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第四話 そして南へ B


 紗菜はこれまで送ってきた馬上槍試合の選手としての人生を後悔した事はなかった。確かに生まれゆえの宿命であり、自分の意思で選んだとは到底言いがたかった道で、宗家たる母の望みには添えない自分が嫌になっていたのは間違いない。


 だが、雁の巣に転校してからのこの一ヶ月は、あまりに眩しく煌くような輝かしくて楽しい事の連続だった。


「誰にだって得意不得意はあるんだ。得意なことは褒められるべきだし、不得意でも命に関わらない限りは責められなくていいんだよ」


 そういって笑う隼人は料理も運動も手先を使うこともそつなくこなして見せていたが、本当に得意な人には敵わないといって、さらに楽しそうに笑っていた。


「確かにさ、勝ち抜くためのチームを目指すんなら……、これは無意味な事かもしれない。でも今はみんなにこの競技が、みんなで集まることが楽しいって思ってもらうのが最優先だからな」


 正規部員だけで集まったテント内であえて尋ねた鉄也に、いや、紗菜に対して理由を話す隼人。


「とにかく大会出場を目指しつつ、今は基礎を楽しみながら作って欲しいんだ」


 初心者ばかりの雁の巣には勝つためのチーム作りよりも、そもそも航空戦競技部を定着させる事が優先なのだ。そのためには、この競技を楽しんでもらって、活動に参加し続けてもらう必要がある。


 そしてこの競技に参加するだけでなく他の部活の活動を体験する事で、初心者ばかりでなく自分たち経験者にも新たな経験と発見が得られればいいというのだ。


(私の経験も、何かの役に立つのかな……)


 実家を出てからは愛馬コメットとも再会していない紗菜。そのコメットのたてがみで編んだブレスレットを普段はカバンに、部活では腕につけていたのは、その愛馬の事が忘れられないからだった。


(でも……)


 この雁の巣には馬術に関わらないことを条件に許可されていたのを思い出す。部活はもちろん乗馬センターや旅先の牧場で乗馬することさえ許可されておらず、他者への指導も厳禁と宗家に言い渡されていたので、自分には何も人に与えるものが無いと、思わず目を落としてしまう。


「なあに。一つの事に打ち込んできたんだから、みんなが持っていないものを絶対に持ってるのよ。直接は無理でも、いずれ何か思わぬときに役立つ事は出てくるんだから、気落ちなんてする必要なんてないのよ」


 純が優しく紗菜を諭すと、紗菜はゆっくり顔を上げた。そこには静かにしている鉄也はともかく、にこやかな隼人と、目を輝かせている尚江がいた。


「辰星先輩!馬術は厳しいなら槍とか弓とか教えてください!どっちも実戦重視の特別な技なんですよね?!」


「ふぇ?あ、そ、そうですね……」


 辰星家の遮那王流は現在では馬上槍試合を主としているが、本来は日本鎧を身につけての馬上槍、長刀、刀、そして弓を扱う流派である。そのため新年は必ず宗家が直々にそれらを内々に披露して一門の氏神に納めるのだが、そちらについては宗家から特に言われていなかったのを思い出した。


「じゃ、じゃあもし機会があったら、触りぐらいは……」


 こうして紗菜は尚江に機会と機械があれば、と約束をした。紗菜自身もそこまで得意ではなくそれらが得意なのは姉の方だったので、表に出なければ問題ないと判断したのだ。


 ともあれ、隼人独自のやり方で始まった雁の巣の航空戦競技部は、各人の交流も進み、目下のところ極めて順調に育っていると言えた。


「よし、みんな今日もお疲れ様!」


 この日の練習を終えたメンバーに労いの声をかける隼人。季節は春から夏に向っていることもあって汗ばんでくる温度になっていたが、このあとすぐに入浴できるので皆はあまり気になっていない。


「それじゃあ園芸部、このあと部室に集合だお!」


「うちも集合!」


 かくして園芸部と天文部は解散後に部室に。


 隼人たち正規部員は格納庫奥の部室に集まってミーティングを行っていた。


「みんなはあんまり遅いと大変だろうけど……」


 隼人は本来の活動を割いて自分たちの活動に参加させている事に後ろめたさがあるようだった。


「園芸部のみんなに聞いたんですけど、あのあと反省会やってるって聞きました」


 最近は自分の操縦に時間を割く事が多い紗菜だったが、最初からの縁もあって園芸部の面々とは特に親しく交流していたので話を聞いていたという。


「そうか……」


 目を細めてしまう隼人に紗菜は続けた。


「他の人たちにも聞きましたけど、みんな飛行機に乗るのを楽しんでくれてます。私も自分で飛ばせるようになって、もっと楽しくなりましたし」


「辰星さん、飲み込みが早いから教えてて楽しいもの。もうすぐ赤とんぼからテキサンにステップアップできるんだから」


「あ、ありがとうございます」


 純に褒められて照れてしまう紗菜。テキサンはT-6練習機の愛称で、航空系のほぼ全ての学校で練習機として使われているばかりか、団体総合の試合内容によっては投入する学校もあるほど優秀な機体だった。そして早々とこの中間練習機に乗れるという事は、それだけ紗菜に才能があるということでもある。


「じゃあ早いけど、そろそろどんな機種に乗るか考えておかないといけないな」


「そ、そうなんだ……」


 これからの進路の話を切り出されて軽く驚く紗菜。


「純、適性としては?」


 話を振られた純はいたずらっぽく笑顔を浮かべる。


「辰星さんはしっかり身体を鍛えていたから急激な運動をしても大丈夫よ。だから戦闘機でも急降下爆撃機でも大丈夫だと思う」


「すっごい!どっちでもいけるなんてさすがです先輩!」


 目を満天の星空のように輝かせる尚江。現状で空戦部に参加している面々は攻撃機か偵察機への適性はあっても、激しい運動が要求される戦闘機や急降下爆撃機への適性を持っている者は他にいなかったからだ。


「ど、どっちがいいのかな?」


 おずおずと尋ねる紗菜。だが、隼人は優しく諭す。


「まだ決めなくていいよ。今はとにかく飛行機を飛ばす事を楽しめばいいからさ」


 静かに頷くほかの面々。その眼差しは誰もが優しい。


「強制じゃなくて好きにやってる事だから、焦らなくて大丈夫よ」


「は、はい!」


 紗菜自身もまだどんな機体に乗ったほうがいいのか自分で判断しかねるところだったが、とにかく楽しむ事を優先してくれと言われて戸惑いながらも嬉しくなっていた。

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