第四話 そして南へ A
紗菜が雁の巣高校に転校し、航空戦競技部に入部してからおよそ一ヶ月後。この頃には参加メンバーも離着陸と巡航飛行だけでなく爆撃の訓練も行うようになっていた。
「もうすぐ的の場所だお!」
学校の近くの空き地に大きな目玉模様が描かれている。ここに模擬爆弾を命中させるのだ。
『いっけぇぇぇー!』
園芸部が乗る九九式双軽爆が模擬爆弾を投下。しかし模擬弾は投下された高度が高い上に狙いも甘く、その上風に流されてしまったために、標的から大きく外れて着弾。
「またハズレかぁ」
「でもさっきより的に近づいたかも!」
続いて天文部の天山が爆弾を投下するが、こちらも命中せずに手前に落ちてしまう。
「やっぱり爆弾は当てにくいね」
園芸部の九九式双軽爆も天文部の天山も、爆撃方法は水平飛行で爆弾を投下する水平爆撃で的を狙っていた。
水平爆撃はそのまま水平に飛行しながら行うので操縦そのものは容易なのだが、爆弾の落下中に風の影響も受けてしまうので、その分爆弾を命中させるのが難しくなってしまうという欠点があった。
爆弾を命中させやすいのは急降下爆撃なのだが、まず急な角度で降下しなければならないので恐怖を克服しなければならない。
さらに投下を終えて地面にぶつからないよう機体を引き起こそうとすると、今度は強烈な重力が襲い掛かってくるので身体を鍛えていない者にはとても行える爆撃方法では無かった。
「とりあえず緩降下爆撃は習得して欲しいところだけど」
「道は遠いぞ。あれではな」
隼人のボヤきに鉄也が冷静に指摘を入れる。
緩降下爆撃とは水平爆撃と急降下爆撃の中間と言える爆撃方法で、文字通りに浅い角度で降下しながら狙いをつけて爆弾を投下し、あまり無理な引き上げを行わずに目標から一気に離脱する方法である。
爆撃の専門競技であれば選手たちは専ら急降下爆撃で腕を競うのだが、団体総合では戦闘機や対空砲火の妨害が入るので、生存を優先して緩降下爆撃を行うのが主流となっていた。
なので隼人は緩降下爆撃を爆撃機系のメンバーに習得して欲しいと考えていたのだが、本格的な爆撃訓練を開始して間がない事もあって、今は一歩一歩の向上を見守るばかりだった。
爆撃を終えた二機とも爆弾の補給の為に再度校庭に着陸。補給を終えるとすぐに飛び立って爆撃を敢行したのだが……。
「お兄ちゃーん、天文部さんたち、円の外ギリギリ」
「ああ。それで収まってるなら順調だな」
観測中の尚江からの報告を聞いてうんうんと頷く隼人。
「お兄ちゃーん、園芸部さんたち、模擬弾が的飛び越してフェンスギリギリ!」
「マジか?!外に飛び出して無いよな?!」
「うん。本当にギリギリ」
「そうか……」
安堵の溜息を漏らす隼人。各機体には設定された安全圏内に着弾の見込みが無ければ投下できないようセーフティが掛かっている。さらに模擬弾も極力兆弾しないような材質と構造になっているのだが、それでも事故の危険性がゼロになった訳ではないからだ。
「紗菜が乗ってる時と乗ってない時で大違いだな……」
「だよね……」
園芸部の九九式双軽爆だが、この日は紗菜は爆撃手として同乗しておらず、園芸部員だけでの訓練を行っていたのだが、明らかに紗菜が同乗していた時とは比べ物にならないほど、命中率は低下していたのだ。
「紗菜の方は順調で何よりだ」
元々馬上槍試合の選手だった紗菜は、空に慣れると積極的に飛行機の操縦を希望していた。そのためこの学校では一年生で行う基礎的な事を放課後を使って積極的に勉強し、現在は初等練習機として使われている“赤とんぼ”での飛行訓練を行なっていた。
「辰星先輩、純お姉ちゃんが宙返りしてみせたら、すぐにコツを掴んでやっちゃったもんね」
「戦闘機か急降下爆撃か、いけるかもしれないな」
学力も身体能力も並み以上だった紗菜は、最初から航空機に専念していればと思わせるほどの上達を見せており、ほどなく中間練習機に移行できるという。
「隼人くん、空を飛ぶのって楽しいけど、自分で操縦するともっと楽しいんだね!」
「だろ?」
転校から一ヶ月あまりが経って、すっかりこの学校に馴染んだ紗菜。隼人は逃れるように転校してきた紗菜が自分たちの前で明るく楽しげに笑顔を見せるようになったのを心から喜んでいた。
紗菜が転校してからの一ヶ月間は本当に楽しいことばかりだった。特に先週の合宿は忘れられない思い出になっていた。
「それじゃあ二泊三日で壱岐に行くぞ!」
土曜日に全機で玄界灘に浮かぶ壱岐に飛んだ雁の巣の面々。到着して機体を空港に駐機させてもらうと、参加している各部の活動を全員で体験したのだ。
初日はキャンプ場に移動して夕食の調理を全員で行い(食材は忍術部が密かに調達していたという)、自分が小中学校の授業でしか調理した事がなく、食材を切るのも下手だという事を思い知った。
夜には満天の星空の下で天文部の天体望遠鏡を使っての天体観測で、今まで漫然と眺めていた星の星座に関心が向くようになっていた。
二日目はボート部の指導の下で湖上でボートの練習を行い、自身には案外腕力がない事を理解する事ができた。そして二日目の夜は民宿で一泊して新鮮な地元の幸を堪能。食後に手芸部から刺繍の手ほどきを受け、こちらも全然できない事を思い知りつつ丁寧にコツを教えてもらえて上達できたことがとても嬉しかった。
(こんなにたくさん楽しい事ってあったんだ!)




