練りを終えて全員が揃った大広間で、隼人は口火を切った。
「忍術部からの情報だけど、今回ユーライアスが出す機体と選手はこれだ」
翌日の練習試合にユーライアスが投入する機体は全てホーカー・ハリケーン。選手情報は流石に選手の顔写真までは無かったが、名前と学年とこれまでの実績が列挙されていた事に一同は感嘆の声を漏らす。事実この情報は参加選手が二名ほど肝練りの影響で当日変更された以外は驚くほど正確であった。
「明日の練習試合では向こうは純レギュラーや新人を送り込んでくる。まあ出来たてホヤホヤのチーム相手に全力試すなんてやらないのは常識的ではあるけどさ」
「だから勝ちを狙うのね」
「ああ」
力強く頷く隼人。戦闘機の腕で引けは取らず、かつ投入するのはこちらに合わせての8機なので、相手の出方次第では攻撃機を全て撃墜してしまうことも可能だからだ。
「忍術部が絞り込んでくれた相手ゴールの候補は三ヶ所。だから出来るだけ速やかにゴールを特定して一気に叩く」
そう言って候補地の地上からの写真を見せ、地図上に印をつける隼人。航空戦競技、その団体総合では他の機械化武道、即ち機甲戦競技および艦隊戦競技同に相手に対しての諜報活動が認められているのだ。




