第四話 そして南へ F
それから真っ直ぐに宿に戻った紗菜たち。
「辰星先輩、園芸部のみなさん!すぐに来てください!」
『?』
出迎えた尚江の後を追って広間に向う紗菜たち。広間に到着するとすでに他のメンバーは全員揃っていた。
「ええっと、もう少ししたら夕食になるんだけど……」
全員が揃ったのを確認したところで一呼吸置いて、申し訳なさそうに隼人が口を開いた。
「実は合計四人、ユーライアスとの夕食会に出なきゃいけなくてさ……」
ユーライアスとの夕食会と聞いて一同はざわめく。昼食の一件で相手がかなり特異であることはすでに全員承知していたので無理も無い。
「メンバーで確定は、オレと鉄也と尚江。純は残ってもらわなきゃいけないから除外で、あと一人来て欲しいんだけど……」
互いに顔を見合わせあう面々。
「あの、隼人くん!向こうとの食事会ってやっぱり“肝練り”なの?」
紗菜の質問にゆっくりと頷く隼人。
『肝練り?』
紗菜の発言にさらに疑問が渦巻く。そんな中……。
「肝練りって冗談でしょ?!ほ、本当にやってるところあるの!?」
天文部の稲叢の反応に周囲の視線が集まった。
「知っているのか稲叢?!」
「ま、マンガで読んだだけだけど……。宴会の時にみんな円を組んで座って、その真ん中に銃をぶら下げて、それをぐるぐる回して撃っちゃうって!」
それを聞いてほぼ全員がドン引きしていた。肝練りで携帯端末から記事を検索すると、薩摩藩でかつて度胸付けのために行われていた伝説の宴だといい、死者も出ていたというのだ。真偽は不明とされているが、少なくともそんな宴はマトモではない。
「し、死にたくない……」
「だ、大丈夫だよきっと……たぶん……」
流石に現代で生き死にが関わる行為を行っているとは考え難かったが、誰もが当然尻込みしていた。
「じゃあ私が行きます!」
そんな周囲の様子を見て自ら名乗りを挙げたのは紗菜だった。
「ちょ、ちょっと待つお!そんなの危ないお!」
園芸部の面々が特に心配するが、紗菜は大丈夫だと言う。
「うん。今使ってる銃は火縄銃じゃなくて射的でつかうのを少し強くしたぐらいで、弾は鉛じゃなくて唐辛子玉のはずだから」
あっけらかんと語る紗菜に、今度は他の面々が驚愕していた。
「た、辰星さん、な、なんで知ってるの?」
「うん。鹿児島の学校との遠征試合の時はよく呼ばれてたから……」
「え、遠征試合……」
肝練りなどという奇習を行っている学校・部活動は極めて限られているというが、紗菜が行っていた馬上槍試合系は肝練りを行っている数少ない部活動の一つだったようだ。
「頼もう!」
その時、宿の玄関に2メートル近い巨躯の大男が現れた。ユーライアスのジャージ姿なので出迎えなのであろう。
「出迎えありがとう。雁の巣から四名、今から向かいます」
丁重に返事する隼人。かくして雁の巣を代表して四人がユーライアスとの宴に向った。
「おう。約束通り来たか……、ん?」
奥で堂々と鎮座していた野分は見慣れぬ紗菜の姿に少し驚いていた。
「辰星紗菜といいます。よろしくお願いします」
姿勢正しくきちんと頭を下げる紗菜。野分は満足げに頷くと返礼をする。
「いつもの面々だけかと思ったが、今夜は新顔か」
野分たちに先導されて武道館らしい広間に。広間の真ん中には天井から吊るされた縄の先に火縄銃型の銃が括られていた。やはり圧縮空気で打ち出すもののようだ。
「さすがに鉛の弾丸は篭めていないが、唐辛子玉を仕込んである。直撃すれば……」
「酷い事になるんですよね」
「その口ぶり、初めてではないようだな」
「はい。鹿児島に来たら否応無く毎回やってましたから」
真っ直ぐな紗菜の言葉。野分は怪訝な顔をした。
「ほう。肝練りをここ以外でやっている学校、部活というと……まあいい」
ほどなくユーライアスから四名、雁の巣の四名が円陣に並べられた座布団に着席。さらに周囲をユーライアスの生徒たちが固める。
「よし、配膳しろ」
すぐに各人用に空のお椀と麦飯のお椀が乗ったお膳が配置される。
薩摩汁は大きな鍋で運ばれ一杯ずつお椀に注がれる。そして全員に回ったところで火縄銃がセットされた。
「今回は十二発用意した」
銃の下に真っ赤な弾丸が十一発。一発が丁寧に銃に装填されていく。
「すでに知っているだろうが、肝練りは度胸を鍛えるための訓練だ。しかし必ず真正面から受け止めねばならんわけではないし、避けても構わん」
「しかし、最初から伏せたままなどは認めんぞ」
その言葉に一同が息を呑む。そして火がついた火縄が取り付けられ火蓋も開かれ、ついに銃が回りだした。
「今日の豚肉は上等だな」
「奮発して黒豚を使っている。感謝しろ」
隼人の淡々とした感想に、これまた淡々と答える野分。
銃の回転は機械式だが、引き金はゼンマイ式なのでいつ発砲するかわからない。場の空気がピリピリとなっているのを誰もが感じずにはいられない。
パン!
『!!』




