第四話 そして南へ G
発射された弾丸は雁の巣の面々の対岸側に飛んでいた。そして誰にも当たらず後ろの壁を直撃。しかし粉砕され飛び散った赤い粒子は周囲に舞い、それを吸い込んだ者たちがむせこんでしまう。
「というわけでこの弾を直撃しても命に別状などないが、覚悟する必要はあるというわけだ」
一年生らしい生徒が再装填を行う。そして銃が再び回転を始めた。
バン!
銃口が向いた先は、雁の巣の面々を出迎えにいった巨躯の男、加藤の眉間に命中していた。しかし……。
「……」
加藤は弾丸が額を強かに叩いた瞬間に瞑目。静かに弾丸を払い除けると、黙々と食事を再開した。
『おお……』
一同から感嘆の声が漏れる。常人にはあの弾丸の直撃を受けながら微動だにしないのは不可能である。
「さあ次だ!」
その次は紗菜と尚江の間を通過。しかし二人とも左程動じる事無く食事を続ける。
(岩橋妹はともかく新顔も動じんのは豪胆なのか鈍感なのか……)
野分は冷静に様子を眺める。ほどなく再装填が済み、銃が回転を再開した。
「ぐわあぁっ!」
「見苦しいぞ貴様!」
その次に放たれた銃弾はユーライアスの生徒を直撃。顔面に直撃を受けた少年は、顔を抑えて涙を流して転がる。しかし宴に参加している者たちは黙々と食事を続けるのがルールでありだれも身動きしない。そして背後に控えていた生徒たちに両肩を抱えられて退場させられた。
「客人を前に醜態を晒してしまい申し訳ない」
しかし常人が直撃を受ければこうなるのは当然の事。真正面から耐え切る方が異常なのだ。
ともあれ再度の装填がなされて銃の回転が続く。しかし今度は発砲する前に異変が起きた。
「ひぃぃっ!」
その緊張に耐え切れず、一人の女生徒がしゃがみこんでしまったのだ。
「何をやっている!つまみ出せ!」
野分の命に従い、伏せた生徒がつまみ出されてしまった。直後に控えから次の生徒が後に入り穴は埋められた。
ユーライアスの航空戦競技部ではこの肝練りに参加するのは名誉な事であり、ここで堂々たる態度を示せばレギュラーに大きく近づくことができるという。しかし逆に無様を曝せば度胸なしと見なされレギュラーから大きく遠ざかってしまうというのだ。
「撃たれてならまだ酌量の余地はあるが、撃たれる前からあんな無様な……」
恐らく彼女は肝心な時に怖気づいてしまうと判断され、今後公式試合に出場できる機会が大きく少なくなるであろうことは容易に察せられた。
再び銃が回りだす。参加者一同は黙々と飯を食うばかり。
「すまん、御代わりをくれ」
鉄也が空のお椀を差し出したと同時に発砲音が部屋に響いた。銃口は鉄也の方を向き弾が放たれたのだが……。
『?!』
しかし弾は部屋の隅で炸裂。後ろで待機していた者がむせこんでしまった。
『まさか……』
『払い除けた?!』
騒然となる一同。確かに鉄也が手にしているプラスチック製のお椀には弾丸が掠めた跡が残っていた。
「……、なあ、御代わりいいか?」
弾痕が残るお椀を手にした左手を事も無げに突き出す鉄也。
野分の目配せに気付いてようやく一年生らしい生徒が慌ててお椀を受け取り汁を注ぐ。軽く礼をした鉄也は再び黙々と食事を再開した。
定期的に肝練りを行っているユーライアスでも、これほどの芸当が出来る者は学年に一人出るかどうか。
「降りかかる火の粉は払い除けるのみ。相変わらずだな西沢」
「……」
特に返事もせずに汁を食らう鉄也だが、もはや彼を咎めようとする態度の者は何処にもいなかった。
「おい鉄也、姐さんにきちんと礼を……」
隼人が言いかけたところでまたしても銃声が轟く。その銃口の先にいたのは隼人だったが、唐辛子弾の赤い煙は今度は何処にも上がらない。
『不発?!』
しかし隼人は突き出した右手をゆっくりと開き、その手に収まっていた赤い塊を抓んで少々を自分の汁に振りかけた。そして悠々と掻き込み一言漏らす。
「薬味に丁度いいな」
「隼人くん凄い……」
「さっすがお兄ちゃん!」
これには紗菜や尚江はもちろんユーライアスの猛者たちさえも感嘆を禁じえなかった。
「災いさえ手中に収めて己の役に立てる。なるほど、貴様らしいな!」
しかし再び銃がまわり始めると、空気は静まる。そして銃口から破裂音と共に煙が上がった。
銃口の向きを見て、隼人の顔が紗菜の方に向いていた。しかし紗菜は静かな顔をしてポニーテールを揺らすだけ。
『!!』
周囲の目は紗菜の真後ろの壁に向いていた。そこには唐辛子弾が直撃し、花火のように舞った跡が残っていたからだ。
『今のは……』
『避けたのか?!』
その瞬間を野分は見逃していなかった。銃口は真っ直ぐに紗菜の額を向いた時に発砲されており、弾丸もほとんどぶれる事無く飛んでいた。しかし紗菜は瞬きせずに最小限度頭を傾けて回避。手にしていたお椀から汁がこぼれる事もなかった。
そう、紗菜は軌道を読んでいたかのように、いや、明確に弾丸の軌道を読んで頭を右にひょいと傾けるだけで回避していたのだ。
『おお~』
「辰星先輩凄い!」
「紗菜、凄いな……」
「う、うん……」
紗菜は幼い頃から槍はもちろん、至近距離から放たれる矢さえも最小限の動作で回避する訓練を積まされていた。さらに鹿児島での練習試合の前日では毎回のように肝練りに参加させられていたこともあって見事に対応できたという訳だったのだ。
「辰星と言ったな。お前も見事だ!」
「は、はぁ……」
「そういえば辰星という名前、どこかで聞いたと思えば騎兵か。機械化武道以外だと騎兵は肝練りをやっていたからな……」
野分が言うには肝練りを行っている部活動は種目を問わず年に一度非公式に集まって宴を行っているという。そこには航空戦競技や機甲戦競技、他に騎兵系などが集まっているというのだ。
「答えたくなければ別に構わんが、何に乗っている?」
「紗菜はこの間始めたばっかりで今回は偵察員だよ」
紗菜に代わって隼人が答える。その発言に皆は意外そうに声を漏らした。
「いいだろう!明日を楽しみにしておくぞ!」
こうして前夜祭は終わった。出迎えた際には敵意をむき出しにしていた者たちも、三人が見せた技前に感服した事もあって最上級の敬意を向けられて送り出してくれたのだった。
「やれやれ。何とか終わったか……」
宿に戻ると、時刻は夜九時を回っていた。整備課の面々も到着済みであり、これでようやく全員集合である。
「辰星さん!」
「無事でよかったお!」
周りから真っ先に心配されていたのは紗菜だったが、彼女が笑顔を見せると全員が安堵していた。
「みんな、悪いけど今から明日の練習試合のミーティングをするから広間に集合してくれ!」
『おお~~!』
かくして雁の巣の面々は、明日行われる初めての他校との練習試合に備えるのだった……。




