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第四話 そして南へ E

 一行はバスから路面電車に乗り換えて鹿児島市最大の繁華街である天文館に向う。紗菜は熊本出身なので路面電車は慣れていたが、園芸部は三人とも路面電車が無い福岡出身なので路面電車に乗るのも楽しんでいるようだった。


「せめて路面電車ぐらいは乗らないと、鹿児島に来た楽しみが無いよ」


 乗り込んだのは運よく来てくれた観光レトロ電車。カトレアは特に楽しそうに車外の風景の写真を撮っていた。


「本当はもっと観光したかったけど、時間が無さすぎだからこれで我慢するお!」


 ボタンとカエデは携帯端末の画面を眺めながら、店を探しているようだった。


(そういえば友達とこんな風に出歩くなんて、雁の巣に来るまでほとんど無かったよね……)


 友人たちと一緒に街を散策して喫茶店でスイーツを食べるのが初めてのことになる紗菜は心から楽しみながら一緒に目当ての店に向かう。


 入った喫茶店は事前に下調べした上でボタンが勘で選んだ店。落ち着いた雰囲気で如何にも老舗のようだった。マスターは白髪が殆どのご老体の男性である。


「すみません。白くまを……」


「はい」


「私も」


「では三つですね」


 園芸部の三人は揃って白くまを注文したのだが……。


「あとお一方は?」


「わ、私はオレンジジュースをお願いします」


 一人だけオレンジジュースを注文した紗菜。鹿児島名物の白くまでもなければ他のスイーツではなくオレンジジュースをわざわざ注文した事に驚く三人。


「ほ、本当にそれでいいのかお?」


「は、はい。鹿児島には“昔から”来てたので……」


 だから紗菜はオレンジジュースでよいというのだ。しかしメニューで価格を見ると、オレンジジュースは白くまよりは若干安いが、ペットボトルのジュースより三倍以上の値段である事に気が付く。


「確かにこの値段のジュースは気になるよね常識的に考えて……」


 それからしばらくはお冷で喉を軽く潤しながらガールズトークに興じる四人。そしてやってきたのは……。


「これが本場の白くま!」


 出てきたのは柔らかい綿雪のようなカキ氷の上に甘くて白い練乳とこれでもかとフルーツや餡子が盛り付けられた、眩しいほどに色とりどりな白くまだった。


「溶けるといけませんから、みなさん先にどうぞ」


 オレンジジュースの方が遅いことにいぶかりつつも、眼前の宝石の山からの誘惑に堪えきれずに三人はスプーンを手に取る。


『おいしい~~』


 家庭用の冷凍庫で作った氷ではなく、一定温度でゆっくりと凍結された氷を薄く削ったカキ氷はとても心地よく口の中で溶けていく。さらに練乳と餡子の砂糖由来の甘さとフルーツの果糖のさわやかな甘さがあいまって、一口ごとに幸せな気分に。


「それにしてもジュースなのに時間掛かってるよね……」


「じゃあ一口ずつ飲ませてもらいたいから、少しずつ辰星さんにも分けようよ」


「そうするお!」


 恐縮する紗菜に、ボタンは小豆餡が、カエデが三食寒天の赤を、カトレアがパイナップルが乗った箇所を分けてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 それらを口に入れると、冷たくて柔らかく幸せな甘さが口いっぱいに広がる。


 こうして白くまを楽しむ一同。本場だけあって量はもちろん質も最上で、全く期待を裏切らなかった。


「食べ終えちゃったけど、オレンジジュースがまだだお……」


「遅いよね、常識的に考えて……」


 白くまを食べ終えてなお出てこないオレンジジュース。あまりの遅さに注文を忘れられてしまったのではないかと疑念をもったところで、ようやくマスターがやってきた。


「お待たせしました。こちらがオレンジジュースです」


 そこでようやくオレンジジュースが到着。紗菜はあと三本のストローを頼むとマスターは笑顔で持って来てくれた。


「これが待たせに待たせたオレンジジュースかお……」


 グラスは大きめで九分目まで柑橘類の身の色の液体が注がれていた。グラスは良く冷えているようで薄っすらと白くなっていたが、氷は入れられておらず、それどころかアイスクリームや他の果実が入っている様子も無い。


「本当にオレンジを絞っただけみたい……」


 紗菜が自分用のストローを入れてかき回してみたが、やはり他に入っている様子は無かった。


「それじゃあ辰星さん、どうぞ!」


「……、いきます」


 すっと音も立てずに一口分を口に含んだ紗菜。


「ふわわっ!」


 驚きのあまり思わず声が出てしまう紗菜。


「ど、どうしたの?!」


 しかし紗菜は声が出せない。十秒ほどは呆然としながら口の中でゆっくりと果汁を転がし、そしてゆっくりと喉の奥に送り込んだ。


「は、はうっ……」


 その紗菜の艶かしく悶絶してしまう光景に思わず息を呑む三人。


「こ、これ凄いです……。本当に……本当に……」


 じゃあ失礼してと、三人が同時にグラスにストローを刺し、顔を突き合わせて口に含む。


『!!』


 三人とも恍惚を通り越して絶頂に達したかのような快感が突き抜けたように顔と体を蕩けさせてしまっていた。


「な、ナニコレしゅごい……」


「あ、有り得ないよ常識的に考えて……」


「た、たまらんだお……」


 ようやく落ち着きを取り戻した紗菜は、再度ジュースをゆっくりと、小刻みに震えながら口に運ぶ。そして再度黄金色の快楽の荒海に飲まれ溺れてしまった。


「はうぅ……」


 その様子を顔を赤らめながら羨望の眼差しで見つめる三人。紗菜は快楽を独占せず、三人にももう一口飲むことを女神か菩薩のような笑顔で許可した。すると三人とも半泣きで感謝して再度口に含み、またしても快楽の三角波に飲まれて沈没してしまう。


「こんなの濃縮果汁なんかじゃ有り得ないお……」


「氷が入ってないのにすっごく冷たくて、それでいて果汁以外何も入っていない……」


「普通、ジューサーで絞ったら熱を持っちゃうから氷入れるんだから、すっごくすっごくすっごく丁寧に絞ったに決まってるよ……」


 おそらくマスターは良く冷えた最高級のオレンジを、果汁の詰まった粒の房を一つ一つ丁寧に切り割くかのように果汁のみを抽出していたに違いない。他にそうとしか考えられないような神秘的な飲料であったのだ。


『おごちそうさまでした!』


 じっくりと時間を掛けてオレンジジュースを飲み終えた四人は心からの感謝を示して店を出た。


「ま、まさかオレンジジュースがあんなに凄かったなんて考えもしなかったお……」


「私も本当に想定外でした……」


 余韻に浸りながら宿へ向う四人。後にこの時に飲んだジュースを上回るジュースはこの世に無かったと口を揃える体験を共有した四人は、生涯に渡る強い絆で結ばれたのだった。

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