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第四話 そして南へ D

「お久しぶりです野分先輩」


「ご無沙汰してます!」


 機体から降りるとすぐに駆け寄って野分に挨拶する純と尚江。野分は口元を緩ませ、片手を軽くあげて返礼する。


「久しぶりだな笹井に岩橋妹!おい西沢!貴様も挨拶ぐらいしろ!」


「鉄也!挨拶しなさいよ!」


 溜息をついてから歩み寄って無言で一礼する鉄也。その態度にユーライアスの他の生徒たちは露骨に顔をしかめ、食って掛かろうとする者も。


「構うな!」


 木刀を握っていない左手で部員たちを制する野分。猛獣の如き部員たちは逆らわずにその場に踏み止まる。


「据えかねるというなら、明日叩き落して見せろ」


「サー、イエスマム!」


 四人への対応を見るに昔からの知り合いらしい事は誰の目にも明らかだった。


「隼人くんたち、あの人と知り合いだったんだ」


「ああ。ガキの頃から飛行機に関わってると自然にね」


 やってきた紗菜に隼人は語る。航空戦競技は高校に入ってから本格的に開始する者が大半であり、小中学生から始めている者は関係者の身内が大半。さらに全国を文字通り互いに飛び回るので自然と顔見知りが多いのだという。


 全員が機体を着陸させ終えて整列すると、野分は改めて全員に声を掛ける。


「諸君!博多からわざわざご苦労だったな!昼食を用意しておいたから遠慮しないでくれ!」


『おお~~!』


 昼食を用意してくれていると聞いて歓喜する一同。


「鹿児島でお昼ってことは鶏飯けいはんが出るのかな?」


「まさか焼酎出されないよね?」


「高校だから流石にそれはないと思うよ……」


 雁の巣の面々はわいわいと賑やかに案内された食堂に向う。一方でユーライアス側の生徒たちにはこの歓待を疑問視している者も多いようだった。


「いいか貴様ら!団体総合の参加は減り続ける一方なのは知っているだろう。ついこの間は秋津洲まで離脱したのだ。そんな中でわざわざ新規参入するというのだから“歓迎”してやらねばならんだろうが!」


 しかし部長である野分はあらゆる意味で雁の巣の“復帰”を歓迎していたのだった。


 食堂では昼食をカウンターで受け取るのだが、受け取りに行った一同はほぼ全員が出された食事に唖然としていた。


「隼人くん、これって……」


「ああ。鹿児島名産のサツマイモとキビナゴのフィッシュ&チップスだな」


 トレイに乗せられたのは地元の新聞紙に包まれた揚げ立てのフィッシュ&チップス。隼人の言葉通り、サツマイモもキビナゴも鹿児島の名産品である。


「こ、このサンドイッチ、パンも具もすごく薄いお……」


 心なしか通常より薄いパン生地の間に、これまた薄く切られたキュウリが挟まれているようだった。


「ここのサンドイッチはキュウリだけしか挟んでないんだ。本場でもティータイムだとキュウリだけのサンドイッチが出るから」


 そして飲料にも目が行く。


「この甘い香り、この色は……」


「これは知覧の紅茶を使ったミルクティーだよ」


 プラスチックのコップに注がれていたのは知覧特産の紅茶を使ったミルクティー。大きな校章入りのプラスチックのマグカップに浪波と注がれて出されているが、これがユーライアス流だというのだ。


「他の英国系は貴族かぶれが多いようだが、見ての通り我が校は質実剛健だからな!」


 庶民向けのフィッシュ&チップスに(かつては富裕層が愛好していた)キュウリのみのサンドイッチにミルクティーが出てくるという、複雑怪奇なようで日本では質素でしかない食事に面食らう雁の巣の生徒たち。


 しかしこの食事を野分が用意させたのは容易に察せられたので、雁の巣の生徒たちから不平不満はその場では一切出なかった。いや、そもそも出す事は不可能だった。


『頂きます!』


「あ、美味しい!」


「本当だ!」


 恐る恐るキビナゴとサツマイモのフィッシュ&チップスを口にした天文部の面々の顔が一気に明るくなった。


「そりゃそうだよ。揚げ物は揚げたてが一番美味しいんだから早く食べたほうがいいよ」


 隼人の解説を他所に無言でモリモリとフィッシュ&チップスを貪る鉄也。この男の場合、味付けには酢と塩のみだ。他の面々はタルタルソースやトマトソースをかけたりして舌鼓を打つ。


「口直しにはサンドイッチが丁度いいお!」


 サンドイッチの具は唯一キュウリだけだが、近郊で収穫された新鮮なものが使われており、瑞々しくて実に美味。フィッシュ&チップスの脂分を拭ってくれる。


『おご馳走さまでした!!』


 昼食を終えると全員で相手に一礼。ユーライアスの雰囲気に呑まれてしまい、とても軽口を叩ける様子ではなった。


「それじゃあみんな、機体の点検が終わって宿にチェックインしたら夕方まで観光していいから」


『おお~~!』


 チェックインを終えて自由行動が取れるのはわずかに昼下がりの三時間程度。どうしたものかと考えながら紗菜が荷物を降ろすと、園芸部の面々に声を掛けられた。


「辰星さん一緒に来ない?今からみんなで“白くま”食べに行くんだよ!」


「は……はい!喜んで!」


 こうして紗菜は九九式双軽爆に一緒に乗るメンバーで昼下がりに外出する事になった。

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